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第二部: 君の面影を求め往く - 第一章: 南の端の開拓村にて
第五話: 猛女と幼児、責任問題
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「待ちな! まさかと思うが、坊! アンタ、また草原に出たんじゃないだろうね!?」
村外れでの朝仕事を終え、家の前まで戻ってきた僕らを出迎えた女性冒険者のジェルザさんは、仁王立ちでこちらを睨みつけ、怒鳴るような勢いでそう問いかけてきた。
五歳の幼躯からすれば、ほとんど真上に近い位置にある彼女の顔を見上げ、僕は答える。
「え? はい、今回は皆さんと一緒にですけど――」
「おう! おまえたちっ!!」
「「「「「へいっ!」」」」」
と、僕の言葉が終わるのも待たず、ジェルザさんはパーティーの仲間たちを大呼した。
「どういうことだい!?」
「あ、あのですね、姐御。それはその……」
「俺らァ、ええと、ああ! 耳長ちゃんたちが大変だろうと思って、ですね」
「……危険はなか――」
「そういう話じゃあないんだよ!!」
しどろもどろに弁明していく男たちが一喝される。
凄い迫力だ……思わず僕までビクッと身体を跳ねさせてしまう。
「や、でも、ホント! 茂みの縁だけですぜ?」
「しっかり俺たちで周り固めて――」
「みなまで言わなきゃわっかんないのかい! ボンクラども!! ンなよちよち歩きのガキんちょ、村の外に出すなっ言ってんだよ!! そんだけ雁首揃えて! 昨日の今日でなにやってんだい!」
怒号! 村中に轟き亘っているのではないかという大音声だ。
ふと、僕の背に隠れているはずのファルが気になり、そっと振り返って様子を見てみる。
そろそろ恐怖が極まって泣き出してしまってもおかしくない頃合いかと思われたが……。
「ほへぇー……」
ファルは限界を超えて逆に落ち着いてしまったのか、長い耳をへにゃりと垂らし、軽く開けた口で呆けていた。その表情からすると、少なくとも、もう怯えの感情は一切なさそうである。
……やっぱり、けっこう図太い神経をしている気がするな、ファルは。
おっと、それはさておき、さすがにこれ以上は冒険者の皆さんに申し訳ない。
いい加減、ジェルザさんの怒りの矛先を変えてあげた方が良いだろう。
今回の件、責任は間違いなく僕にあるはずなので。
【草刈りの大鎌《おおがま》】の一同は、いつの間にか僕らの側を離れ、ジェルザさんの前で一塊になって身を竦めている。情けない姿……とは思わない。それぞれ自責の念を懐いている様子が窺えた。
僕はファルを後に残し、そちらへ向かって足を踏み出していく。
「すみません、良いでしょうか?」
「なんだい、坊! アンタは後回しだよ!」
「いえ、あまり皆さんを責めないでくれませんか。これについては僕がお願いしたことですから」
「だろうね! だからアンタとそっちのチビっこいのは後で親にガツンと叱ってもらうと良いさ! けど、こっちはプロなんだ! 堅気の、それもガキをわざわざ危ない目に遭わせたコイツらァ、ここで容赦するわけにはいかなくてね! おう! てめえら、なんか文句あるかい!」
「「「「「へいっ! 姐御 返す言葉もありゃあせん!」」」」」
うーむ、困ったな。彼女の言い分はとてもよく分かる。
喩えるなら、同僚の教師が児童のために自家用車を出したとか……そういう話になるだろう。
ちょっと分かりにくいか?
詳しくは説明しないが、事前に職場や保護者の承認を得ていない限り、相当な問題行為となる。交通事故でも起こした場合を考えるまでもなく、単なる引率や送迎だけであっても、だ。
「でも、実際に危険なんて無かったわけで……」
「ああん?」
思わずポツリと漏れた僕の呟きに、ジェルザさんが反応する。
「坊! もしかしてアンタ、草原を舐めてやしないかい!?」
「え? いえ、そんなことは……」
「なるほどねえ! そのナリでゴブリンを何匹も倒しちまうんだ! 確かに大したもんだよ! だが、万一ってのはあるんだ! ガキのうちから調子こいてちゃあ、泣きを見ることになるよ!」
耳が痛いな。
どうにも楽観的な自覚はある……と言うか、なに余計なこと口走ってるんだ、僕は!
「……はい、肝に銘じて、おきます」
「ほう、まだ、あんまり納得してはいなさそう――」
その言葉と同時、目の前にいたジェルザさんの姿が消える。
「――だねえっ!」
声は下方より響いた!
百センチちょっとしかない今の僕の背丈より低く、地面すれすれに身を沈めたジェルザさんが、地面を払いながら、こちらの足を刈り取る下段回し蹴りを繰り出したのだ。
村外れでの朝仕事を終え、家の前まで戻ってきた僕らを出迎えた女性冒険者のジェルザさんは、仁王立ちでこちらを睨みつけ、怒鳴るような勢いでそう問いかけてきた。
五歳の幼躯からすれば、ほとんど真上に近い位置にある彼女の顔を見上げ、僕は答える。
「え? はい、今回は皆さんと一緒にですけど――」
「おう! おまえたちっ!!」
「「「「「へいっ!」」」」」
と、僕の言葉が終わるのも待たず、ジェルザさんはパーティーの仲間たちを大呼した。
「どういうことだい!?」
「あ、あのですね、姐御。それはその……」
「俺らァ、ええと、ああ! 耳長ちゃんたちが大変だろうと思って、ですね」
「……危険はなか――」
「そういう話じゃあないんだよ!!」
しどろもどろに弁明していく男たちが一喝される。
凄い迫力だ……思わず僕までビクッと身体を跳ねさせてしまう。
「や、でも、ホント! 茂みの縁だけですぜ?」
「しっかり俺たちで周り固めて――」
「みなまで言わなきゃわっかんないのかい! ボンクラども!! ンなよちよち歩きのガキんちょ、村の外に出すなっ言ってんだよ!! そんだけ雁首揃えて! 昨日の今日でなにやってんだい!」
怒号! 村中に轟き亘っているのではないかという大音声だ。
ふと、僕の背に隠れているはずのファルが気になり、そっと振り返って様子を見てみる。
そろそろ恐怖が極まって泣き出してしまってもおかしくない頃合いかと思われたが……。
「ほへぇー……」
ファルは限界を超えて逆に落ち着いてしまったのか、長い耳をへにゃりと垂らし、軽く開けた口で呆けていた。その表情からすると、少なくとも、もう怯えの感情は一切なさそうである。
……やっぱり、けっこう図太い神経をしている気がするな、ファルは。
おっと、それはさておき、さすがにこれ以上は冒険者の皆さんに申し訳ない。
いい加減、ジェルザさんの怒りの矛先を変えてあげた方が良いだろう。
今回の件、責任は間違いなく僕にあるはずなので。
【草刈りの大鎌《おおがま》】の一同は、いつの間にか僕らの側を離れ、ジェルザさんの前で一塊になって身を竦めている。情けない姿……とは思わない。それぞれ自責の念を懐いている様子が窺えた。
僕はファルを後に残し、そちらへ向かって足を踏み出していく。
「すみません、良いでしょうか?」
「なんだい、坊! アンタは後回しだよ!」
「いえ、あまり皆さんを責めないでくれませんか。これについては僕がお願いしたことですから」
「だろうね! だからアンタとそっちのチビっこいのは後で親にガツンと叱ってもらうと良いさ! けど、こっちはプロなんだ! 堅気の、それもガキをわざわざ危ない目に遭わせたコイツらァ、ここで容赦するわけにはいかなくてね! おう! てめえら、なんか文句あるかい!」
「「「「「へいっ! 姐御 返す言葉もありゃあせん!」」」」」
うーむ、困ったな。彼女の言い分はとてもよく分かる。
喩えるなら、同僚の教師が児童のために自家用車を出したとか……そういう話になるだろう。
ちょっと分かりにくいか?
詳しくは説明しないが、事前に職場や保護者の承認を得ていない限り、相当な問題行為となる。交通事故でも起こした場合を考えるまでもなく、単なる引率や送迎だけであっても、だ。
「でも、実際に危険なんて無かったわけで……」
「ああん?」
思わずポツリと漏れた僕の呟きに、ジェルザさんが反応する。
「坊! もしかしてアンタ、草原を舐めてやしないかい!?」
「え? いえ、そんなことは……」
「なるほどねえ! そのナリでゴブリンを何匹も倒しちまうんだ! 確かに大したもんだよ! だが、万一ってのはあるんだ! ガキのうちから調子こいてちゃあ、泣きを見ることになるよ!」
耳が痛いな。
どうにも楽観的な自覚はある……と言うか、なに余計なこと口走ってるんだ、僕は!
「……はい、肝に銘じて、おきます」
「ほう、まだ、あんまり納得してはいなさそう――」
その言葉と同時、目の前にいたジェルザさんの姿が消える。
「――だねえっ!」
声は下方より響いた!
百センチちょっとしかない今の僕の背丈より低く、地面すれすれに身を沈めたジェルザさんが、地面を払いながら、こちらの足を刈り取る下段回し蹴りを繰り出したのだ。
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