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第二部: 君の面影を求め往く - 序幕: 茫漠とした草原にて
前編: 子どもたちと小鬼
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「ね、ねえ……やっぱり無理だよぅ。僕たちだけで行くなんて……」
「ね~え~ってば! あぶなすぎるよ! この辺には大蛇とか猛獣だって出るんだからさ」
そんな風にぼやきながら二人の子どもが歩いている。
共に、くすんだ茶色の髪と浅黒い肌をしており、年も同じくらい――十歳前後だろうか。
と言っても、それぞれ顔はまったく似ておらず、別に兄弟などというわけではなさそうだ。
胸の辺りまで伸びた草をガサガサ掻き分けながら、二人、こわごわといった様子で歩いている。
彼らの足下に道などはない。周囲には丈の高い草が生い茂る草原が広がっていた。
照りつける強い陽射しにより蒸発した微かな湿気が、風に乗って草の上を奔り抜けていく。
「しぃっ! だまんなさい! ……いましたわ!」
そう言いながら二人組を制したのは、その十歩以上も先を進んでいた一人の少女だ。
比べれば、年の頃はいくらか上に見えるものの、さして変わらないだろう。
だが、身なりが良く、肌の色が白い。銀色の髪を長く伸ばし、顔立ちもかなり整っていた。
両手で持った長い木の杖を左右にぶんぶんと振り回し、足下の草を払いながら進んでいたが、先の一声を発すると歩を止め、草むらの中へ身を沈み込ませた。
「よたよた歩いてるな。あいつで間違いなさそうだ、真白お嬢さま」
少女の隣、僅かばかり後ろに付いていた少年が同じように背を低くしながら言う。
他の三人と比べれば明らかに年上、赤髪、まだ顔に幼さを残しつつも大柄な体付きをしている。
そして、この少年だけはしっかりと武装していた。
平たい銅鍋に紐を付け、前掛けのようにして身体の前面を覆い、片手に木の盾、逆側の手には薪割り用の斧を持っている。
それぞれ簡素ではあるものの装備一式、戦士風の出で立ちだ。
「い、い、いたって……? ほんとのほんとにやる気なの?」
「やっぱり戻って誰か大人に来てもらおうよぅ。ちょっとだけノブさん待つとかさぁ……」
「うっさいですわよ! 一刻を争うこの肝心なときに野伏のジジイが酔い潰れてるんですから、もう私たちでやっつけるしかないでしょ!」
「今なら一匹だけだ。大丈夫、人数で勝ってれば大して恐い相手じゃない」
身を潜めた子どもたちの右前方、遙か先に、やはり長い草を掻き分けながら進む影があった。
「あれがそうなの? ……なんか、小さそうだね」
「ああ、あれはそういうもんだ」
「……歩くの遅いし、ふらふらしてない?」
「ええ、大荷物を担いでるからでしょう」
その影は、ポツンとした遠目によれば、褐色肌の子どものように窺えた。
体格的にはこちらの少年少女と大差ない……いや、むしろ小柄なくらいかも知れない。
「あれがゴブリンですわ。近頃、二三匹ばっかし大枯木に棲み着いたって話は聞いてましたけど」
「意外と早く追いつけたな。よし! 一気に仕掛けるぞ」
そう言って走り出す赤毛の少年からやや遅れ、他の三人も駆け出す。
一斉に掻き分けられた草むらがザザザッ!と大きな音を立てた。
「ギギャッ!?」
まだ彼我の距離は相当あるが、遙か彼方で鳴く鳥獣の甲高い声、流れてゆく風が立てる葉擦れ、そのくらいの音しか聞こえない茫々とした野原である。
生い茂った茂みの中を複数人が走り込んでいく音は周囲に大きく響き渡った。
いや、それを割り引いても、子どもたちにゴブリンと呼ばれた相手は聴力に優れているらしい。
彼らが駆け出すと同時、即反応し後ろを振り向いたそいつは、叫び声を一つ上げたかと思うと、慌てた様子で走り始める。
が、遅い! よろよろとした足取り!
肩に自分自身とそう変わらない大きさの荷物を担いでいるためだ。
「こんにゃろ! 逃がしゃしませんわっ!」
真っ先に走り出した赤毛の少年を追い抜き、最初にゴブリンと接敵したのは銀髪の少女だった。
だが、もうあと十数歩も進めば手に持つ杖による打擲が届くという距離で少女は速度を緩める。
そして、杖の先端を前方へ向け、虚空に文字を書くような動きと共に詩吟めいた声を発する。
「ウオ・テルモ! 創世の理を知る唄い手の声を聞き給ふ。彼の者の力を衰えせしめん」
直後! 前方をよたよた走っていたゴブリンが膝を崩れさせ、どう!と前のめりに転倒した。
――ザシャアッ!
その拍子に、担いでいた荷物が草むらの中へ放り出される。
「今ですわ!」
ブルブルと震え、力が入らない様子の手足を突き、立ち上がろうとするゴブリン。そこに――。
「ギャッ! ギヒィッ!」
「やった!」
「あ、当たった!」
少女に追いついた茶髪の少年二人による投石が加えられた。
彼らの手には、短い帯のような布紐がだらりと垂らされている。
作りは簡素ながら、子どもであっても非常に高い威力の投石を可能とする武器・投石紐だ。
頭と胸へ、立て続けに二つの石をぶつけられたゴブリンは更に大きくよろける。
近くで見るその姿は、枯れ葉のような薄緑がかった茶褐色の肌を露わにし、粗末な腰布だけを身に着けた矮人といったところだ。
だが、子どものような背丈の割りにガッシリした体躯をしており、顔つきは人間というよりも野獣の方に近しい。口の中に並ぶ歯は、汚らしく濁ってはいるものの、すべて犬歯じみた鋭さだ。
先端の尖った大きな耳と、不気味に赤く光る目が特徴的ではあるが、最大の特徴を挙げるなら、禿げ上がった頭部の額両側にそれぞれ短く伸びる二本の角であろう。
角の付け根から一筋、黒っぽい血を流すゴブリンは、数歩ふらふらしながらも体勢を立て直す。
そして、低く「グギイ!」と唸りを上げ、腰布の紐に吊した鉈のような武器に手を掛けた、が。
「もう、遅い!」
走り込んできた赤毛の少年が、その勢いのまま薪割り斧を振り下ろした。
受けようとして持ち上げられた鉈をなんなく弾き、重い刃がゴブリンの首筋に叩き込まれる。
「ギ……ギギ……」
そんな小さな鳴き声を残し、上下に両断されるほどの深手を負ったゴブリンは草の中へ沈んだ。
「うわぁ! やったの!?」
「す、凄い! 僕らだけで!」
「おバカたち! 喜ぶにはまだ早いですわっ!」
「真白お嬢さまの言う通りだ。まずはファルを探さないと」
歓声を上げかけた茶髪の子らを制し、銀髪の少女と赤毛の少年は周囲の草を掻き分けていく。
「そ、そうだった……」
「ファルーっ! どこぉ~お?」
少しばかり腰を屈めれば、子どもの姿などすっかり隠れてしまう丈の高い草むらを、それぞれ別方向へ掻き分けながら、少年少女らはゆっくりと広がっていった。
そこは、どこまでも果てなく続いていると錯覚しそうなほど広大な草の海の中。
吹き抜けてゆく風がザザーッ! ザザーッ!と、まるで潮騒のような音を立てていた。
************************************************
お待たせしました。第二部の始まりとなります。
相変わらずのスローペースですが、お付き合いいただけたら嬉しいです。
「ね~え~ってば! あぶなすぎるよ! この辺には大蛇とか猛獣だって出るんだからさ」
そんな風にぼやきながら二人の子どもが歩いている。
共に、くすんだ茶色の髪と浅黒い肌をしており、年も同じくらい――十歳前後だろうか。
と言っても、それぞれ顔はまったく似ておらず、別に兄弟などというわけではなさそうだ。
胸の辺りまで伸びた草をガサガサ掻き分けながら、二人、こわごわといった様子で歩いている。
彼らの足下に道などはない。周囲には丈の高い草が生い茂る草原が広がっていた。
照りつける強い陽射しにより蒸発した微かな湿気が、風に乗って草の上を奔り抜けていく。
「しぃっ! だまんなさい! ……いましたわ!」
そう言いながら二人組を制したのは、その十歩以上も先を進んでいた一人の少女だ。
比べれば、年の頃はいくらか上に見えるものの、さして変わらないだろう。
だが、身なりが良く、肌の色が白い。銀色の髪を長く伸ばし、顔立ちもかなり整っていた。
両手で持った長い木の杖を左右にぶんぶんと振り回し、足下の草を払いながら進んでいたが、先の一声を発すると歩を止め、草むらの中へ身を沈み込ませた。
「よたよた歩いてるな。あいつで間違いなさそうだ、真白お嬢さま」
少女の隣、僅かばかり後ろに付いていた少年が同じように背を低くしながら言う。
他の三人と比べれば明らかに年上、赤髪、まだ顔に幼さを残しつつも大柄な体付きをしている。
そして、この少年だけはしっかりと武装していた。
平たい銅鍋に紐を付け、前掛けのようにして身体の前面を覆い、片手に木の盾、逆側の手には薪割り用の斧を持っている。
それぞれ簡素ではあるものの装備一式、戦士風の出で立ちだ。
「い、い、いたって……? ほんとのほんとにやる気なの?」
「やっぱり戻って誰か大人に来てもらおうよぅ。ちょっとだけノブさん待つとかさぁ……」
「うっさいですわよ! 一刻を争うこの肝心なときに野伏のジジイが酔い潰れてるんですから、もう私たちでやっつけるしかないでしょ!」
「今なら一匹だけだ。大丈夫、人数で勝ってれば大して恐い相手じゃない」
身を潜めた子どもたちの右前方、遙か先に、やはり長い草を掻き分けながら進む影があった。
「あれがそうなの? ……なんか、小さそうだね」
「ああ、あれはそういうもんだ」
「……歩くの遅いし、ふらふらしてない?」
「ええ、大荷物を担いでるからでしょう」
その影は、ポツンとした遠目によれば、褐色肌の子どものように窺えた。
体格的にはこちらの少年少女と大差ない……いや、むしろ小柄なくらいかも知れない。
「あれがゴブリンですわ。近頃、二三匹ばっかし大枯木に棲み着いたって話は聞いてましたけど」
「意外と早く追いつけたな。よし! 一気に仕掛けるぞ」
そう言って走り出す赤毛の少年からやや遅れ、他の三人も駆け出す。
一斉に掻き分けられた草むらがザザザッ!と大きな音を立てた。
「ギギャッ!?」
まだ彼我の距離は相当あるが、遙か彼方で鳴く鳥獣の甲高い声、流れてゆく風が立てる葉擦れ、そのくらいの音しか聞こえない茫々とした野原である。
生い茂った茂みの中を複数人が走り込んでいく音は周囲に大きく響き渡った。
いや、それを割り引いても、子どもたちにゴブリンと呼ばれた相手は聴力に優れているらしい。
彼らが駆け出すと同時、即反応し後ろを振り向いたそいつは、叫び声を一つ上げたかと思うと、慌てた様子で走り始める。
が、遅い! よろよろとした足取り!
肩に自分自身とそう変わらない大きさの荷物を担いでいるためだ。
「こんにゃろ! 逃がしゃしませんわっ!」
真っ先に走り出した赤毛の少年を追い抜き、最初にゴブリンと接敵したのは銀髪の少女だった。
だが、もうあと十数歩も進めば手に持つ杖による打擲が届くという距離で少女は速度を緩める。
そして、杖の先端を前方へ向け、虚空に文字を書くような動きと共に詩吟めいた声を発する。
「ウオ・テルモ! 創世の理を知る唄い手の声を聞き給ふ。彼の者の力を衰えせしめん」
直後! 前方をよたよた走っていたゴブリンが膝を崩れさせ、どう!と前のめりに転倒した。
――ザシャアッ!
その拍子に、担いでいた荷物が草むらの中へ放り出される。
「今ですわ!」
ブルブルと震え、力が入らない様子の手足を突き、立ち上がろうとするゴブリン。そこに――。
「ギャッ! ギヒィッ!」
「やった!」
「あ、当たった!」
少女に追いついた茶髪の少年二人による投石が加えられた。
彼らの手には、短い帯のような布紐がだらりと垂らされている。
作りは簡素ながら、子どもであっても非常に高い威力の投石を可能とする武器・投石紐だ。
頭と胸へ、立て続けに二つの石をぶつけられたゴブリンは更に大きくよろける。
近くで見るその姿は、枯れ葉のような薄緑がかった茶褐色の肌を露わにし、粗末な腰布だけを身に着けた矮人といったところだ。
だが、子どものような背丈の割りにガッシリした体躯をしており、顔つきは人間というよりも野獣の方に近しい。口の中に並ぶ歯は、汚らしく濁ってはいるものの、すべて犬歯じみた鋭さだ。
先端の尖った大きな耳と、不気味に赤く光る目が特徴的ではあるが、最大の特徴を挙げるなら、禿げ上がった頭部の額両側にそれぞれ短く伸びる二本の角であろう。
角の付け根から一筋、黒っぽい血を流すゴブリンは、数歩ふらふらしながらも体勢を立て直す。
そして、低く「グギイ!」と唸りを上げ、腰布の紐に吊した鉈のような武器に手を掛けた、が。
「もう、遅い!」
走り込んできた赤毛の少年が、その勢いのまま薪割り斧を振り下ろした。
受けようとして持ち上げられた鉈をなんなく弾き、重い刃がゴブリンの首筋に叩き込まれる。
「ギ……ギギ……」
そんな小さな鳴き声を残し、上下に両断されるほどの深手を負ったゴブリンは草の中へ沈んだ。
「うわぁ! やったの!?」
「す、凄い! 僕らだけで!」
「おバカたち! 喜ぶにはまだ早いですわっ!」
「真白お嬢さまの言う通りだ。まずはファルを探さないと」
歓声を上げかけた茶髪の子らを制し、銀髪の少女と赤毛の少年は周囲の草を掻き分けていく。
「そ、そうだった……」
「ファルーっ! どこぉ~お?」
少しばかり腰を屈めれば、子どもの姿などすっかり隠れてしまう丈の高い草むらを、それぞれ別方向へ掻き分けながら、少年少女らはゆっくりと広がっていった。
そこは、どこまでも果てなく続いていると錯覚しそうなほど広大な草の海の中。
吹き抜けてゆく風がザザーッ! ザザーッ!と、まるで潮騒のような音を立てていた。
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