異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
111 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 閑話

◆閑話 「仇敵、相討つ魔獣たち 後編」

しおりを挟む
 重い身体からだを引きるようにしながら、黒き獣はようやくおのがねぐらへと辿り着く。
 そこは、どれだけ行こうが決して途切れることはなく、真上を仰ぎ見れば遙か天空まで続く、ひたすら巨大な岩壁の一角に空いた小さな洞穴ほらあなだった。

 短期間に傷を負いすぎた獣の生命力は、既に限界が近い。
 一見すると、その肉体に負傷の痕跡など残っておらず、万全な状態を保っているように思える。
 だが、先ほどまで戦っていた白き獣――風の魔獣によって負わされたダメージだけの話ではないのだ。

 さかのぼること数日前、厄介な火の魔獣の棲む領域へ足を踏み入れてしまい、それに関してはさほど労せず仕留めることができたものの、直後襲い掛かってきた水の魔獣に不覚を取り、共に倒れる相討ちをきっしていたのである。

 地の魔獣として身に備わった無尽蔵の生命力により、どうにか死の淵から蘇ることはできたが、この到底とうてい万全とは言い難い状態で風の魔獣にまで戦いを挑まれたのは痛恨つうこんの極みと言う他ない。

 かねてより縄張りを巡って争い合う仇敵だった風の魔獣。
 本来であれば、不意討ち以外に怖れる要素などありはしない相手だ。
 ……が、厄介なことに、その不意をく勘が悪魔的にえており、今回も最悪のタイミングで仕掛けられ、こうして死を覚悟しなければならない生命いのちの瀬戸際まで追い詰められたわけである。

 いや、水と火の魔獣をほふったこともあわせ、これほどの短期間に連続して魔獣同士が死闘を繰り広げるなど、かつてあっただろうか? 少なくとも、黒き獣の記憶・・には存在していない。

 ここ数日の間、今この時も、身の内より湧き上がってくる高揚感こうようかんがあることを改めて意識する。
 ひょっとすると、他の奴らもこれに掻き立てられ、無謀な戦いを挑んできたのだろうか。

 この地に何かが起ころうとしている。

 ――と、頭をぎった予感に同調し、悪寒おかんが走るかのように、突然、全身から力が失われる。
 生来より肉体に宿してきた大地の力が……急速に、抜けていく……。
 体力の回復速度と拮抗きっこうしていた疲労が一気に押し寄せ、どう!と巨体が横倒しになってしまう。

 それは、あまりにも唐突で理不尽な裏切りであった。
 最も信頼していたしもべ――地の精霊たちが、仮初かりそめの主を見捨て、新たな主へと目を向けた。
 黒き獣にはそうとしか考えられない。

 何故だ? 力を寄越せ! この雪原の! 氷壁の! 最強の王は自分だったはずだ!

 猛り、唸り、咆哮ほうこうを上げようとするも、既に肉体にはそんな力すら残されてはいなかった。
 代わりに周囲へ響き渡ったのはガラガラガラ!という崩落する岩の音。
 岩壁の上から降ってきた大きな落石が運悪く頭部へと直撃し、黒き獣の意識は遠のく。

 バカな!? この俺が……大地の攻撃によって生を終えると言うのか……?

 続けて降り注いできた雪崩なだれじみた氷雪に、獣は巨体をうずもれさせる。
 二度と目覚めることなき眠りへくため閉ざされようとしているその目が最後にとらえたのは、遠くからこちらへ向かってゆっくり歩いてくる、二体の見知らぬ生き物の姿だった。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 二匹の動物が対峙たいじしていた。
 共にふわふわの毛に覆われ、丸っこい体型をした動物たちである。
 風でも吹いてこようものなら、ころころと転がってしまいそうな危うさが、その場にはあった。

 どうやら、かたわらに置かれたたった一つの獲物を巡り、二匹は睨み合っているようだ。

「にゃあ!」
「……わふ!」

 一方は白い子猫、もう一方は黒い子グマだ。
 小さな鳴き声を上げて不機嫌をアピールする二匹だが、互いにまったく引く様子を見せない。
 徐々に苛立いらだち、やがて双方、攻撃態勢を取り始める。

 身を低くし、長い尻尾を立てて尻を左右に振り始める子猫。
 短い後ろ足で立ち上がり、やはり短い両手を左右に広げる子グマ。

「みゃっ!」

 先に仕掛けたのは子猫! 真っ直ぐ子グマへ跳び掛かる。

「わふっ!?」

 子グマは前足を振るって子猫を迎撃しようとするも目測を誤って空振り。
 だが、子猫もまた目測を誤り、両前足を空振りしながら勢い余って子グマへ激突してしまう。

――ごつん!

「……にゃあ」
「……わふ」

 頭同士がぶつかり、涙目になりながら二匹は共にうずくまる。
 だが、痛みをこらえつつ身を起こせば、そこからは取っ組み合いの始まりだ。

 子グマは小さな手を振り上げ、ぺしぺし!と子猫を叩く。
 仰向けになった子猫は、後脚でとととっ!と連続蹴りを繰り出して迎え撃つ。

 もはや、どちらかが疲れるまで戦いは終わらないというのか!? そこへ――。

「おいおい、ケンカするな。もう一個、まだ石が残ってたから」
「そもそも黄色い石はベアきちの分でしょう。意地汚いですよ、ヒヨス」

 現れた人間の男女が二匹を抱き上げ、気をなだめるように背を撫でていく。
 一瞬で機嫌をくした子グマと子猫は、彼らが差し出してきた小さな石を一心不乱にペロペロめ始めるのだった。



                       閑話: 仇敵、相討つ魔獣たち 【完】

************************************************
 お忘れの方もいらっしゃいますよね。
 前半のクマは、かつて死骸として遭遇することになった巨大グマです。
 二人が初めて解体し、食料や防寒具として有効利用しました。

 登場回: 第一部 第二章 第三話「寝覚めと覚醒」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/869536688/458910885/episode/8896778


 さて、以上を持ちまして第一部は閑話も含めてすべて終了となります。

 次回からはいよいよ第二部の幕開け。
 これまでとはまったく違う物語となっていくはずです。
 引き続き、お楽しみいただけたら嬉しいです!
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

処理中です...