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第一部: 終わりと始まりの日 - 閑話
◆閑話 「世界の果てを目指し 前編 @冒険者たち」
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本作初の別キャラ視点閑話となります。
世界観と舞台を同じくする短編とでも思って楽しんでいただけたら嬉しいです。
************************************************
深く雪が積もった険しい山道を、俺たちはただ黙々と歩く。
うんざりするほど進行速度が遅え。が、だってのに、誰も文句一つ上げやしねえ。
普段なら鎧を着けたまま半刻でも走り続けられる俺たちが、こうしてのろのろ進んでる理由が、足場の悪さ、きつすぎる寒さ……そんなもんだけじゃねえからだ。
くそったれ! 息が苦しい……。疲れが早すぎる。マジでどうなってんだ。
俺たち一行がこの山地に足を踏み入れてもう三週間になる。
最初のうちはこんなんじゃなかった。
山を登るにつれ、どんどん身体が言うことを聞かなくなってきていやがる。
そろそろ神官戦士に神聖術の祈念【疲労回復】を頼みてえが、奴は二日前に死んじまった。
つまり、この息苦しさをどうにかする方法が無くなっちまってるってことだ。
「おい、魔術師……。うまく、息ができねえ。ハァ……ハァ……なんとかしやがれ」
「無理だ。何度も言っただろう。辺りに毒の息が満ちてきておる。【葉巻】を深く咥えて呼吸をなるべく乱さぬようにしろ。それで多少はマシになる。前を行く野伏の奴を見習え」
「ちっ……くっそまずい葉巻だぜ……」
「だが、これがなければ俺たちも死にかねん」
「荷袋に仕舞ったまま寝ちまった間抜けな神官戦士みてえにか?」
毒の息……なんでも、この山の上じゃ呼吸に必要な空気がどんどん薄くなり、替わりに人間を弱らせる目に見えない毒へと置き換わってるって話だ。なんだ、そりゃ。ふざけやがって。
人には吸い込むことができない毒へと変えられた山の空気を正常に戻す魔道具が、この特製の【葉巻】だ。……言っても、その効果は大したもんじゃあねえ。
一週間も前からはもう、ずっと咥えてても息苦しさの方が勝つようになっちまっている。
「おい、あの壁は本当に近付いてるのか? ハァハァ、麓に居たときから何も変わってねえぞ?」
「……わからん。それも何度言えば分かる? 未だかつて、あの場所へ往って還ってきた者など誰一人おらんのだ。近付いていると信じて進むしかない」
まったく、ろくでもねえ仕事を受けちまった。
行きにふた月、それで何も見つからなけりゃ引き返すって契約だが、まだ半分も過ぎてねえ。
破格の報酬だと思ったが、仲間が一人死んだことを含めて、まるで割りに合わねえぞ。
「俺も焼きが回った……か」
「ふん、四大ダンジョン攻略という偉業の礎となれるのだ。むしろ光栄に思え」
創世神が作り上げ、この世の四方の果てに配置したと伝えられる四大ダンジョン。
南西の果てに存在するは水底――深淵の迷宮城リインギルス。
南東の果てに存在するは砂漠――炎砂の蜃気楼フラムラーシュ。
北西の果てに存在するは森林――無間の大樹界スヴェニシルト。
そして、北東の果てに存在するのが山脈――世涯の氷壁嶺《ひょうへきれい》グレイシュバーグ。
グレイシュバーグ……ねえ……。
俺たちがずっと目の先に留めてきた、雲の上まで届く馬鹿でっかい壁みてえな山がソレらしい。
で、俺たちが目指してる目的地でもあるわけなんだが。
「……で合ってんだよな? 魔術師よぉ」
「そうだ。お前のような無知の徒であろうと存在くらいは聞いておろう」
「そりゃあガキの頃からさんざっぱらお伽話でな。言っても、こんな名前までは知らなかったぜ」
「だろうな」
「冒険者仲間の間じゃ、専ら、地のダンジョンとか呼ばれてんな」
「ふむ、正確に言えば、支配属性は水と地ということになるのだがな。あらゆる魂の循環を司る太古の蛇グレイシュバーグが棲まう、この世で最も天に近い場所よ」
ここいらじゃほぎゃあと産まれてからぽっくりくたばるまで、毎日ずっとアレを見上げながら生きるんだと言う。
俺ぁ、南方の生まれなんで、それがどんな気分なのか想像もつかねえんだが、冒険者の中には、地のダンジョンを攻略するのが夢だなんつう連中も多い。大方、この魔術師もそんな口だろうよ。
少しは【葉巻】が効いてきたのか、いくらか身体が楽になった俺は、苛立ちを紛らわすため、そのまましばらく魔術師との雑談に興じっちまう。
「言うかよ、なんで地のダンジョンなんだ? もっとマシな……森とかじゃダメなのかよ?」
「四大ダンジョンの中にあって、唯一つ、実在が確認されておるからな、グレイシュバーグは。なにせ目的地が見えとる。リインギルス、フラムラーシュ、スヴェニシルト……どれも取り巻く過酷な自然環境を踏破し、ダンジョンを目にした者すらおらんのだ」
「んん? 確か、水のダンジョンは行って帰ってきた奴がいるって話だぞ?」
「ふっ、助けたネーレイスに連れられて……か?」
「おう、それだ! 美人の人魚と一緒に海の底のダンジョン行ってよ、お宝がっぽり持ち帰って、どこぞの国の王になったらしいじゃねえか」
「単なるお伽話だな。奉仕種族がそのような生易しい生き物であるわけがない」
「ほうし……なんだって?」
「――おぉーい! 先になんかあるぞ!」
と、五六メトリほど前――田舎モンのため言っとくと、一メトリは両手を斜めに広げた長さだ。俺の背丈は二メトリ近いぜ――を一人先導していた野伏が、こちらへ向かって手を振った。
世界観と舞台を同じくする短編とでも思って楽しんでいただけたら嬉しいです。
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深く雪が積もった険しい山道を、俺たちはただ黙々と歩く。
うんざりするほど進行速度が遅え。が、だってのに、誰も文句一つ上げやしねえ。
普段なら鎧を着けたまま半刻でも走り続けられる俺たちが、こうしてのろのろ進んでる理由が、足場の悪さ、きつすぎる寒さ……そんなもんだけじゃねえからだ。
くそったれ! 息が苦しい……。疲れが早すぎる。マジでどうなってんだ。
俺たち一行がこの山地に足を踏み入れてもう三週間になる。
最初のうちはこんなんじゃなかった。
山を登るにつれ、どんどん身体が言うことを聞かなくなってきていやがる。
そろそろ神官戦士に神聖術の祈念【疲労回復】を頼みてえが、奴は二日前に死んじまった。
つまり、この息苦しさをどうにかする方法が無くなっちまってるってことだ。
「おい、魔術師……。うまく、息ができねえ。ハァ……ハァ……なんとかしやがれ」
「無理だ。何度も言っただろう。辺りに毒の息が満ちてきておる。【葉巻】を深く咥えて呼吸をなるべく乱さぬようにしろ。それで多少はマシになる。前を行く野伏の奴を見習え」
「ちっ……くっそまずい葉巻だぜ……」
「だが、これがなければ俺たちも死にかねん」
「荷袋に仕舞ったまま寝ちまった間抜けな神官戦士みてえにか?」
毒の息……なんでも、この山の上じゃ呼吸に必要な空気がどんどん薄くなり、替わりに人間を弱らせる目に見えない毒へと置き換わってるって話だ。なんだ、そりゃ。ふざけやがって。
人には吸い込むことができない毒へと変えられた山の空気を正常に戻す魔道具が、この特製の【葉巻】だ。……言っても、その効果は大したもんじゃあねえ。
一週間も前からはもう、ずっと咥えてても息苦しさの方が勝つようになっちまっている。
「おい、あの壁は本当に近付いてるのか? ハァハァ、麓に居たときから何も変わってねえぞ?」
「……わからん。それも何度言えば分かる? 未だかつて、あの場所へ往って還ってきた者など誰一人おらんのだ。近付いていると信じて進むしかない」
まったく、ろくでもねえ仕事を受けちまった。
行きにふた月、それで何も見つからなけりゃ引き返すって契約だが、まだ半分も過ぎてねえ。
破格の報酬だと思ったが、仲間が一人死んだことを含めて、まるで割りに合わねえぞ。
「俺も焼きが回った……か」
「ふん、四大ダンジョン攻略という偉業の礎となれるのだ。むしろ光栄に思え」
創世神が作り上げ、この世の四方の果てに配置したと伝えられる四大ダンジョン。
南西の果てに存在するは水底――深淵の迷宮城リインギルス。
南東の果てに存在するは砂漠――炎砂の蜃気楼フラムラーシュ。
北西の果てに存在するは森林――無間の大樹界スヴェニシルト。
そして、北東の果てに存在するのが山脈――世涯の氷壁嶺《ひょうへきれい》グレイシュバーグ。
グレイシュバーグ……ねえ……。
俺たちがずっと目の先に留めてきた、雲の上まで届く馬鹿でっかい壁みてえな山がソレらしい。
で、俺たちが目指してる目的地でもあるわけなんだが。
「……で合ってんだよな? 魔術師よぉ」
「そうだ。お前のような無知の徒であろうと存在くらいは聞いておろう」
「そりゃあガキの頃からさんざっぱらお伽話でな。言っても、こんな名前までは知らなかったぜ」
「だろうな」
「冒険者仲間の間じゃ、専ら、地のダンジョンとか呼ばれてんな」
「ふむ、正確に言えば、支配属性は水と地ということになるのだがな。あらゆる魂の循環を司る太古の蛇グレイシュバーグが棲まう、この世で最も天に近い場所よ」
ここいらじゃほぎゃあと産まれてからぽっくりくたばるまで、毎日ずっとアレを見上げながら生きるんだと言う。
俺ぁ、南方の生まれなんで、それがどんな気分なのか想像もつかねえんだが、冒険者の中には、地のダンジョンを攻略するのが夢だなんつう連中も多い。大方、この魔術師もそんな口だろうよ。
少しは【葉巻】が効いてきたのか、いくらか身体が楽になった俺は、苛立ちを紛らわすため、そのまましばらく魔術師との雑談に興じっちまう。
「言うかよ、なんで地のダンジョンなんだ? もっとマシな……森とかじゃダメなのかよ?」
「四大ダンジョンの中にあって、唯一つ、実在が確認されておるからな、グレイシュバーグは。なにせ目的地が見えとる。リインギルス、フラムラーシュ、スヴェニシルト……どれも取り巻く過酷な自然環境を踏破し、ダンジョンを目にした者すらおらんのだ」
「んん? 確か、水のダンジョンは行って帰ってきた奴がいるって話だぞ?」
「ふっ、助けたネーレイスに連れられて……か?」
「おう、それだ! 美人の人魚と一緒に海の底のダンジョン行ってよ、お宝がっぽり持ち帰って、どこぞの国の王になったらしいじゃねえか」
「単なるお伽話だな。奉仕種族がそのような生易しい生き物であるわけがない」
「ほうし……なんだって?」
「――おぉーい! 先になんかあるぞ!」
と、五六メトリほど前――田舎モンのため言っとくと、一メトリは両手を斜めに広げた長さだ。俺の背丈は二メトリ近いぜ――を一人先導していた野伏が、こちらへ向かって手を振った。
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