異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
88 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 第五章: グレイシュバーグの胎にて

第十九話: 身構える一行と鬼の使者

しおりを挟む
――入れてやれ。……そやつらは異世界人だ。

「「日本語!?」」

 どこからともなく突如として響いてきた怪音波……いや、声は、僕たちの頭の中で反響した後、明らかに意味を持つ日本語の音となって消えていった。

「待ってくれ! 貴方あなたは何者なんだ! どうして僕たちのことを――」
「普通の音ではありませんでした。どこか別の場所から直接頭の中へ伝わってきたような……」
「月子にも聞こえたんだな? あの電子音じみた日本語の声が」
「はい、初めはケオニの鳴き声でしたけれど」
「ああ、僕も同じだ」

 あまりの衝撃に、僕のみならず月子まで、自分たちが敵地の入り口にいることを忘れていた。
 だが、幸いなことに僕らには頼りになる仲間たちがいる。
 変わった事態にすかさず警鐘を鳴らしてくれたのはチビどもだった。

「みにゃあ!」
「ばうっふ!」

 いきなり僕と月子を守れる位置に踏み出した二頭の力強い鳴き声に気を取り直す。
 回廊――先の方がどうなっているか不明なので廊下と言うべきか? まぁ、良いだろう――の奥へ目を向ければ、左右に並んだいくつもの扉が開かれ、中から続々と、数十人のケオニたちが通路へ出てきている様子が見えた。

 この回廊は、高さと幅、共にかなりの余裕があり、ベア吉を真ん中にして左右に僕と月子とが並んで反復横跳びをできるくらいには広い。
 流石さすがにカーゴを乗り入れたら身動きが取れないだろうと、こうして降りてやって来たわけだが、その気になれば乗って入れそうなくらいには広い。

 そんな回廊がみっしり埋め尽くされつつある。
 多数のケオニによってだ。

「一時撤退もやむなしか」

 と、退却を決めかけるが、いつまで経ってもケオニ集団はこちらへ攻めてこようとはしない。
 いつものようにギャーギャーわめくでもなく、ザワザワという控えめな喧騒けんそうで遠巻きにしている連中の様子が変わったのは、増員が落ち着き、更に数分が経過した頃だった。

 人混みの中から三人のケオニが進み出てきた。

 武具をまとった巨体の戦士ケオニとも、やや小柄でシャープな印象だった弓ケオニとも、いや、奥に見えている他のどのケオニとも異なる姿をした三人のケオニである。

 身体からだを覆う長い体毛、ゴツゴツとした質感の地肌は蒼い色、鼻が大きく前へ突き出している。そうしたケオニ族に共通する特徴も、どこか他の奴らとは受ける印象が違う。
 布地が多い衣服をまとって身綺麗にしている。また、特徴的な長い毛が手入れされているため、ボサボサではなく、その顔があらわになって見映みばえ良く見えた。いや、そういう人種と言われれば実際に通りそうなくらい人間に近い顔立ちをしており、獣っぽさがあまり感じられないのだ。

「……と言うか、三人とも女性じゃないか?」
「間違いありません。女性のケオニたちですね」

 よく見れば、長い毛に覆われているのは頭と四肢だけのようだ。
 衣服の脇からチラチラと見えている豊かな胸と腰にかけてのラインが女性らしさを主張する。
 いや、いかん……。じろじろと観察していい場所じゃあないな。

「先ほどの声を受けての対応とは思いますけれど、どういったおつもりなのでしょう」
「そう言えば、さっきの声は僕らに向けてのものではなさそうだったな。確か『入れてやれ』と言っていたが」
「ええ、先頭の赤い髪をした方が特別な地位にある貴人きじんなのではありませんか?」
「案内でもしてくれるのかな」

 確かに、ゆっくりとこちらへ向かってくる三人の中でも、先頭の一人は異彩を放っていた。
 同行する二人も含めた他のケオニがすべて緑がかった灰色の毛であるのに対し、明るい緋色の体毛を生やしており、非常に整った顔立ち、飾りの付いた衣装……これで只者ただもののはずはなかろう。

 三人の女性ケオニは僕たちの前方五六ごろくメートルほどの地点で歩みを止めた。
 そこから数歩、赤毛ケオニだけが前へ進み出ると、おもむろに口を開く。
 紡ぎ出される声は、ややハスキーながら女性らしい高さで――。

「ギギイ、ギーイ」

「……っ!」
「日本語ではないのですね」

 うん、僕も同じこと思ったよ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

処理中です...