78 / 197
第一部: 終わりと始まりの日 - 第五章: グレイシュバーグの胎にて
第九話: 生命を嘲弄される男
しおりを挟む
僕が愛用するスコップは、元は現代日本で市販されていたアウトドアグッズである。
だが、この異世界へやって来て以来、事あるごとに月子が地の精霊術による改良を施しており、今となっては素材レベルからほとんど別物、ちょっとした岩くらいならば叩き割れるし、岩盤も突き通せるほどの、ただの掘削道具に留まらない強力な武器と化している。
先端も見るからに鋭く、ギラリと光る槍の穂先めいたそのスコップを喉元深く突きつけられた戦士ケオニAは、流石に意図が通じたか手足の動きを止めて硬直する。
「これ以上、怪我をしたくなければ大人しくしてくれ!! こちらに争う気は――」
戦いの決着と見て、僕が大声で発しようとした勧告は……しかし、いきなり遮られる!
スコップを突きつけている戦士ケオニAと同様、右手を傷つけられて岩石棒を手放し、盾持つ左手も氷漬けとなり、戦意を失ったかと思えたBとCの予期せぬ行動によるものだ。
「「ゲハッハア!」」
BとCは人質と呼ぶべきAの安全を無視し……いや、あろうことかその背を二人で蹴り飛ばし、真ん前に位置している僕に対してぶつけてきたのである。
咄嗟に大きく飛び退き、それを躱すことには成功したが……。
「いやいやいや、おいおいおい、仲間の生命でもお構いなしか……」
引き戻したスコップが間に合わず、鋭い刃がAの喉を斬り裂いてしまっていた。
伝わってくる嫌な手応え、見て取れる傷の深さ、噴き上がる血の量……明らかに致命傷だ。
こんな状況の中で起こった不慮の事故とは言え、殺人を犯してしまったことは倫理にもとる。
幸い、僕に追い打ちを加えようとしていたBとCは、どうやらヒヨスと月子が牽制してくれたらしく、動揺した隙を衝かれる羽目には陥らなかった。
……いや、依然として手足は強ばり、倒れて動かないAに対して意識がより多く割かれている。いまだ動揺覚めやらず。すぐに割りきるのは難しそうだ。どうする? 一旦下がるべきか。待て、援軍と合流される前に残り二人を叩いてしまった方が良い。バカ言え! こんな精神状態でか?
なかなか思考がまとまってくれない。
だが、結果として、このときAの方へ意識を向けていたことが僕の身には幸いした。
首から大量の血を流して倒れているAの死体が、近くに転がっていた岩石棒を掴み、むくりと起き上がるやいなや! 横殴りにフルスイングしてきたのだ。
――バカな!?
Aの死体が身を起こし始めた時点で異常に気付いた僕は、動揺極まれりといった精神状態にも拘わらず、反射的に退いて間合いを離すことができていた。
とは言え、唸りを響かせながら目の前を通り過ぎていった岩塊に肝を冷やし、数歩、たたらを踏んでバランスまで崩してしまう。
「ゲッゲッゲッ……」
体勢を立て直すため、一瞬だけ目が逸れたとき、その音は聞こえてきた。
そう、音である。声だとは認識できなかった。
もしも声だったのだとしたら、あまりにも場にそぐわない。
ましてや、今まさに死にかけた者が、殺しかけた者に対して浴びせかけたとは思い難い。
そんな風に頭の片隅で訝しく思いながら正面へ視線を戻せば、そこには胸元を赤く染めたまま仁王立ちし、顔を上げてなおもゲッゲッと……哄笑しているAの姿があった。
笑い声はどこまでも朗らかな調子で、それだけ聞くと宴会の席にでも迷い込んだかと錯覚してしまいそうである。繰り返すが、こいつは、今の今、首を切り裂かれて死んでいた奴だ。
先ほど、自分の背を蹴りつけたB・Cに対しても特に怒りを覚えてはいないらしく、ちらりと顔を向けた後、共に高らかに笑い出し、次第に三人揃って爆笑し始めてしまう。
「「「ゲゲッ! ゲッゲッゲッゲッゲッ!!」」」
僕は――おそらく月子たちもだろう――呆気にとられ、暫し、奴らの様子を眺めてしまった。
そうして気付く。
Aの首筋に付けたはずの致命傷が既にかさぶた一つ見当たらないことに。
ヒヨスや月子が付けたはずの大小様々な傷が連中の肉体のどこにも残っていないことに。
いや、いつの間にか、奴らの身体からは血が流れた跡さえも消え去っている。
毛皮にまとわりついた、うっすらと赤い多数の氷片だけが、かろうじてその名残を留めるが。
それは、まるで流れ出た血液が体内へ戻っていったとでも言うかのよう……。
「……再生能力、なのか?」
記憶にまだ新しい、ベア吉を死の淵から連れ戻してくれた能力を連想するも、眼前のケオニが同様の力を身に備えているのだとしたら、数段も上回る効果であることは間違いない。
「なるほど、もう相手が人間だなんて思わない方が良さそうだな」
僕は心の中で一つ覚悟を決めるのだった。
だが、この異世界へやって来て以来、事あるごとに月子が地の精霊術による改良を施しており、今となっては素材レベルからほとんど別物、ちょっとした岩くらいならば叩き割れるし、岩盤も突き通せるほどの、ただの掘削道具に留まらない強力な武器と化している。
先端も見るからに鋭く、ギラリと光る槍の穂先めいたそのスコップを喉元深く突きつけられた戦士ケオニAは、流石に意図が通じたか手足の動きを止めて硬直する。
「これ以上、怪我をしたくなければ大人しくしてくれ!! こちらに争う気は――」
戦いの決着と見て、僕が大声で発しようとした勧告は……しかし、いきなり遮られる!
スコップを突きつけている戦士ケオニAと同様、右手を傷つけられて岩石棒を手放し、盾持つ左手も氷漬けとなり、戦意を失ったかと思えたBとCの予期せぬ行動によるものだ。
「「ゲハッハア!」」
BとCは人質と呼ぶべきAの安全を無視し……いや、あろうことかその背を二人で蹴り飛ばし、真ん前に位置している僕に対してぶつけてきたのである。
咄嗟に大きく飛び退き、それを躱すことには成功したが……。
「いやいやいや、おいおいおい、仲間の生命でもお構いなしか……」
引き戻したスコップが間に合わず、鋭い刃がAの喉を斬り裂いてしまっていた。
伝わってくる嫌な手応え、見て取れる傷の深さ、噴き上がる血の量……明らかに致命傷だ。
こんな状況の中で起こった不慮の事故とは言え、殺人を犯してしまったことは倫理にもとる。
幸い、僕に追い打ちを加えようとしていたBとCは、どうやらヒヨスと月子が牽制してくれたらしく、動揺した隙を衝かれる羽目には陥らなかった。
……いや、依然として手足は強ばり、倒れて動かないAに対して意識がより多く割かれている。いまだ動揺覚めやらず。すぐに割りきるのは難しそうだ。どうする? 一旦下がるべきか。待て、援軍と合流される前に残り二人を叩いてしまった方が良い。バカ言え! こんな精神状態でか?
なかなか思考がまとまってくれない。
だが、結果として、このときAの方へ意識を向けていたことが僕の身には幸いした。
首から大量の血を流して倒れているAの死体が、近くに転がっていた岩石棒を掴み、むくりと起き上がるやいなや! 横殴りにフルスイングしてきたのだ。
――バカな!?
Aの死体が身を起こし始めた時点で異常に気付いた僕は、動揺極まれりといった精神状態にも拘わらず、反射的に退いて間合いを離すことができていた。
とは言え、唸りを響かせながら目の前を通り過ぎていった岩塊に肝を冷やし、数歩、たたらを踏んでバランスまで崩してしまう。
「ゲッゲッゲッ……」
体勢を立て直すため、一瞬だけ目が逸れたとき、その音は聞こえてきた。
そう、音である。声だとは認識できなかった。
もしも声だったのだとしたら、あまりにも場にそぐわない。
ましてや、今まさに死にかけた者が、殺しかけた者に対して浴びせかけたとは思い難い。
そんな風に頭の片隅で訝しく思いながら正面へ視線を戻せば、そこには胸元を赤く染めたまま仁王立ちし、顔を上げてなおもゲッゲッと……哄笑しているAの姿があった。
笑い声はどこまでも朗らかな調子で、それだけ聞くと宴会の席にでも迷い込んだかと錯覚してしまいそうである。繰り返すが、こいつは、今の今、首を切り裂かれて死んでいた奴だ。
先ほど、自分の背を蹴りつけたB・Cに対しても特に怒りを覚えてはいないらしく、ちらりと顔を向けた後、共に高らかに笑い出し、次第に三人揃って爆笑し始めてしまう。
「「「ゲゲッ! ゲッゲッゲッゲッゲッ!!」」」
僕は――おそらく月子たちもだろう――呆気にとられ、暫し、奴らの様子を眺めてしまった。
そうして気付く。
Aの首筋に付けたはずの致命傷が既にかさぶた一つ見当たらないことに。
ヒヨスや月子が付けたはずの大小様々な傷が連中の肉体のどこにも残っていないことに。
いや、いつの間にか、奴らの身体からは血が流れた跡さえも消え去っている。
毛皮にまとわりついた、うっすらと赤い多数の氷片だけが、かろうじてその名残を留めるが。
それは、まるで流れ出た血液が体内へ戻っていったとでも言うかのよう……。
「……再生能力、なのか?」
記憶にまだ新しい、ベア吉を死の淵から連れ戻してくれた能力を連想するも、眼前のケオニが同様の力を身に備えているのだとしたら、数段も上回る効果であることは間違いない。
「なるほど、もう相手が人間だなんて思わない方が良さそうだな」
僕は心の中で一つ覚悟を決めるのだった。
1
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
ハイエルフの幼女に転生しました。
レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは
神様に転生させてもらって新しい世界で
たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく
死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。
ゆっくり書いて行きます。
感想も待っています。
はげみになります。
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。
リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。
そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。
そして予告なしに転生。
ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。
そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、
赤い鳥を仲間にし、、、
冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!?
スキルが何でも料理に没頭します!
超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。
合成語多いかも
話の単位は「食」
3月18日 投稿(一食目、二食目)
3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる