異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
77 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 第五章: グレイシュバーグの胎にて

第八話: 切り込んでいく男

しおりを挟む
 順調にケオニたちの無力化が果たされつつあると見て、僕は砦から打って出る準備を調ととのえる。
 まぁ、防寒具の下に着けた防具を確認し、愛用のスコップを手に取るくらいなんだが。

「じゃ、ちょっと出てくるよ」
「くれぐれもお気を付けくださいね」
「ああ」

 砦上面のふち、胸下ほどの高さで形作られている胸壁きょうへきへ上がり、念のため、ケオニたちの様子を最終確認しておくこととする。

 手前にいる三人の戦士ケオニは、それぞれ背中合わせになった不格好な円陣を組み、ヒヨスの見えざる奇襲と月子の射撃をしのいでいるものの、既に身体からだの大部分に凍った血をまとわせており、動きがかなり鈍くなっている。
 手に持つ丸盾と棍棒も重くて重くて仕方なさそうに見えた。

 後方の玄室門へ目を向ければ、大きく開け放たれた石扉の付近にも三人のケオニの姿がある。
 僕の【火球ファイアボール】で弓を焼かれてしまい、武器を小さな棍棒へと持ち替えた元弓ケオニだ。
 遠距離攻撃とヒヨスをかなり警戒しているらしく、三人一組で固まって棍棒をめったやたらと振り回しながら、こちらへ向かってくる歩みは極めて遅い。

 玄室門の奥にも目を凝らしてみる。
 だが、今のところ、そちらより更なる増援が現れる気配はなさそうだ。

 戦況はこちらの優位へ大きく傾いており、このまま射撃戦だけでも圧倒できそうな雰囲気さえ漂っているが、まだ相手は全員がやる気十分で交渉に応じてくれるとはまったく思えない。
 力が正義とでも言いそうな連中だし、堂々とやりあって武威も誇示こじしておいた方が良いだろう。

「よし! 行くか!」

 そこまで確認したところで、僕はスコップを握る手に力を込め、一声上げて気合いを入れる。

風の精霊に我は請うデザイアエアー、跳ぶぞ」

 請願せいがんすると同時、胸壁の端を蹴って宙へと身を投げ出せば、砦の外で吹き荒れている旋風にも劣らないほどの猛烈な突風に後押しされ、ひとっ飛びで戦士ケオニたちのそばまで辿り着く。
 弾力さえ感じるような大気の壁を通り抜けてふわりヽヽヽと着地した僕は、そのまま止まることなく体勢を立て直しつつ……思いっきり地面を蹴って駆け出す!

「ゲギャッ!?」

 おそらくは驚愕の表情なのだろう、一番近くにいる戦士ケオニAが、長く乱雑な前髪に隠れた目を不器用にゆがめ、慌てて丸盾をこちらへ向けようとするも、その反応はいささか鈍い。

 間近で見ればかなりの威圧感を受ける、武器と防具で身を固めた身長二メートル超の大男だが、これまで大きなヒョウストーカーやら大きすぎる泥団子バルバスやらと戦ってきた僕にとって、もはや彼らの姿形は恐怖に身をすくませるほどのものではなかった。

 背を低くしたまま、その懐へと一気に飛び込み、振りかぶったスコップを薪割まきわりのおののように振り下ろす。
 狙いはこいつが手に持つ棍棒だ。
 先端が地面に引きられているほど巨大な棍棒は、長さだけではなく太さもあり、見るからに硬そうである。材質は木かと思っていたのだが、どうやら岩らしく、重量も相当なものだろう。
 スコップは、その持ち手の近くに命中し、ガギィイィ!と耳障りな甲高い音を響かせた。

 衝撃に手の握りを緩ませ、戦士ケオニAは岩石棒を取り落とす。

火の精霊に我は請うデザイアファイア、燃えろ」

 Aの手から離れた岩石棒がズン!と地響きを立てて倒れるのを意識の端でとらえつつ、僕は次の目標――戦士ケオニBを目掛け、至近距離から【火球ファイアボール】を放つ。

 武器を突きつけ合っている相手でなければ賞賛したいほどの反応速度を見せ、既に僕を狙って岩石棒を叩きつけようとしていたBだが、それでも不意打ちを成功させた僕の方がわずかに早い。
 火の玉はBの右手首で炸裂して燃え上がり、たまらず手放された岩石棒が、すっぽ抜けて脇へ投げ飛ばされてしまう。

 そして、ほとんど間を置かず。
 ヒヨスと月子によって最後の一人――戦士ケオニCの手からも岩石棒が弾き落とされる。

 盾を持つ腕を半ば凍りつかせ、もう一方の手も傷つき、既に武器を持たない三体の戦士ケオニ。こちらへ向かってくる元弓ケオニたちは、未だすぐに到着するほどの距離にはない。

「これにて制圧完了……かなっ!」

 なおも背後から殴りかかってくる戦士ケオニAを察知し、身を低くしてその拳をかわした僕は、立ち上がりながら振り向きざまにスコップを突き出す。と、やりの穂先を思わせるその先端は予測通りにAの眼前へと突きつけられた。

 勝負あり! 降伏勧告のつもりで大音声を上げようと、僕は深く息を吸い込んだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王太子殿下が欲しいのなら、どうぞどうぞ。

基本二度寝
恋愛
貴族が集まる舞踏会。 王太子の側に侍る妹。 あの子、何をしでかすのかしら。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

〖完結〗旦那様には本命がいるようですので、復讐してからお別れします。

藍川みいな
恋愛
憧れのセイバン・スコフィールド侯爵に嫁いだ伯爵令嬢のレイチェルは、良い妻になろうと努力していた。 だがセイバンには結婚前から付き合っていた女性がいて、レイチェルとの結婚はお金の為だった。 レイチェルには指一本触れることもなく、愛人の家に入り浸るセイバンと離縁を決意したレイチェルだったが、愛人からお金が必要だから離縁はしないでと言われる。 レイチェルは身勝手な愛人とセイバンに、反撃を開始するのだった。 設定はゆるゆるです。 本編10話で完結になります。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

処理中です...