75 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 第五章: グレイシュバーグの胎にて
第六話: 交渉中、方針は如何に
しおりを挟む
「待て! 話せば分かる!」
――ヒュッ! ヒュン!
「あっぶな! おい! 言葉は通じなくてもこっちに敵意がないことくらい分かるだろう!」
「ゴバァ! ギギッ」
「「ギィー! ギィー!」」
前方で大きく軌道を曲げ、遙か遠くの岩壁へ刺さることもなくぶつかっていく矢であっても、こちらへ向けられた弓から放たれれば、決して小さくはない恐怖を感じてしまう。
広い空洞内で吹き荒れる猛烈な旋風――気象衛星に写された台風のような旋を描く、その風の目に当たる中心部にて、僕らは地の精霊術による防御陣を構築し、岩の大扉が広く開け放たれた玄室門と相対していた。
門の内部には三体のケオニがおり、こちら側を頂点とする正三角の陣形を組み、連続して矢を射掛けてきている。
「松悟さん、どう考えても話し合いは難しいかと」
「ここまで問答無用だとは予想していなかったんだ」
「風の精霊にお願いして、ちゃんと声をあちらへ届けているのですよね?」
「……のはずなんだが、丸腰で両手を挙げているんだから、とりあえず撃つの止めてほしいな」
「ひょっとすると、これがやりすぎだったのかも知れません」
「彼らを警戒させてしまったのだろうか」
僕らが陣取るこの防御陣は、二枚の【岩石の盾】を前面に展開したお馴染みのものとは随分と様相が異なっていた。
カーゴと共に僕たちがいるのは、ちょうどプリンのような形をした円錐台の上だ。
高さは三・五メートルほど、前面には五枚の【岩石の盾】が立ち並んで堅固な防御壁を成し、背後はなだらかな坂道を描きながら地上に繋がる洞窟へと向かっている。
端的に言って、砦であった。
「いや、しかし、出会い頭に矢を撃ち込んできたのはあっちの方だからなぁ。備えくらいするさ、そりゃあ……」
「元より交渉が成り立つ相手ではなかったということでしょうか。反撃いたしますか?」
そう問われると、少しばかり悩んでしまう。
相手は明らかにこちらを殺すつもりの連中だ。実際、最初に出遭ったときの一撃は、ガラスを強化していなかったら間違いなく死んでいたところである。
しかし、元はと言えば、彼らが暮らす施設にずかずかと踏み入ったのは僕たちの方でもある。
初めてカーゴビートルの姿を見たら、恐ろしいモンスターと思って先制攻撃してしまうこともあるだろう。その気持ちは分からなくもないし、中から人間が出てきて敵意はないと訴えようとなかなか信じてはもらえないだろうことも一応は心情的に理解できる。
まだ彼らケオニ族が完全な敵だと決まったわけではないのだ。
言ってみれば、土地と資源に満ちあふれたアメリカ大陸に降り立ち、先住民と衝突することになったヨーロッパ移民といった立場だろうか、現状の僕らは。
いや、ポリネシア辺りの孤島に漂着して未接触部族と出くわした……という方が近いか?
まぁ、何にせよ、こちらの論理ばかりを押し付けて将来へ禍根を残したくはないところである。
食べるために動物を狩るとか、危険な怪物を撃退するとか、そういった状況とは訳が違う。
「仕方ない。なるべく大きな怪我はさせない程度に反撃するとしよう。流石にこのままじゃ話にならない」
「はい、ベア吉、ヒヨスも、分かりましたね?」
「わふっ」
「にゃっ」
ひとまず、関係修復の可能性を残しつつ、問答無用とばかりの攻撃だけは止めさせる。
その辺りが次善の策じゃなかろうか。
少なくとも、まだ僕らの方には余裕があるのだから。
「弓矢を無力化できたら僕とヒヨスで踏み込む。月子とベア吉は援護を頼む」
「みゃあ!」
「分かりました」
「ばう!」
「よし! それじゃ準備開始だ」
僕とヒヨスはいつでも飛び出せるよう大盾を目前とする砦の最前面へ、月子は空洞内の全体を見渡すことが可能な中央部カーゴ前、そしてベア吉はカーゴの居住スペース内……と、それぞれ役割に応じた配置に就く。
こちらが態勢を整えている間、ケオニの方にも新たな動きがあった。
暴風に遮られ、自慢の弓矢がこちらまで届かないことに業を煮やしたか、玄室の奥より追加で三人のケオニが呼び出されていたのだ。
いずれも中世北欧のバイキングを思わせる角付きの兜を被り、なめした皮革と思しき堅そうな胸当てを身に着け、左手に丸い盾、右手には大きな棍棒を持っている。
「いよいよ鬼らしくなってきたな」
こちらも本意ではないんだが、とにかく、まずは力尽くで制圧させてもらうぞ。
――ヒュッ! ヒュン!
「あっぶな! おい! 言葉は通じなくてもこっちに敵意がないことくらい分かるだろう!」
「ゴバァ! ギギッ」
「「ギィー! ギィー!」」
前方で大きく軌道を曲げ、遙か遠くの岩壁へ刺さることもなくぶつかっていく矢であっても、こちらへ向けられた弓から放たれれば、決して小さくはない恐怖を感じてしまう。
広い空洞内で吹き荒れる猛烈な旋風――気象衛星に写された台風のような旋を描く、その風の目に当たる中心部にて、僕らは地の精霊術による防御陣を構築し、岩の大扉が広く開け放たれた玄室門と相対していた。
門の内部には三体のケオニがおり、こちら側を頂点とする正三角の陣形を組み、連続して矢を射掛けてきている。
「松悟さん、どう考えても話し合いは難しいかと」
「ここまで問答無用だとは予想していなかったんだ」
「風の精霊にお願いして、ちゃんと声をあちらへ届けているのですよね?」
「……のはずなんだが、丸腰で両手を挙げているんだから、とりあえず撃つの止めてほしいな」
「ひょっとすると、これがやりすぎだったのかも知れません」
「彼らを警戒させてしまったのだろうか」
僕らが陣取るこの防御陣は、二枚の【岩石の盾】を前面に展開したお馴染みのものとは随分と様相が異なっていた。
カーゴと共に僕たちがいるのは、ちょうどプリンのような形をした円錐台の上だ。
高さは三・五メートルほど、前面には五枚の【岩石の盾】が立ち並んで堅固な防御壁を成し、背後はなだらかな坂道を描きながら地上に繋がる洞窟へと向かっている。
端的に言って、砦であった。
「いや、しかし、出会い頭に矢を撃ち込んできたのはあっちの方だからなぁ。備えくらいするさ、そりゃあ……」
「元より交渉が成り立つ相手ではなかったということでしょうか。反撃いたしますか?」
そう問われると、少しばかり悩んでしまう。
相手は明らかにこちらを殺すつもりの連中だ。実際、最初に出遭ったときの一撃は、ガラスを強化していなかったら間違いなく死んでいたところである。
しかし、元はと言えば、彼らが暮らす施設にずかずかと踏み入ったのは僕たちの方でもある。
初めてカーゴビートルの姿を見たら、恐ろしいモンスターと思って先制攻撃してしまうこともあるだろう。その気持ちは分からなくもないし、中から人間が出てきて敵意はないと訴えようとなかなか信じてはもらえないだろうことも一応は心情的に理解できる。
まだ彼らケオニ族が完全な敵だと決まったわけではないのだ。
言ってみれば、土地と資源に満ちあふれたアメリカ大陸に降り立ち、先住民と衝突することになったヨーロッパ移民といった立場だろうか、現状の僕らは。
いや、ポリネシア辺りの孤島に漂着して未接触部族と出くわした……という方が近いか?
まぁ、何にせよ、こちらの論理ばかりを押し付けて将来へ禍根を残したくはないところである。
食べるために動物を狩るとか、危険な怪物を撃退するとか、そういった状況とは訳が違う。
「仕方ない。なるべく大きな怪我はさせない程度に反撃するとしよう。流石にこのままじゃ話にならない」
「はい、ベア吉、ヒヨスも、分かりましたね?」
「わふっ」
「にゃっ」
ひとまず、関係修復の可能性を残しつつ、問答無用とばかりの攻撃だけは止めさせる。
その辺りが次善の策じゃなかろうか。
少なくとも、まだ僕らの方には余裕があるのだから。
「弓矢を無力化できたら僕とヒヨスで踏み込む。月子とベア吉は援護を頼む」
「みゃあ!」
「分かりました」
「ばう!」
「よし! それじゃ準備開始だ」
僕とヒヨスはいつでも飛び出せるよう大盾を目前とする砦の最前面へ、月子は空洞内の全体を見渡すことが可能な中央部カーゴ前、そしてベア吉はカーゴの居住スペース内……と、それぞれ役割に応じた配置に就く。
こちらが態勢を整えている間、ケオニの方にも新たな動きがあった。
暴風に遮られ、自慢の弓矢がこちらまで届かないことに業を煮やしたか、玄室の奥より追加で三人のケオニが呼び出されていたのだ。
いずれも中世北欧のバイキングを思わせる角付きの兜を被り、なめした皮革と思しき堅そうな胸当てを身に着け、左手に丸い盾、右手には大きな棍棒を持っている。
「いよいよ鬼らしくなってきたな」
こちらも本意ではないんだが、とにかく、まずは力尽くで制圧させてもらうぞ。
1
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説


お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる