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第一部: 終わりと始まりの日 - 第五章: グレイシュバーグの胎にて
第五話: 祠の中、二人で環境調査
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全身毛むくじゃらのケオニがどこまで根拠になるかは分からないが、連中の服装はどう見ても防寒具には見えなかった。
この祠の外の岩山では、まだ雪がちらつき、地面が凍っているというのに霜一つ帯びていない岩肌の様子も鑑みれば、ある程度高い気温が空洞内に維持されていることは明らかだ。
そして、精霊術で灯してみた小さな火が車外でちろちろと燃え続けることから分かるのは……。
「まず僕が行こう」
「はい、お願いします。十分にお気を付けてくださいね」
「ああ」
カーゴ助手席のフロントドアを開け、僕は外へ向かってゆっくり手を伸ばしていく。
ここまでは心配してはいない。最悪でも、いきなり凍傷になるまではいかないだろう。案の定、真っ直ぐ腕を伸ばしきっても手袋に覆われている指先には異常を感じられなかった。
次に、僕はドアから足を出し、地面を踏みしめて車体の側で立ち上がる。そして、一歩。また一歩……と、小さな摺り足で歩を進めていく。
ここからは厳戒態勢だ。特に、呼吸に違和感がないか細心の注意を傾けなければならない。
強い緊張により、額からじわりと汗が滲み出し、それを拭おうとして腕を持ち上げた五歩目、防寒具越しでも分かる明らかな温度の変化を感じた。
「ふぅ……どうやら、この辺りまでが【環境維持(車内用)】の効果範囲みたいだな」
「意外と広いのですね。車内から六十センチほどでしょうか?」
「ああ……あ、いや、どうやらドアを開放しているせいらしい。ドアの近くでなければ車外にはまったく影響が及んでいないようだ」
「なるほど、あくまでも密閉空間内を基準としているようですね」
カーゴビートルの車内に掛けられている火と風の精霊術【環境維持(車内用)】の効果範囲については、僕たちはこれまで特に気にしてはこなかった。
【環境維持】のお世話になっている状況ならば、外はもれなく即死覚悟の極限環境である。
換気のために通気口を開けたり、たまにドアを開けるくらいであればまだしも、そこから外へ出てみようなどとは思いもしなかったのだが。
それを今、あえて試しているのは、この場が極限環境ではない可能性を明らかにするためだ。
「で、松悟さん。いかがなのでしょう? その様子では伺うまでもなさそうですけれど」
「そうだな、かなり寒くはあるが、息苦しさや身体の重さは少しも感じられない。ここの環境もやはり大丈夫だと見て良さそうだ」
おそるおそるカーゴの側を離れるが、温度変化を感じる辺りまで到っても呼吸への影響は無いように思われた。ストレッチをしてみたり、歩いて周囲を回ってみたりと身体を動かしてみるも、何一つ不調を匂わせるものは窺えない。
念のため、玄室門の大扉から離れ、空洞の入り口に当たる洞窟の方へ歩いていくと、こちらはある程度離れたところより急激に温度が低下し始める。息苦しさまではなかったものの、あまり
玄室門――不思議石材の近くを離れない方が良さそうである。
とは言え、これで空洞内のほぼ全域が、活動可能な環境として維持されていることも分かった。
その後、空洞内を壁沿いに一周し、何かが隠れ潜んでいたり、抜け穴などが存在しないことをヒヨスと共にくまなく確認してから、僕はカーゴの下へと戻る。
「月子、君の方の調子はどうだい?」
「壁の側であれば何も問題ありません」
既にカーゴの運転席から降り、何かを調べるように玄室の壁に触れていた月子へ問いかければ
柔らかな微笑みと共に答えが返ってくる。
「これで決まりだな」
「ええ、間違いなく。この石壁全体が光と熱を発し、空気を出入りさせています」
「外側でこの環境なんだ。門の内側は我らが玄室と同じと見て良いだろう」
まだまだ先の見えない下山行において、エアコンや防寒具を不要とする拠点が得られるのなら、今更わざわざ言うまでもなく、それは望むべくもない有り難さである。
下山を目指す僕らなので真逆になるが、高峰登山で設営するベースキャンプといったところか。
「是が非にでも間借りの許可を得なければ」
「ケオニの皆さんに分かっていただけると良いですね」
「ああ、気合いを入れて交渉していくとしよう」
期待通りの調査結果に満足した僕たちは、決意を新たに、先住の店子であろうケオニたちとの交渉準備に移るのだった。
ま、当然ながら、和やかに済むとは思っていないけどな。
この祠の外の岩山では、まだ雪がちらつき、地面が凍っているというのに霜一つ帯びていない岩肌の様子も鑑みれば、ある程度高い気温が空洞内に維持されていることは明らかだ。
そして、精霊術で灯してみた小さな火が車外でちろちろと燃え続けることから分かるのは……。
「まず僕が行こう」
「はい、お願いします。十分にお気を付けてくださいね」
「ああ」
カーゴ助手席のフロントドアを開け、僕は外へ向かってゆっくり手を伸ばしていく。
ここまでは心配してはいない。最悪でも、いきなり凍傷になるまではいかないだろう。案の定、真っ直ぐ腕を伸ばしきっても手袋に覆われている指先には異常を感じられなかった。
次に、僕はドアから足を出し、地面を踏みしめて車体の側で立ち上がる。そして、一歩。また一歩……と、小さな摺り足で歩を進めていく。
ここからは厳戒態勢だ。特に、呼吸に違和感がないか細心の注意を傾けなければならない。
強い緊張により、額からじわりと汗が滲み出し、それを拭おうとして腕を持ち上げた五歩目、防寒具越しでも分かる明らかな温度の変化を感じた。
「ふぅ……どうやら、この辺りまでが【環境維持(車内用)】の効果範囲みたいだな」
「意外と広いのですね。車内から六十センチほどでしょうか?」
「ああ……あ、いや、どうやらドアを開放しているせいらしい。ドアの近くでなければ車外にはまったく影響が及んでいないようだ」
「なるほど、あくまでも密閉空間内を基準としているようですね」
カーゴビートルの車内に掛けられている火と風の精霊術【環境維持(車内用)】の効果範囲については、僕たちはこれまで特に気にしてはこなかった。
【環境維持】のお世話になっている状況ならば、外はもれなく即死覚悟の極限環境である。
換気のために通気口を開けたり、たまにドアを開けるくらいであればまだしも、そこから外へ出てみようなどとは思いもしなかったのだが。
それを今、あえて試しているのは、この場が極限環境ではない可能性を明らかにするためだ。
「で、松悟さん。いかがなのでしょう? その様子では伺うまでもなさそうですけれど」
「そうだな、かなり寒くはあるが、息苦しさや身体の重さは少しも感じられない。ここの環境もやはり大丈夫だと見て良さそうだ」
おそるおそるカーゴの側を離れるが、温度変化を感じる辺りまで到っても呼吸への影響は無いように思われた。ストレッチをしてみたり、歩いて周囲を回ってみたりと身体を動かしてみるも、何一つ不調を匂わせるものは窺えない。
念のため、玄室門の大扉から離れ、空洞の入り口に当たる洞窟の方へ歩いていくと、こちらはある程度離れたところより急激に温度が低下し始める。息苦しさまではなかったものの、あまり
玄室門――不思議石材の近くを離れない方が良さそうである。
とは言え、これで空洞内のほぼ全域が、活動可能な環境として維持されていることも分かった。
その後、空洞内を壁沿いに一周し、何かが隠れ潜んでいたり、抜け穴などが存在しないことをヒヨスと共にくまなく確認してから、僕はカーゴの下へと戻る。
「月子、君の方の調子はどうだい?」
「壁の側であれば何も問題ありません」
既にカーゴの運転席から降り、何かを調べるように玄室の壁に触れていた月子へ問いかければ
柔らかな微笑みと共に答えが返ってくる。
「これで決まりだな」
「ええ、間違いなく。この石壁全体が光と熱を発し、空気を出入りさせています」
「外側でこの環境なんだ。門の内側は我らが玄室と同じと見て良いだろう」
まだまだ先の見えない下山行において、エアコンや防寒具を不要とする拠点が得られるのなら、今更わざわざ言うまでもなく、それは望むべくもない有り難さである。
下山を目指す僕らなので真逆になるが、高峰登山で設営するベースキャンプといったところか。
「是が非にでも間借りの許可を得なければ」
「ケオニの皆さんに分かっていただけると良いですね」
「ああ、気合いを入れて交渉していくとしよう」
期待通りの調査結果に満足した僕たちは、決意を新たに、先住の店子であろうケオニたちとの交渉準備に移るのだった。
ま、当然ながら、和やかに済むとは思っていないけどな。
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