73 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 第五章: グレイシュバーグの胎にて
第四話: 岩棚の祠、再訪する二人
しおりを挟む
底が見えないほどに切り立った断崖へ突き出す岩棚の上。
そこに建つ祠の前へ、再びカーゴビートルは横付けされていた。
入り口は前回立ち去ったときのまま、数人がかりでも動かせなさそうな大岩で塞がれており、何かが中から出てきた様子などは窺えない。
「特におかしな気配はありませんね」
大岩を除去してみたら、中に何者かが潜んで……などということもなかった。
まぁ、奥も岩盤で塞いでおいたのだから、まだあれから丸一日も経たず、いきなり準備万端で待ち構えているようなら、連中に対する警戒度を大幅に引き上げなければならなかったところだ。
「ここから本番だな。ヒヨス、頼むぞ」
「にゃっ」
鳴き声は何もないカーゴの前方から響いた。
既に、ヒヨスは透明迷彩によって姿を消している。
周囲が雪原でないため、よく目を凝らせば朧気な姿として視界に捉えることはできるものの、知っていなければ気付けるものではないだろう。これ以上ない斥候役である。
僕たちは少し待ち、祠の入り口辺りに転がっていた小石がぺしんと弾かれたのを確認してからカーゴを中へ進ませていく。
前回と違って周囲は真っ暗闇だ。
逃走時、この先を分厚い岩盤で埋めておいたため、もう玄室の光が漏れてこないのである。
少しばかり緊張しながら進むが、特に何事もなく、突き当たりまで到着してしまった。
「壁の向こうに動くものはいないようです。少し開けます」
地の精霊と親交を深め、周辺の地面の状態を感知することもできるようになった月子が、壁を隔てた空洞内の様子を告げる。少なくとも大勢による待ち伏せの心配はなさそうだな。
僅かな振動や音さえも立てず、前方の岩盤に穴が空いていく。
漏れ出てくる淡い光。物音は聞こえず、見えてきた空洞にはとりあえず人影も見当たらない。
やがて穴は人が通れるほどの幅まで広がり、奥の方にある玄室の入り口も見えてきた。
――コッ……ここん……。
空いた穴の向こう側、空洞の方から小石が飛んできて地面を転がる。
透明化したまま空いた穴を通り抜けていったヒヨスによる『敵はいない』の合図だ。
「地の精霊に我は請う――」
ここからは速攻! 目の前の岩盤をすべて除去し、一気にカーゴを玄室の門前まで走らせる。
「ギャ!?」
流石にカーゴが六本脚で地面を蹴っていく音は静かとは言い難い。玄室の奥に毛むくじゃらの人――名付けてケオニが即座に姿を現し、こちらに気付くなり素早く弓矢を向けてきた。
しかし、奴の強弓から矢が放たれるよりも早く!
「わう!」
後方より吠え声が上がると、瞬く間に地面から多数の石壁が迫り上がり、矢の射線と敵の視界……いや、門全体を塞いでいってしまう。
それを月子が二枚の分厚く大きな石板として再構成すれば、トンネルの入り口といった印象の玄室門は、重い両開きの扉によって固く閉ざされ、まさしく門と呼ぶに相応しい外観へと生まれ変わった。ご丁寧に、僕らがいる門の外側には、巨大な閂まで掛けられている。
「はい、以上で作戦終了です」
「上手くいって良かった。ここの調査だけは邪魔されずにしたかったからな」
カーゴを停め、月子と共に後ろの居住スペースへ移動してサイドドアを開放すれば、そこには今回も大きな活躍を見せた二頭の姿が揃った。
「良い働きだったぞ、ヒヨス。それに……ベア吉」
「にゃあ」
「……わふぅ」
にゅっと外から頭を突っ込んでくるのはヒヨス、居住スペース内で丸まっていたのはベア吉だ。
いつも通り、軽やかな足取りで近付いてきて甘えだすヒヨスと対照的に、ベア吉はカーゴ内で身を伏せたままでいる。しかし、その頭はちゃんと持ち上げられている。動けているのだ。
ヌッペラウオとの決戦から一週間を経て、ようやくベア吉は自力で動ける程度まで快復した。
まだ立ち上がって歩くこともできない弱々しい様子であり、僕はこうして探索に連れ出すのは時期尚早と思うのだが、ずっと寝たきりだったためだろう、本人?は至ってやる気を見せている。
まぁ、こいつの無理をしがちな性格はもうよく分かったので、こっちは気を付けていなければならないが、いてくれて頼もしいことは間違いない。
先ほど見せたように、岩石を操作する能力であれば問題なく使えていることだしな。
何はともあれ、そういうわけで今回は久々となるフルメンバーの探索と相成ったのである。
「さて、それじゃ、この場の調査を始めていくとするか」
「はい」
「にゃあ」
「わっふぅ!」
そこに建つ祠の前へ、再びカーゴビートルは横付けされていた。
入り口は前回立ち去ったときのまま、数人がかりでも動かせなさそうな大岩で塞がれており、何かが中から出てきた様子などは窺えない。
「特におかしな気配はありませんね」
大岩を除去してみたら、中に何者かが潜んで……などということもなかった。
まぁ、奥も岩盤で塞いでおいたのだから、まだあれから丸一日も経たず、いきなり準備万端で待ち構えているようなら、連中に対する警戒度を大幅に引き上げなければならなかったところだ。
「ここから本番だな。ヒヨス、頼むぞ」
「にゃっ」
鳴き声は何もないカーゴの前方から響いた。
既に、ヒヨスは透明迷彩によって姿を消している。
周囲が雪原でないため、よく目を凝らせば朧気な姿として視界に捉えることはできるものの、知っていなければ気付けるものではないだろう。これ以上ない斥候役である。
僕たちは少し待ち、祠の入り口辺りに転がっていた小石がぺしんと弾かれたのを確認してからカーゴを中へ進ませていく。
前回と違って周囲は真っ暗闇だ。
逃走時、この先を分厚い岩盤で埋めておいたため、もう玄室の光が漏れてこないのである。
少しばかり緊張しながら進むが、特に何事もなく、突き当たりまで到着してしまった。
「壁の向こうに動くものはいないようです。少し開けます」
地の精霊と親交を深め、周辺の地面の状態を感知することもできるようになった月子が、壁を隔てた空洞内の様子を告げる。少なくとも大勢による待ち伏せの心配はなさそうだな。
僅かな振動や音さえも立てず、前方の岩盤に穴が空いていく。
漏れ出てくる淡い光。物音は聞こえず、見えてきた空洞にはとりあえず人影も見当たらない。
やがて穴は人が通れるほどの幅まで広がり、奥の方にある玄室の入り口も見えてきた。
――コッ……ここん……。
空いた穴の向こう側、空洞の方から小石が飛んできて地面を転がる。
透明化したまま空いた穴を通り抜けていったヒヨスによる『敵はいない』の合図だ。
「地の精霊に我は請う――」
ここからは速攻! 目の前の岩盤をすべて除去し、一気にカーゴを玄室の門前まで走らせる。
「ギャ!?」
流石にカーゴが六本脚で地面を蹴っていく音は静かとは言い難い。玄室の奥に毛むくじゃらの人――名付けてケオニが即座に姿を現し、こちらに気付くなり素早く弓矢を向けてきた。
しかし、奴の強弓から矢が放たれるよりも早く!
「わう!」
後方より吠え声が上がると、瞬く間に地面から多数の石壁が迫り上がり、矢の射線と敵の視界……いや、門全体を塞いでいってしまう。
それを月子が二枚の分厚く大きな石板として再構成すれば、トンネルの入り口といった印象の玄室門は、重い両開きの扉によって固く閉ざされ、まさしく門と呼ぶに相応しい外観へと生まれ変わった。ご丁寧に、僕らがいる門の外側には、巨大な閂まで掛けられている。
「はい、以上で作戦終了です」
「上手くいって良かった。ここの調査だけは邪魔されずにしたかったからな」
カーゴを停め、月子と共に後ろの居住スペースへ移動してサイドドアを開放すれば、そこには今回も大きな活躍を見せた二頭の姿が揃った。
「良い働きだったぞ、ヒヨス。それに……ベア吉」
「にゃあ」
「……わふぅ」
にゅっと外から頭を突っ込んでくるのはヒヨス、居住スペース内で丸まっていたのはベア吉だ。
いつも通り、軽やかな足取りで近付いてきて甘えだすヒヨスと対照的に、ベア吉はカーゴ内で身を伏せたままでいる。しかし、その頭はちゃんと持ち上げられている。動けているのだ。
ヌッペラウオとの決戦から一週間を経て、ようやくベア吉は自力で動ける程度まで快復した。
まだ立ち上がって歩くこともできない弱々しい様子であり、僕はこうして探索に連れ出すのは時期尚早と思うのだが、ずっと寝たきりだったためだろう、本人?は至ってやる気を見せている。
まぁ、こいつの無理をしがちな性格はもうよく分かったので、こっちは気を付けていなければならないが、いてくれて頼もしいことは間違いない。
先ほど見せたように、岩石を操作する能力であれば問題なく使えていることだしな。
何はともあれ、そういうわけで今回は久々となるフルメンバーの探索と相成ったのである。
「さて、それじゃ、この場の調査を始めていくとするか」
「はい」
「にゃあ」
「わっふぅ!」
1
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説


お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜
早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる