65 / 233
第一部: 終わりと始まりの日 - 第四章: 果てなき雲上の尾根にて
第十六話: 火口の主と戦う二人
しおりを挟む
移動手段であり住居でもある僕らの生命線――カーゴビートルが受けた壊滅的なダメージを、敵の動向を気にしながら必死に修理していく。
その間、二匹のヌッペラウオは延々と防御陣の外壁へ大火球を撃ち込み続けており、最前面に展開された地の精霊術【岩石の盾】は、既に溶け落ちそうなほどに赤熱してしまっている。
しかし、しばらくすると、大火球による砲撃が何ら前触れもなく、ふいに途絶えた。
ついに仕留めに来るか!?と警戒しつつ素早く運転席に滑り込み、赤く染まった【岩石の盾】を僅かに開放し、こっそり外の様子を窺う、と。
――奴らは、大穴の縁に並んだまま、揃って頭をこてりと傾け……眠っていた。
「……あいつら、とことんなめくさってるな」
「こちらとしては助かりますけれど」
「それはそうなんだが……」
こっちが動けないのを良いことに一休みという腹だろうか。
攻撃するには恰好の隙とも思えるが、勘の良い奴らのことだ。近付いたり攻撃態勢に入ったりすれば、即座に目覚めるだろうとは予想が付くし、そもそも現状の僕らに取れる攻撃手段は無い。
月子の言う通り、体勢を立て直す時間をもらったと思えば、確かに悪くはないものの……。
散々、寝込みを襲われ、ねぐらまで壊された身としては許せんものがあるよなぁ。
「絶対に思い知らせてやりましょう」
「ああ」
それから二十分ほど掛け、どうにかカーゴを動ける程度にまで修理し終えることができた。
三対六本あった脚は、左中脚と右の前脚を失って二対四本になっており、その分だけ弱まった移動速度と馬力を補うため、車内の荷物はすべて外へ下ろすなど、車体の軽量化が図られている。
だが、元より速くもなかった移動速度の更なる低下は頭の痛いところだ。
また、窓ガラスがほぼすべて割られてしまい、とりあえず固めて枠を埋めただけの応急修理で済ませてあるので、視界の悪さも懸念される。
だが!
「地の精霊に我は請う――」
月子がカーゴを再起動させる。
四本の脚が車体を持ち上げ、ゆっくりと移動を始めた。
同時に、真っ赤に熱せられながら未だ前方でそびえ立っていた岩盾が、崩れ落ちるかのように地面の中へと沈んでゆき、行く手が開かれる。
ちらりと後ろを窺えば、今以て起き上がる気配を見せないベア吉の姿。
――もう少しだけ待ってろよ。すぐ片付けてくるからな。
「やるぞ! 月子!」
「はい! 松悟さん!」
岩の盾が消えてゆき、かろうじて通れるだけの隙間が空いた瞬間。
カーゴビートルは全力で走り出す。
そのスピードは、先のベア吉が牽いていたときとは、まったく比較にならない遅さだ。
のろのろとした、せいぜい人が早足で歩く程度に過ぎない。
こちらの動きに気付き、早くも目標のヌッペラウオどもは大火球を放ってきている。
思った通り、ぐっすり寝ていたようでいて不意打ちまではさせてくれないようだ。
それでも、こちらの攻撃射程まで十メートルあった彼我の距離。
「もう三メートルは縮まったぞ! コノヤロウ!」
「仕掛けるタイミングはお任せしても?」
「おおとも! まだ掴んでるよ」
そんな風に話しながらも、カーゴを大きく真横へ跳ねさせ、迫る大火球を回避する月子。
そして、小刻みに左右へ進路を変えながら前進する、あみだくじのような動きをし始める。
当然、前進するペースは更に落ち、間合いをなかなか縮められなくなってしまう。
が、さしものヌッペラウオも狙いを定められず、次弾、次々弾はあぶなげなく回避することができた。車体がまとう【泡の壁】に火の粉が触れていくことさえない。
何よりも重要なのは、たとえ遅遅としたペースであろうと確実に距離を縮めていくことだ。
「あと五メートル!」
先ほど、光の玉で吹っ飛ばされた間合いまで、もう疾うに踏み込んでいる。
ここからはいつ何が来てもおかしくないが……。
「それはもう何度も見ました!」
大火球の合間に織り交ぜられてくるようになった火柱の攻撃を、やはり余裕で回避する月子。
鈍重なカーゴビートルが、右へ、左へ、クモのように軽快に飛び回る。
意外だろうか? その動きは、まだ六本の脚が健在だったときと変わらぬ……いや、優るほど。
確かに二本の脚が失われたカーゴの移動能力は落ちている。
不揃いになった左右の脚で車体のバランスを取るため、動きが制限され、力と速度においては完調時に遠く及ばないような状態だ。
岩場の斜面を登っていかなければならない現状、それらは大きな枷となっていた。
ただし、単純な機動力だけを言うなら話は異なる。
重い脚二本とすべての荷物を下ろしたカーゴの重量は半分以下に減っており、その分、操作に対する反応速度は遙かに向上しているのだ。また、残った四本の脚は少しばかり強化も施され、決してバカにできない程度に瞬発力が増している。
「あと三!」
じわじわと距離が縮まっていく中――。
ヌッペラウオの一方が大きく口を開け、あの光の玉が見えた。
その間、二匹のヌッペラウオは延々と防御陣の外壁へ大火球を撃ち込み続けており、最前面に展開された地の精霊術【岩石の盾】は、既に溶け落ちそうなほどに赤熱してしまっている。
しかし、しばらくすると、大火球による砲撃が何ら前触れもなく、ふいに途絶えた。
ついに仕留めに来るか!?と警戒しつつ素早く運転席に滑り込み、赤く染まった【岩石の盾】を僅かに開放し、こっそり外の様子を窺う、と。
――奴らは、大穴の縁に並んだまま、揃って頭をこてりと傾け……眠っていた。
「……あいつら、とことんなめくさってるな」
「こちらとしては助かりますけれど」
「それはそうなんだが……」
こっちが動けないのを良いことに一休みという腹だろうか。
攻撃するには恰好の隙とも思えるが、勘の良い奴らのことだ。近付いたり攻撃態勢に入ったりすれば、即座に目覚めるだろうとは予想が付くし、そもそも現状の僕らに取れる攻撃手段は無い。
月子の言う通り、体勢を立て直す時間をもらったと思えば、確かに悪くはないものの……。
散々、寝込みを襲われ、ねぐらまで壊された身としては許せんものがあるよなぁ。
「絶対に思い知らせてやりましょう」
「ああ」
それから二十分ほど掛け、どうにかカーゴを動ける程度にまで修理し終えることができた。
三対六本あった脚は、左中脚と右の前脚を失って二対四本になっており、その分だけ弱まった移動速度と馬力を補うため、車内の荷物はすべて外へ下ろすなど、車体の軽量化が図られている。
だが、元より速くもなかった移動速度の更なる低下は頭の痛いところだ。
また、窓ガラスがほぼすべて割られてしまい、とりあえず固めて枠を埋めただけの応急修理で済ませてあるので、視界の悪さも懸念される。
だが!
「地の精霊に我は請う――」
月子がカーゴを再起動させる。
四本の脚が車体を持ち上げ、ゆっくりと移動を始めた。
同時に、真っ赤に熱せられながら未だ前方でそびえ立っていた岩盾が、崩れ落ちるかのように地面の中へと沈んでゆき、行く手が開かれる。
ちらりと後ろを窺えば、今以て起き上がる気配を見せないベア吉の姿。
――もう少しだけ待ってろよ。すぐ片付けてくるからな。
「やるぞ! 月子!」
「はい! 松悟さん!」
岩の盾が消えてゆき、かろうじて通れるだけの隙間が空いた瞬間。
カーゴビートルは全力で走り出す。
そのスピードは、先のベア吉が牽いていたときとは、まったく比較にならない遅さだ。
のろのろとした、せいぜい人が早足で歩く程度に過ぎない。
こちらの動きに気付き、早くも目標のヌッペラウオどもは大火球を放ってきている。
思った通り、ぐっすり寝ていたようでいて不意打ちまではさせてくれないようだ。
それでも、こちらの攻撃射程まで十メートルあった彼我の距離。
「もう三メートルは縮まったぞ! コノヤロウ!」
「仕掛けるタイミングはお任せしても?」
「おおとも! まだ掴んでるよ」
そんな風に話しながらも、カーゴを大きく真横へ跳ねさせ、迫る大火球を回避する月子。
そして、小刻みに左右へ進路を変えながら前進する、あみだくじのような動きをし始める。
当然、前進するペースは更に落ち、間合いをなかなか縮められなくなってしまう。
が、さしものヌッペラウオも狙いを定められず、次弾、次々弾はあぶなげなく回避することができた。車体がまとう【泡の壁】に火の粉が触れていくことさえない。
何よりも重要なのは、たとえ遅遅としたペースであろうと確実に距離を縮めていくことだ。
「あと五メートル!」
先ほど、光の玉で吹っ飛ばされた間合いまで、もう疾うに踏み込んでいる。
ここからはいつ何が来てもおかしくないが……。
「それはもう何度も見ました!」
大火球の合間に織り交ぜられてくるようになった火柱の攻撃を、やはり余裕で回避する月子。
鈍重なカーゴビートルが、右へ、左へ、クモのように軽快に飛び回る。
意外だろうか? その動きは、まだ六本の脚が健在だったときと変わらぬ……いや、優るほど。
確かに二本の脚が失われたカーゴの移動能力は落ちている。
不揃いになった左右の脚で車体のバランスを取るため、動きが制限され、力と速度においては完調時に遠く及ばないような状態だ。
岩場の斜面を登っていかなければならない現状、それらは大きな枷となっていた。
ただし、単純な機動力だけを言うなら話は異なる。
重い脚二本とすべての荷物を下ろしたカーゴの重量は半分以下に減っており、その分、操作に対する反応速度は遙かに向上しているのだ。また、残った四本の脚は少しばかり強化も施され、決してバカにできない程度に瞬発力が増している。
「あと三!」
じわじわと距離が縮まっていく中――。
ヌッペラウオの一方が大きく口を開け、あの光の玉が見えた。
1
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説


冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる