異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
61 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 第四章: 果てなき雲上の尾根にて

第十二話: 二人と二頭と鬼ごっこ

しおりを挟む
 真夜中、ずず……という小さな振動を感じた僕は、慌てて隣で眠る月子を揺すり起こす。

「チクショウ! 起きてくれ、月子! またヌッペラウオだ!」

 跳ね起きた月子がカーゴを起動させる間、僕は急いで周りを囲む岩室いわむろを解体していく。
 僕と一緒に見張り番をしていたベアきちはもちろん、ヒヨスも既に起きて臨戦態勢を取っている。

――ドゴォオオン!

「んっ、地の精霊に我は請うデザイアアース――」
「ばうっふ!」

 天井が解体され、石垣のようにカーゴの周りを取り囲む状態となっていた岩室が、いくつもの石壁として再構築されていく。前方に立つのは二枚の大盾・地の精霊術【岩石の盾ストーンシールド】。
 月子とベア吉の協力による堅固けんご防御陣シェルターだ。
 それらが完成するかしないかギリギリの間、飛来した石の雨が続々着弾し、盾を削り始めた。

「ずいぶん近くないか!?」

 爆発から噴石が飛来するまでの時間が短すぎる。
 しかも、どうにか防げはしたものの、猛烈な勢いで岩盾のほぼ全面に打ち付けられていた。
 夜闇のせいで離れた爆心地までは確認できずとも、既に光と闇の精霊術【暗視ダークビジョン】による視界が利いており、降り注ぐ噴石の規模や聞こえた爆音の大きさをもかんがみれば、思った以上の近距離に出現したのかも知れない。

「――っ! 水の精霊に我は請うデザイアウォーター――」

 突然、カーゴが六本脚で思いっきり地面を蹴り、エビのように斜め後方へと飛び退く。
 石の雨により大きく崩されていた岩盾の隙間を通り、ゴオウ!と、はしり抜けていく大火球。
 吹く風と降る雪を物ともせず、燃え盛りながら飛ぶ炎は、どう考えても自然の火ではなかった。
 月子の反応速度と【泡の壁バブルシェル】により被害ゼロとは言え、何度見ても凄まじい迫力だ。

 大火球が飛んできた方向へ目をやれば、五六十ごろくじゅうメートルほど上方に、ぼうっとした仄赤ほのあかい光をたたえる大穴クレーターが確認できた。

 そのふちから頭をのぞかせているのは、もう僕らにとってはお馴染みとなった火口の火吹きコンビ――二匹のヌッペラウオである。もちろん、命名は僕だ。

 奴らと初遭遇した不気味な小峰より、丸二日にわたって僕らはしつこく追いかけ回されていた。
 ただし、やってることはまるっきり付きまとい行為ストーキングだが、あの雪原の追跡者ストーカー陰湿いんしつさとは違い、アプローチの仕方は非常に直接的で大雑把おおざっぱ
 こっちとしては乱暴な子どもの鬼ごっこに付き合わされている気分だ。

 おそらくは地下のマグマ溜まりや水脈・空洞などを通ってくるのだろう、地中を移動しながら僕たちの後を追い、追いついたところで大爆発と共に地上に出現、適当に大火球を吐き始める。
 相手をせず逃げてしまえば、ひとまず追われはしないが、それも一時しのぎにしかならない。
 かと言って、戦おうとすれば――。

「みにゃっ!?」

 ……ああ、りずに透明迷彩カムフラージュで忍び寄って奇襲を仕掛けようとしていたヒヨスが、突如として足下あしもとより噴き上がった火柱に驚かされ、慌てて飛び退いている。

 そう、あいつらにはどうやら目がないようなのだが、代わりにとんでもなく勘が鋭く、僕らは攻撃を加えられる距離まで近付くことすら叶わずにいる。
 精霊術による遠距離攻撃であろうと、数十メートルも離れては満足な威力を発揮できない。
 対して奴らの方はと言えば、一〇〇メートル以上も届く大火球を始め、先ほどの火柱のような多彩な攻撃手段をもって、まるで距離を問わずに攻め立ててくるのだからたまらない。
 これはちょっと相手をしていられないと、逃げにてっしていたのが現在までの僕らだった。

 だが、こうして寝込みを襲われるのは夕べに一度、今夜は二度目……。

 僕ら全員、そろそろ我慢の限界である。

「やりましょう、松悟しょうごさん」
「ああ、やるか!」
「ばうっふ!」
「……みにゃあ!」

 戻ってきたヒヨスも含め、気合いは十分。
 特に、睡眠を邪魔されたせいか、月子はいつになく燃えているように思われる。
 ……いや、燃えているのは敵の方か。むしろ、まなざしが冷たくわり、彼女の絶世の美貌も相まって外の気温にも負けていない極限の凍気さえ感じさせる。

「とは言え、どうするか?」

 これまで僕たちが逃げ続けていたのは、奴らに対して打つ手がないという理由が大きい。
 倒せる手立てがあるのなら、もっと早くに何とかしていただろう。

「火の玉は岩の盾で防げますし、水の壁に守られたカーゴなら耐えられそうでもありますけれど」
「あんまり小回りが利かないから、死角から来る火が厄介なんだよな」
「……わふぅ」
「ああ、確かに水の壁があればベアきちも平気だな。いざというときは任せたぞ」
「わふっ」

 しかし、あの大火球の恐ろしさは、威力と射程距離に優れるということだけに留まらない。
 二匹のヌッペラウオが交互に吐き出すことにより、ほとんど絶え間なく連発可能・・・・なのである。

 カーゴとチビどもの全身をそれぞれ包んでいる【泡の壁バブルシェル】は水の精霊術であり、奴らの異常な炎にも十分な防御力を発揮してくれるが、一発二発ならばともかく、連続で受けることになれば直撃でなくてもあやういはず。
 アレを受けることを前提とした作戦は避けておくのが無難だろう。

 腕を組み、なんとか打開策をひねりだそうと考えを巡らせている、と。

「私に一つ、腹案ふくあんがあります」

 たおやかな指を形の良いあごに当てて考え込んでいた月子が、そう声を上げた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】フランチェスカ・ロレインの幸せ

おのまとぺ
恋愛
フランチェスカ・ロレイン、十六歳。 夢は王都に出て自分の店を持つこと。 田舎町カペックで育ったお針子のフランチェスカは、両親の死をきっかけに閉鎖的な街を飛び出して大都会へと移り住む。夢見る少女はあっという間に華やかな街に呑まれ、やがてーーー ◇長編『魔法学校のポンコツ先生は死に戻りの人生を謳歌したい』の中で登場する演目です。独立しているので長編は読んでいなくて大丈夫です。 ◇四話完結 ◇ジャンルが分からず恋愛カテにしていますが、内容的にはヒューマンドラマ的な感じです。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

処理中です...