61 / 233
第一部: 終わりと始まりの日 - 第四章: 果てなき雲上の尾根にて
第十二話: 二人と二頭と鬼ごっこ
しおりを挟む
真夜中、ずず……という小さな振動を感じた僕は、慌てて隣で眠る月子を揺すり起こす。
「チクショウ! 起きてくれ、月子! またヌッペラウオだ!」
跳ね起きた月子がカーゴを起動させる間、僕は急いで周りを囲む岩室を解体していく。
僕と一緒に見張り番をしていたベア吉はもちろん、ヒヨスも既に起きて臨戦態勢を取っている。
――ドゴォオオン!
「んっ、地の精霊に我は請う――」
「ばうっふ!」
天井が解体され、石垣のようにカーゴの周りを取り囲む状態となっていた岩室が、いくつもの石壁として再構築されていく。前方に立つのは二枚の大盾・地の精霊術【岩石の盾】。
月子とベア吉の協力による堅固な防御陣だ。
それらが完成するかしないかギリギリの間、飛来した石の雨が続々着弾し、盾を削り始めた。
「ずいぶん近くないか!?」
爆発から噴石が飛来するまでの時間が短すぎる。
しかも、どうにか防げはしたものの、猛烈な勢いで岩盾のほぼ全面に打ち付けられていた。
夜闇のせいで離れた爆心地までは確認できずとも、既に光と闇の精霊術【暗視】による視界が利いており、降り注ぐ噴石の規模や聞こえた爆音の大きさをも鑑みれば、思った以上の近距離に出現したのかも知れない。
「――っ! 水の精霊に我は請う――」
突然、カーゴが六本脚で思いっきり地面を蹴り、エビのように斜め後方へと飛び退く。
石の雨により大きく崩されていた岩盾の隙間を通り、ゴオウ!と、奔り抜けていく大火球。
吹く風と降る雪を物ともせず、燃え盛りながら飛ぶ炎は、どう考えても自然の火ではなかった。
月子の反応速度と【泡の壁】により被害ゼロとは言え、何度見ても凄まじい迫力だ。
大火球が飛んできた方向へ目をやれば、五六十メートルほど上方に、ぼうっとした仄赤い光を湛える大穴が確認できた。
その縁から頭を覗かせているのは、もう僕らにとってはお馴染みとなった火口の火吹きコンビ――二匹のヌッペラウオである。もちろん、命名は僕だ。
奴らと初遭遇した不気味な小峰より、丸二日に亘って僕らはしつこく追いかけ回されていた。
ただし、やってることはまるっきり付きまとい行為だが、あの雪原の追跡者の陰湿さとは違い、アプローチの仕方は非常に直接的で大雑把。
こっちとしては乱暴な子どもの鬼ごっこに付き合わされている気分だ。
おそらくは地下のマグマ溜まりや水脈・空洞などを通ってくるのだろう、地中を移動しながら僕たちの後を追い、追いついたところで大爆発と共に地上に出現、適当に大火球を吐き始める。
相手をせず逃げてしまえば、ひとまず追われはしないが、それも一時凌ぎにしかならない。
かと言って、戦おうとすれば――。
「みにゃっ!?」
……ああ、懲りずに透明迷彩で忍び寄って奇襲を仕掛けようとしていたヒヨスが、突如として足下より噴き上がった火柱に驚かされ、慌てて飛び退いている。
そう、あいつらにはどうやら目がないようなのだが、代わりにとんでもなく勘が鋭く、僕らは攻撃を加えられる距離まで近付くことすら叶わずにいる。
精霊術による遠距離攻撃であろうと、数十メートルも離れては満足な威力を発揮できない。
対して奴らの方はと言えば、一〇〇メートル以上も届く大火球を始め、先ほどの火柱のような多彩な攻撃手段を以て、まるで距離を問わずに攻め立ててくるのだから堪らない。
これはちょっと相手をしていられないと、逃げに徹していたのが現在までの僕らだった。
だが、こうして寝込みを襲われるのは夕べに一度、今夜は二度目……。
僕ら全員、そろそろ我慢の限界である。
「やりましょう、松悟さん」
「ああ、やるか!」
「ばうっふ!」
「……みにゃあ!」
戻ってきたヒヨスも含め、気合いは十分。
特に、睡眠を邪魔されたせいか、月子はいつになく燃えているように思われる。
……いや、燃えているのは敵の方か。むしろ、まなざしが冷たく据わり、彼女の絶世の美貌も相まって外の気温にも負けていない極限の凍気さえ感じさせる。
「とは言え、どうするか?」
これまで僕たちが逃げ続けていたのは、奴らに対して打つ手がないという理由が大きい。
倒せる手立てがあるのなら、もっと早くに何とかしていただろう。
「火の玉は岩の盾で防げますし、水の壁に守られたカーゴなら耐えられそうでもありますけれど」
「あんまり小回りが利かないから、死角から来る火が厄介なんだよな」
「……わふぅ」
「ああ、確かに水の壁があればベア吉も平気だな。いざというときは任せたぞ」
「わふっ」
しかし、あの大火球の恐ろしさは、威力と射程距離に優れるということだけに留まらない。
二匹のヌッペラウオが交互に吐き出すことにより、ほとんど絶え間なく連発可能なのである。
カーゴとチビどもの全身をそれぞれ包んでいる【泡の壁】は水の精霊術であり、奴らの異常な炎にも十分な防御力を発揮してくれるが、一発二発ならばともかく、連続で受けることになれば直撃でなくても危ういはず。
アレを受けることを前提とした作戦は避けておくのが無難だろう。
腕を組み、なんとか打開策を捻りだそうと考えを巡らせている、と。
「私に一つ、腹案があります」
嫋やかな指を形の良い顎に当てて考え込んでいた月子が、そう声を上げた。
「チクショウ! 起きてくれ、月子! またヌッペラウオだ!」
跳ね起きた月子がカーゴを起動させる間、僕は急いで周りを囲む岩室を解体していく。
僕と一緒に見張り番をしていたベア吉はもちろん、ヒヨスも既に起きて臨戦態勢を取っている。
――ドゴォオオン!
「んっ、地の精霊に我は請う――」
「ばうっふ!」
天井が解体され、石垣のようにカーゴの周りを取り囲む状態となっていた岩室が、いくつもの石壁として再構築されていく。前方に立つのは二枚の大盾・地の精霊術【岩石の盾】。
月子とベア吉の協力による堅固な防御陣だ。
それらが完成するかしないかギリギリの間、飛来した石の雨が続々着弾し、盾を削り始めた。
「ずいぶん近くないか!?」
爆発から噴石が飛来するまでの時間が短すぎる。
しかも、どうにか防げはしたものの、猛烈な勢いで岩盾のほぼ全面に打ち付けられていた。
夜闇のせいで離れた爆心地までは確認できずとも、既に光と闇の精霊術【暗視】による視界が利いており、降り注ぐ噴石の規模や聞こえた爆音の大きさをも鑑みれば、思った以上の近距離に出現したのかも知れない。
「――っ! 水の精霊に我は請う――」
突然、カーゴが六本脚で思いっきり地面を蹴り、エビのように斜め後方へと飛び退く。
石の雨により大きく崩されていた岩盾の隙間を通り、ゴオウ!と、奔り抜けていく大火球。
吹く風と降る雪を物ともせず、燃え盛りながら飛ぶ炎は、どう考えても自然の火ではなかった。
月子の反応速度と【泡の壁】により被害ゼロとは言え、何度見ても凄まじい迫力だ。
大火球が飛んできた方向へ目をやれば、五六十メートルほど上方に、ぼうっとした仄赤い光を湛える大穴が確認できた。
その縁から頭を覗かせているのは、もう僕らにとってはお馴染みとなった火口の火吹きコンビ――二匹のヌッペラウオである。もちろん、命名は僕だ。
奴らと初遭遇した不気味な小峰より、丸二日に亘って僕らはしつこく追いかけ回されていた。
ただし、やってることはまるっきり付きまとい行為だが、あの雪原の追跡者の陰湿さとは違い、アプローチの仕方は非常に直接的で大雑把。
こっちとしては乱暴な子どもの鬼ごっこに付き合わされている気分だ。
おそらくは地下のマグマ溜まりや水脈・空洞などを通ってくるのだろう、地中を移動しながら僕たちの後を追い、追いついたところで大爆発と共に地上に出現、適当に大火球を吐き始める。
相手をせず逃げてしまえば、ひとまず追われはしないが、それも一時凌ぎにしかならない。
かと言って、戦おうとすれば――。
「みにゃっ!?」
……ああ、懲りずに透明迷彩で忍び寄って奇襲を仕掛けようとしていたヒヨスが、突如として足下より噴き上がった火柱に驚かされ、慌てて飛び退いている。
そう、あいつらにはどうやら目がないようなのだが、代わりにとんでもなく勘が鋭く、僕らは攻撃を加えられる距離まで近付くことすら叶わずにいる。
精霊術による遠距離攻撃であろうと、数十メートルも離れては満足な威力を発揮できない。
対して奴らの方はと言えば、一〇〇メートル以上も届く大火球を始め、先ほどの火柱のような多彩な攻撃手段を以て、まるで距離を問わずに攻め立ててくるのだから堪らない。
これはちょっと相手をしていられないと、逃げに徹していたのが現在までの僕らだった。
だが、こうして寝込みを襲われるのは夕べに一度、今夜は二度目……。
僕ら全員、そろそろ我慢の限界である。
「やりましょう、松悟さん」
「ああ、やるか!」
「ばうっふ!」
「……みにゃあ!」
戻ってきたヒヨスも含め、気合いは十分。
特に、睡眠を邪魔されたせいか、月子はいつになく燃えているように思われる。
……いや、燃えているのは敵の方か。むしろ、まなざしが冷たく据わり、彼女の絶世の美貌も相まって外の気温にも負けていない極限の凍気さえ感じさせる。
「とは言え、どうするか?」
これまで僕たちが逃げ続けていたのは、奴らに対して打つ手がないという理由が大きい。
倒せる手立てがあるのなら、もっと早くに何とかしていただろう。
「火の玉は岩の盾で防げますし、水の壁に守られたカーゴなら耐えられそうでもありますけれど」
「あんまり小回りが利かないから、死角から来る火が厄介なんだよな」
「……わふぅ」
「ああ、確かに水の壁があればベア吉も平気だな。いざというときは任せたぞ」
「わふっ」
しかし、あの大火球の恐ろしさは、威力と射程距離に優れるということだけに留まらない。
二匹のヌッペラウオが交互に吐き出すことにより、ほとんど絶え間なく連発可能なのである。
カーゴとチビどもの全身をそれぞれ包んでいる【泡の壁】は水の精霊術であり、奴らの異常な炎にも十分な防御力を発揮してくれるが、一発二発ならばともかく、連続で受けることになれば直撃でなくても危ういはず。
アレを受けることを前提とした作戦は避けておくのが無難だろう。
腕を組み、なんとか打開策を捻りだそうと考えを巡らせている、と。
「私に一つ、腹案があります」
嫋やかな指を形の良い顎に当てて考え込んでいた月子が、そう声を上げた。
1
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説


冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

籠の鳥
桜 あぴ子(旧名:あぴ子)
恋愛
幼い頃、とても美しい生き物に出会った。お父様のお気に入りで、でも決して懐くことはない孤高の生き物。お父様に内緒でいつも隠れて遠いところから見つめるだけだったけど、日に日に弱っていく姿を見て、逃がしてあげることにした。
籠の鳥は逃げて晴れて自由の身。
では、今籠の中には誰がいるのだろう?
2019年1月21日に完結いたしました!

ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる