異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
56 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 第四章: 果てなき雲上の尾根にて

第七話: 車中泊、共に朝を迎える二人

しおりを挟む
 結論から言えば、十時間だ。
 これが、大気圧、空気濃度、更に温度を適切に保つ精霊術【環境維持エアコン】の車内版……名付けて【環境維持(車内用)カーエアコン】の一度の持続時間だった。
 今まで六時間程度しか――それでも十分有り難かったものの――たなかったことを思えば、もはや段違いと言えるその数字の秘密は、とある素材にあった。

 ボウリングムシを覚えているだろうか?
 ダンゴムシとクマムシの合いの子といった見た目で、周囲の精霊術を打ち消してしまう厄介な能力を備えていた、あの虫である。

 その無効化能力は、日本の鎧武者を思わせる甲殻にあり、死した後にぎ取った物であっても有効だったのだが、詳しく調べてみれば、非常に興味深い性質も判明した。
 ボウリングムシの甲殻を削った粉は、一定以上の量が集まっているときには精霊術を打ち消すものの、量を減らし薄めていくにつれて効果が弱まり、一定以下になると、今度は逆に精霊術を強化するようになっていったのだ。
 これにより、以後、ボウリングムシの乱獲が盛んになったことは……まぁ、今はいておこう。

 そんなわけで、僕たちが乗り込んでいるこの車にも、当然ながら至るところで粉が使用され、特に車内は精霊術の効果を最大限に高めるよう念入りな調整が施されている。
 その結果こそが、驚異のエアコン持続時間なのだ。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 数度の試運転を経て、現在は最後の締めに当たる車中泊の最中さなか
 昨日の昼前より始めて既に二度、【環境維持(車内用)カーエアコン】を掛け直しているが、連続使用にも精霊たちはまったく渋る様子を見せず、とても効果が安定している。
 これはもう正式運用に入っても問題なしと見て良いのではなかろうか。

 拠点の洞穴ほらあなの前に車を停め、雲間から昇る朝日を眺めつつ、僕は安堵あんどし内心で胸を撫で下ろす。
 おっと、せっかくの良い景色だ。彼女も起こしてあげるとしようか。

 車の中、月子は隣の席を後ろへ倒して眠りにいている。
 我ながら進歩も無く、思わずぼけーっヽヽヽヽとその姿に見惚みとれてしまうが、どうにか気を取り直し、彼女の方へ身を乗り出すと、ポンポンと軽く肩を叩きながら声を掛けた。

「月子、朝だよ。起きられるかい?」
「……んう……松悟しょうごさん?」
「ああ、おはよ――」

 薄く目を開けたかおへ朝の挨拶をしようとしたとき、何故か頬に彼女の手が添えられた。
 しかも、ゆっくりとこちらへ向かって身を起こそうとしており、そのままでは顔がぶつかってしまわないかと思うものの、一瞬で混乱させられた僕は身体からだこわばって動きが取れない。

「つ、月子っ!?」

 かろうじて名を呼べば、彼女は動きを止め、パチパチと素早くまばたきをした。

「おはようございます。松悟さん。お顔に小さなゴミが付いていましたよ?」
「え? ああ……取ってくれたのかい? あ、ありがとう」
「いえ、どういたしまして」

 うわ、そういうことか……驚いた。
 しかし、また恥ずかしいところを見せてしまったな。
 それなりに身だしなみにも気を付けているつもりなのだが、やはり若い女の子の目から見れば、まるで行き届いていないものなのだろう。
 ……いや、今朝はまだ髭剃ひげそってなかったぞ。やれやれだ。

「それはそうと、外はなかなかの絶景だよ。もう、少し昇ってしまったが」
「ええ、素晴らしい日の出ですね。なんだか夢のような光景でした」
「にゃあ」
「……わふぅ」

 いつの間にか、車の前方にはチビどもが陣取って、僕たちと一緒に朝日を眺めていた。
 今日も良い天気になりそうだ。
 日に日に春の訪れを感じさせられる今日この頃……と。

「よし! 今日一日、このまま無事に過ごせたら、試運転は完了ということにしようか」
「あ、その前に、お時間よろしいでしょうか?」
「うん、なんだい?」
「長時間過ごしてきて感じたことなのですけれど、立ち上がれる空間が必要ではありませんか?」
「ああ、確かになぁ。一応、横になれば脚を伸ばせはするが……」

 これは僕も気になっていたところだった。
 一日中、座席に座りっぱなしということで、うに腰は大変なことになり始めているのだが、下山時にはヘタすればこれが何日も続くと予想される。
 わずかでも真っ直ぐ立ち上がれるスペースがあれば有り難い……のだが。

「ただ天井を高くするだけというわけにも参りませんし、何かアイデアをお聞かせいただければ」
「最悪、ドアのすぐ外くらいなら出られるにしても、余計なリスクは避けたいな」

 【環境維持(車内用)カーエアコン】が、指定した空間の周り、どの程度まで効果を及ぼしているかなんて、流石さすがに調べてはいなかった。
 割りと普通に、うっかり出ていったら凍傷になってしまった……なんて事故も起こりかねない。

「実際のキャンピングカーはどんな風だったかな。そこまで天井が高くないタイプもあったはずだけど……」
松悟しょうごさんは乗られたことがおありなのですか?」
「友人が持ってたから、何度かキャンプに連れていってもらったことが……って、ああ、そうだ。停まっているときに天井を上げ下げできるようになっていたなぁ」
「なるほど、それでしたら走行時の邪魔にはなりませんね」

 ふむ、サンルーフが持ち上がるような構造にして展望席が作れないだろうか。
 外装にガラス張りの部分が多くなれば耐久力に不安が出る。よく考えなければならないが。

「……積んである素材でも試すことができそうかな」
「とりあえずは、居住スペースの天井を上げられないかどうか見てみますね」
「可動部に使えそうな素材が――」



 この後、僕らは車の改造に夢中になってしまい、気が付いたときには日が暮れ始めていた。
 最後の【環境維持(車内用)カーエアコン】を掛け直した僕たちは、その後、丸一日も放置され、すっかり機嫌を損ねていたチビどものことをかまい倒しながら、運用試験をすべて終えたのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

私のウィル

豆狸
恋愛
王都の侯爵邸へ戻ったらお父様に婚約解消をお願いしましょう、そう思いながら婚約指輪を外して、私は心の中で呟きました。 ──さようなら、私のウィル。

処理中です...