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第一部: 終わりと始まりの日 - 第四章: 果てなき雲上の尾根にて
第六話: 試運転、二人と二頭で散策
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意外に思うだろうが、この車の乗り心地はそこまで悪くはない。
実質的には雪舟であり、底部に履いたスキーで滑って進むため、たとえ均されていない雪原であろうとも荒れた道を走る自動車などより全然快適だ。当前、エンジンの振動とも無縁だしな。
また、昆虫めいた六本脚は見た目に反して繊細に動き、車体のバランスを制御してくれる。
更に加えて言えば、ここまでの地形が移動しやすく安全な調査済みルートだということもある。
「月子、運転の訓練はそれくらいにして、そろそろ戻ろう」
「待ってください。もう少しでパラレルターンが……」
「そういうのは今度にしようか!」
左右の脚を支点にして右へ左へ、ざすざすと車を滑らせる月子を制し、ひとまず停車させる。
これくらいの動きをさせても……まぁ、それほど乗り心地に影響がないのだから大したものと言って良いだろう。荷物も種類ごとに木箱へ収められており、互いに括りつけられているため、車内がしっちゃかめっちゃかになったりもしなかった。
小心者の僕は、車体がバラバラになりはしないかと気が気でなかったが、それは良いだろう。
続いて、腹這いで斜面を滑り落ちてきたベア吉がザシャーっと大量の雪を巻き上げて、そして、雪上より数十センチ浮かんだままワルツでも踊るかのように回りながらヒヨスが滑り降りてきて、それぞれ車のすぐ脇で止まった。とても満足そうな顔で見上げてくるチビども。
……遊びに来たんじゃないんだよ、君たち。
ともあれ、拠点出発からの二時間を何ら問題なく乗りきった僕らは、初めての試運転をここでひとまず切り上げ、帰路へ就くこととする。
いつもの洞外活動で使う【環境維持(個人用)】とは異なり、現在、この車内に効いている【環境維持(部屋用)】の持続時間はおそらく六時間前後もある。
……はずなのだが、こうして部屋ごと移動し続けたことなど、当然ながら今までにないので、念のため、ここいらで拠点近くへ戻っておき、安全を確保した上で持続時間の検証に移る予定だ。
以前、目印に建てておいた高さ十メートルほどの石塔を辿りながらやって来た道程を、今度は逆に戻っていく。
たった今、みんなで滑り降りてきた、勾配がきつい斜面を登るのは苦労するかとも思われたが、車の前方に取り付けてある軛をベア吉に牽いてもらうことで楽々と上りきってしまえた。
「わふっ」
「うん、ありがとうな、ベア吉」
行きと同様、何事もなく順調に帰り道を進んでいると、いつもの採集ポイントを目にして少し心惹かれたりもしてしまう。
しかし、今回は積み荷を満載して麓を目指す、下山時を想定した試運転である。
時折、ヒヨスが狩ってくる獲物さえ諦めているのだ。寄り道など以ての外《ほか》というもの。
「あー、でも、あそこの氷樹林だけは寄りたいな」
「いつものところですね」
「ああ、今日の氷果は何味なのか気になるんだよ」
「……松悟さん」
「いや、無理にとは言わないが」
「くすっ、構わないのではないでしょうか。そのくらいでしたら予定に影響はありませんから」
やや呆れたような表情を見せた後、一転して何故か温かい目で賛意を伝えてくる月子に、僕はいたたまれない心地になって小さく身を縮めてしまう。
そんな僕を見て心なしか笑みを深めつつ、彼女は前方へと視線を戻し、左手の指でコツコツとハンドル側面を叩く。
決められた合図に従い、彼女の意を汲んだ地の精霊が、車の最前列左側の脚を高く持ち上げる。
続けて脚の先端の小爪がカチカチ鳴らされると、前方を進んでいたベア吉が歩を緩め、後ろを振り返った。
「わぅ?」
その反応を確認し、月子はハンドルの左側を下から上へ向かってつーっと撫で上げる。
と、今度は、高く上げられていた車の前脚が左から右へ向かって大きく振られていく。
「……わふぅ」
僕らの合図が通じ、ベア吉は再び前を向くと、目印の石塔が立ち並んでいるルートから外れ、右手の方へと進み出した。
行く手には、氷樹が立ち並んだ小さな林が見える。
そこは、かなり頻繁に氷果を採集できるお気に入りのポイントであり、それを狙ってか多くの小動物が訪れる絶好の狩猟スポットでもあった。
「お! 三つも生ってるじゃないか」
「ふふっ、ベア吉、お願いしますね」
林の外れに到着した僕たちは、その場で車を一旦停め、ベア吉に向かって採集を頼む。
横へ広がった脚のせいで車はかなり車幅があるため、林の中へ乗り入れることはできないが、そこは意外と器用なベア吉が活躍することとなる。
ちなみに、ヒヨスは僕らが何も言わないうちから、大興奮でどこかへ飛び出していった。
しばらくしたら獲物を咥えて戻ってくるだろう、たぶん。
サイドドアを開け、ベア吉がせっせと運んでくる氷果を受け取っていく。
「にゃっ」
と、ちょうど三つ目の氷果を積み込んでいるところでヒヨスも帰ってきた。
ウサギが二羽にウズラが一羽か。大猟だな。
僅か十五分足らずで車の居住スペースを圧迫するほどの収穫を得て、僕らは林を後にした。
実質的には雪舟であり、底部に履いたスキーで滑って進むため、たとえ均されていない雪原であろうとも荒れた道を走る自動車などより全然快適だ。当前、エンジンの振動とも無縁だしな。
また、昆虫めいた六本脚は見た目に反して繊細に動き、車体のバランスを制御してくれる。
更に加えて言えば、ここまでの地形が移動しやすく安全な調査済みルートだということもある。
「月子、運転の訓練はそれくらいにして、そろそろ戻ろう」
「待ってください。もう少しでパラレルターンが……」
「そういうのは今度にしようか!」
左右の脚を支点にして右へ左へ、ざすざすと車を滑らせる月子を制し、ひとまず停車させる。
これくらいの動きをさせても……まぁ、それほど乗り心地に影響がないのだから大したものと言って良いだろう。荷物も種類ごとに木箱へ収められており、互いに括りつけられているため、車内がしっちゃかめっちゃかになったりもしなかった。
小心者の僕は、車体がバラバラになりはしないかと気が気でなかったが、それは良いだろう。
続いて、腹這いで斜面を滑り落ちてきたベア吉がザシャーっと大量の雪を巻き上げて、そして、雪上より数十センチ浮かんだままワルツでも踊るかのように回りながらヒヨスが滑り降りてきて、それぞれ車のすぐ脇で止まった。とても満足そうな顔で見上げてくるチビども。
……遊びに来たんじゃないんだよ、君たち。
ともあれ、拠点出発からの二時間を何ら問題なく乗りきった僕らは、初めての試運転をここでひとまず切り上げ、帰路へ就くこととする。
いつもの洞外活動で使う【環境維持(個人用)】とは異なり、現在、この車内に効いている【環境維持(部屋用)】の持続時間はおそらく六時間前後もある。
……はずなのだが、こうして部屋ごと移動し続けたことなど、当然ながら今までにないので、念のため、ここいらで拠点近くへ戻っておき、安全を確保した上で持続時間の検証に移る予定だ。
以前、目印に建てておいた高さ十メートルほどの石塔を辿りながらやって来た道程を、今度は逆に戻っていく。
たった今、みんなで滑り降りてきた、勾配がきつい斜面を登るのは苦労するかとも思われたが、車の前方に取り付けてある軛をベア吉に牽いてもらうことで楽々と上りきってしまえた。
「わふっ」
「うん、ありがとうな、ベア吉」
行きと同様、何事もなく順調に帰り道を進んでいると、いつもの採集ポイントを目にして少し心惹かれたりもしてしまう。
しかし、今回は積み荷を満載して麓を目指す、下山時を想定した試運転である。
時折、ヒヨスが狩ってくる獲物さえ諦めているのだ。寄り道など以ての外《ほか》というもの。
「あー、でも、あそこの氷樹林だけは寄りたいな」
「いつものところですね」
「ああ、今日の氷果は何味なのか気になるんだよ」
「……松悟さん」
「いや、無理にとは言わないが」
「くすっ、構わないのではないでしょうか。そのくらいでしたら予定に影響はありませんから」
やや呆れたような表情を見せた後、一転して何故か温かい目で賛意を伝えてくる月子に、僕はいたたまれない心地になって小さく身を縮めてしまう。
そんな僕を見て心なしか笑みを深めつつ、彼女は前方へと視線を戻し、左手の指でコツコツとハンドル側面を叩く。
決められた合図に従い、彼女の意を汲んだ地の精霊が、車の最前列左側の脚を高く持ち上げる。
続けて脚の先端の小爪がカチカチ鳴らされると、前方を進んでいたベア吉が歩を緩め、後ろを振り返った。
「わぅ?」
その反応を確認し、月子はハンドルの左側を下から上へ向かってつーっと撫で上げる。
と、今度は、高く上げられていた車の前脚が左から右へ向かって大きく振られていく。
「……わふぅ」
僕らの合図が通じ、ベア吉は再び前を向くと、目印の石塔が立ち並んでいるルートから外れ、右手の方へと進み出した。
行く手には、氷樹が立ち並んだ小さな林が見える。
そこは、かなり頻繁に氷果を採集できるお気に入りのポイントであり、それを狙ってか多くの小動物が訪れる絶好の狩猟スポットでもあった。
「お! 三つも生ってるじゃないか」
「ふふっ、ベア吉、お願いしますね」
林の外れに到着した僕たちは、その場で車を一旦停め、ベア吉に向かって採集を頼む。
横へ広がった脚のせいで車はかなり車幅があるため、林の中へ乗り入れることはできないが、そこは意外と器用なベア吉が活躍することとなる。
ちなみに、ヒヨスは僕らが何も言わないうちから、大興奮でどこかへ飛び出していった。
しばらくしたら獲物を咥えて戻ってくるだろう、たぶん。
サイドドアを開け、ベア吉がせっせと運んでくる氷果を受け取っていく。
「にゃっ」
と、ちょうど三つ目の氷果を積み込んでいるところでヒヨスも帰ってきた。
ウサギが二羽にウズラが一羽か。大猟だな。
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