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第一部: 終わりと始まりの日 - 第四章: 果てなき雲上の尾根にて
第五話: もふもふどもを供に行く
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僕らが乗り込んだ車の前で、岩屋の入り口を覆っていた岩壁が開放された。
戦々恐々としながら、待つこと暫し。
「どうだい、月子? 今のところ、僕には何の問題もなさそうだが」
「私も平気です。洞内と変わらない環境が維持されているように感じられますね」
「よし!」
ひとまず、車内の【環境維持(部屋用)】は問題なく働いてくれているようだ。
効果については、開発中より幾度もテスト済みであったが、本格的に移動させても持続されることが分かり、ほっと一安心と言ったところ。
最も気になっているのは持続時間なんだが、こればかりはすぐに確認できることではないし、いきなり限界を探っていくのはあまりにも危険すぎる。
この後、慎重に慎重を重ねながら調べていくことになるだろう。
――コツン、コツン。
と、車が動かないので気になったのだろうか、ベア吉とヒヨスが左右の窓を叩いてきた。
月子が石英ガラス製のサイドウィンドウを半分ほど開けてやれば、二頭はそこからにゅうっと勢いよく顔を突っ込ませ、鼻先を突きつけてくる。
ベア吉は後ろ脚で立ち上がり、ヒヨスは窓枠に爪をかけてよじ登り、鳴き声を上げる。
「にゃあ」
「……わふぅ」
まったく、あのチビどもが、この短期間で随分とでかくなったもんだ。
こいつらの大きさは、未だそれぞれの親に及ばないとは言え、ベア吉が体長一七〇センチほど、ヒヨスは体長七十五センチほど――ただし、長い尻尾を含めるなら倍以上――にも達し、もはや僕たちともサイズが変わらないまでの急成長を見せている。
すっかり牙も生え揃い、威圧感が増したにも拘わらず、チビだった頃と同じように甘えてくる二頭の頭を撫で回してやり、「そろそろ出るからな。護衛と先導、よろしく頼むぞ」と声を掛け、元通りにサイドウィンドウを閉めきった。
「行こうか」
「はい」
返事を返した月子は、作業デスクに似た運転席の正面奥から生えている円形ハンドルを握り、その側面を人差し指でトントンと軽く叩く。
すると、車体の左右の脚がゆっくりと動き出し、岩屋の入り口へ向かって車を進め始めた。
ヒヨスは少し離れて斜め後ろに控え、車の動きを見守っているかのような態度。
一方、ベア吉はずんずんと車の前へ進んでゆくと、一足先に洞穴の外に身を乗り出し、力強く「ばうっふ!」と吠えた。
直後、ずずず……という小さな振動が伝わってくる。
ほんの十秒足らずで振動が収まった後、ベア吉は崖下まで数メートルの高さにある入り口外へ平然と歩を進めていってしまう。
と言っても心配には及ばない。
ベア吉の後に続き、車を洞外へと進めてゆけば、そこには岩壁から真横へと迫り出した板状の足場が、まるで非常階段を思わせる配置で段々と下まで連なっている。
見れば、ベア吉の奴は疾うに雪原へ降り立っていた。
そう、僕らも驚かされたのだが、実はベア吉は精霊術のように岩石を操ることができるのだ。
流石に月子とは比較にもならず、僕の精霊術でさえ再現可能なレベルに留まってはいるものの、あの圧倒的威容を誇る巨大グマにそんな能力まで備わっていたと思えば、異世界へとやって来た当初、何の備えもなかった状態で戦わず済んだ幸運をしみじみ噛みしめる他ない。
ともあれ、チビの頃はどんくさかったベア吉も、今ではなかなか頼りになる存在である。
ベア吉に続いて車が雪上へ降り立ったのとほぼ同時、上空からヒヨスが舞い降りてくる。
こいつもまた、既に親であるストーカーの能力を使いこなし始めていた。
まだ常時というわけにはいかないようだが、ぴょんぴょん、ふわふわ、何かにつけて飛び回り、僅かな時間ながら透明迷彩で姿を消すこともできる。
だが、ヒヨスの強みは、広く周囲の状況を察することができる超感覚にこそあるだろう。
地に降り立ったかと思った瞬間、ヒヨスは急に頭を持ち上げて遠くを見、そのままブワっ!と空を蹴り、投槍のような勢いで彼方へ飛んでいってしまう。
おいおい、早速か……と呆れながら待っていれば、一分も経たないうちに一羽のウズラを咥え戻ってきた。
本当に落ち着きのない奴ではあるが、よくもまぁ、遠く離れた雪中に潜む鳥に気付けるものだ。
誰よりも早く獲物の存在に気付き、落石や雪崩が起きそうな気配もいち早く察知する。
この先、車内に閉じ込もるのが基本となり、視界を始めとする感覚が制限されてしまう僕らにとって、ヒヨスの能力は大きな助けとなってくれるはずだ。
「今日は僕らは良いよ。獲物はお前たちで仲良く食べると良い」
長い犬歯が突き刺さり、首元を真っ赤に染め上げた獲物を見せびらかしてきたので、僕がそう声を掛けてやると、ヒヨスはウキウキとした足取りでベア吉の方へ向かっていった。
具合の良いことに、本日の天候は極めて良好だ。
ここしばらく、明らかに雪が降る頻度が減っており、極低温と風の強さに関しては相変わらずながら、吹雪によって頻繁に中断させられていた以前と比べれば、格段に洞外活動がやりやすくなっている。
また、心なしか動植物の活動が活発になってきている印象もある。
この世界……この山に四季があるのかは不明だが、もう冬の盛りを越えたと見て良いだろう。
本日の試運転に問題がなければ、いよいよ僕らは下山へ向け、本格的に動くことができるのだ。
足下に注意しながら先導するベア吉。周囲を警戒・威圧しながら付いてくるヒヨス。
頼りになる二頭を供に、車は雪原をゆく。
戦々恐々としながら、待つこと暫し。
「どうだい、月子? 今のところ、僕には何の問題もなさそうだが」
「私も平気です。洞内と変わらない環境が維持されているように感じられますね」
「よし!」
ひとまず、車内の【環境維持(部屋用)】は問題なく働いてくれているようだ。
効果については、開発中より幾度もテスト済みであったが、本格的に移動させても持続されることが分かり、ほっと一安心と言ったところ。
最も気になっているのは持続時間なんだが、こればかりはすぐに確認できることではないし、いきなり限界を探っていくのはあまりにも危険すぎる。
この後、慎重に慎重を重ねながら調べていくことになるだろう。
――コツン、コツン。
と、車が動かないので気になったのだろうか、ベア吉とヒヨスが左右の窓を叩いてきた。
月子が石英ガラス製のサイドウィンドウを半分ほど開けてやれば、二頭はそこからにゅうっと勢いよく顔を突っ込ませ、鼻先を突きつけてくる。
ベア吉は後ろ脚で立ち上がり、ヒヨスは窓枠に爪をかけてよじ登り、鳴き声を上げる。
「にゃあ」
「……わふぅ」
まったく、あのチビどもが、この短期間で随分とでかくなったもんだ。
こいつらの大きさは、未だそれぞれの親に及ばないとは言え、ベア吉が体長一七〇センチほど、ヒヨスは体長七十五センチほど――ただし、長い尻尾を含めるなら倍以上――にも達し、もはや僕たちともサイズが変わらないまでの急成長を見せている。
すっかり牙も生え揃い、威圧感が増したにも拘わらず、チビだった頃と同じように甘えてくる二頭の頭を撫で回してやり、「そろそろ出るからな。護衛と先導、よろしく頼むぞ」と声を掛け、元通りにサイドウィンドウを閉めきった。
「行こうか」
「はい」
返事を返した月子は、作業デスクに似た運転席の正面奥から生えている円形ハンドルを握り、その側面を人差し指でトントンと軽く叩く。
すると、車体の左右の脚がゆっくりと動き出し、岩屋の入り口へ向かって車を進め始めた。
ヒヨスは少し離れて斜め後ろに控え、車の動きを見守っているかのような態度。
一方、ベア吉はずんずんと車の前へ進んでゆくと、一足先に洞穴の外に身を乗り出し、力強く「ばうっふ!」と吠えた。
直後、ずずず……という小さな振動が伝わってくる。
ほんの十秒足らずで振動が収まった後、ベア吉は崖下まで数メートルの高さにある入り口外へ平然と歩を進めていってしまう。
と言っても心配には及ばない。
ベア吉の後に続き、車を洞外へと進めてゆけば、そこには岩壁から真横へと迫り出した板状の足場が、まるで非常階段を思わせる配置で段々と下まで連なっている。
見れば、ベア吉の奴は疾うに雪原へ降り立っていた。
そう、僕らも驚かされたのだが、実はベア吉は精霊術のように岩石を操ることができるのだ。
流石に月子とは比較にもならず、僕の精霊術でさえ再現可能なレベルに留まってはいるものの、あの圧倒的威容を誇る巨大グマにそんな能力まで備わっていたと思えば、異世界へとやって来た当初、何の備えもなかった状態で戦わず済んだ幸運をしみじみ噛みしめる他ない。
ともあれ、チビの頃はどんくさかったベア吉も、今ではなかなか頼りになる存在である。
ベア吉に続いて車が雪上へ降り立ったのとほぼ同時、上空からヒヨスが舞い降りてくる。
こいつもまた、既に親であるストーカーの能力を使いこなし始めていた。
まだ常時というわけにはいかないようだが、ぴょんぴょん、ふわふわ、何かにつけて飛び回り、僅かな時間ながら透明迷彩で姿を消すこともできる。
だが、ヒヨスの強みは、広く周囲の状況を察することができる超感覚にこそあるだろう。
地に降り立ったかと思った瞬間、ヒヨスは急に頭を持ち上げて遠くを見、そのままブワっ!と空を蹴り、投槍のような勢いで彼方へ飛んでいってしまう。
おいおい、早速か……と呆れながら待っていれば、一分も経たないうちに一羽のウズラを咥え戻ってきた。
本当に落ち着きのない奴ではあるが、よくもまぁ、遠く離れた雪中に潜む鳥に気付けるものだ。
誰よりも早く獲物の存在に気付き、落石や雪崩が起きそうな気配もいち早く察知する。
この先、車内に閉じ込もるのが基本となり、視界を始めとする感覚が制限されてしまう僕らにとって、ヒヨスの能力は大きな助けとなってくれるはずだ。
「今日は僕らは良いよ。獲物はお前たちで仲良く食べると良い」
長い犬歯が突き刺さり、首元を真っ赤に染め上げた獲物を見せびらかしてきたので、僕がそう声を掛けてやると、ヒヨスはウキウキとした足取りでベア吉の方へ向かっていった。
具合の良いことに、本日の天候は極めて良好だ。
ここしばらく、明らかに雪が降る頻度が減っており、極低温と風の強さに関しては相変わらずながら、吹雪によって頻繁に中断させられていた以前と比べれば、格段に洞外活動がやりやすくなっている。
また、心なしか動植物の活動が活発になってきている印象もある。
この世界……この山に四季があるのかは不明だが、もう冬の盛りを越えたと見て良いだろう。
本日の試運転に問題がなければ、いよいよ僕らは下山へ向け、本格的に動くことができるのだ。
足下に注意しながら先導するベア吉。周囲を警戒・威圧しながら付いてくるヒヨス。
頼りになる二頭を供に、車は雪原をゆく。
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