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第一部: 終わりと始まりの日 - 第四章: 果てなき雲上の尾根にて
第一話: 変わったことと変わったもの
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朝起きて、女性の顔が目の前にあるのは心臓に悪い。
しかも、それが密かに意識している、父娘ほどにも年齢の離れた美少女だったりした日には、ヘタをすれば即座に別の眠りへと誘われかねない衝撃的な驚きとなる。
そんなことを、僕は最近知ることになった。
――ちゅ。
ここ数日、僕の目覚めは何か小さな音によって促されている。
いや、実際は音かどうかも定かではないのだが、意識が覚醒したとき、決まって五感に微かな刺激を受けて起こされたような、何と言うか、錯覚が残されているのだ。
とは言え、そんなことは、目を開けた瞬間にどうでも良くなってしまうのだが。
「はふっ!? あー? ああ……おはよう、月子……くん」
美須磨が病床よりの快復を果たした朝を経て、早くも二日。
あれ以外、毎朝、彼女は僕を起こしに部屋まで来てくれるようになった。
……のは嬉しいのだが、ひどく困っているのは、何故かいつも枕元に顔を寄せ、目覚める僕を見届けようとしているらしきことだ。
朝一番に彼女の綺麗な顔を見られる幸せはさておき、目覚めた瞬間というのは非常に困る。
いい年をしたおっさんなもので、寝起きの体臭や身だしなみなどで不快感を与えかねないし、一瞬、いかがわしい夢でも見てしまったかと狼狽えそうになってしまう。
「月子くん、ですか?」
「ん? んっ、んん……おはよう、月子」
「はい、おはようございます、松悟さん」
これもまた、あれ以来、僕と彼女の間で変わったことの一つだ。
やけに名前の呼び捨てを強要してくる。
まぁ、割りと真面目な話として、今回は生命の危機を乗り越えたわけだしな。
おそらく、自分と同じように、僕が病気になって起きてこなかったりしないか心配なのだろう。
名前の呼び方についてはよく分からないが……えっと、あれだ。いい加減、僕が彼女の名前を呼びにくそうにしていることを鬱陶しく思ったのかも知れない。
何はともあれ、今日も一日が始まる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうやら、精霊もようやく元の調子を取り戻した感じかな」
「松悟さんが風の精霊についてそう仰るのでしたら間違いなさそうですね」
玄室の談話室で朝食を摂った後、美須磨……月子と二人で慎重に各精霊の調子を窺ってみると、酷使しすぎて力を衰えさせていた風の精霊も問題なく通常運用できるほどに回復していることが分かった。
と言っても、いきなり洞外活動をするわけにもいかない。
ひとまずは五日ぶりとなる外の景色を拝むため、岩屋まで上っていくこととする。
「火の精霊と風の精霊に我は請う、空調二人前ね」
久しぶりとなる気楽な請願に応え、僕たちの身体を【環境維持】による暖かい風が覆っていく。
もう随分前からになるが、雪原へ出ていくのでなければ、岩屋へ上がって外の様子を見る程度、既にこれだけで十分だったりする。
特に名付けてはいない、三十分ほどで効果が切れる簡易型の【環境維持(個人用)】だ。
基本的には元と同一の精霊術なのだが、普通に使う場合とは仕様がやや異なり、一日七回まで連続使用ができ、簡易版を六回使った後に通常版を……というような小分けにした使い方も可。
当然、使用した回数に応じて三十分ずつ、通常版の三時間半という持続時間が削られていく。とは言え、本来は一度使ったが最後、翌日まで使用不可なのだと思えば、何かと使い勝手は良い。
岩屋でのちょっとした作業には簡易版、洞外へ出るときは通常版、かなり気楽に動けるのだ。
ちょっと話が逸れたが、そうこうするうちに僕らは準備を整え、玄室を出ていく。
細い洞窟通路を抜け、岩屋へと到着。
すると、そこは五日前とは明らかに様子が異なっていた。
「これは、アレだよな」
「きっと同じ物だと思います」
元クマの巣穴であるところの岩屋、その中心に、うっすらと黄色い光を放つ宝玉が生えている。
奇妙な表現だと思うが、言葉通り、岩石の床から突き出してきたように真ん丸の球が半分ほど埋もれた状態で鎮座しているのである。
その色合いや状態は、さながら岩屋という名の貝の中に生じた真珠といったところ。
思い出すのは、以前に谷間で手に入れた、あの緑色の宝玉だ。
「この間は切羽詰まってたんで、しっかりと覚えてはいないんだが、こんなのあったかな?」
「私はそれ以上に記憶がありませんけれど、どうでしょう。少なくとも、出発するときにはまだありませんでしたよ」
「やっぱり、ここ数日で生えてきたと考えるのが自然か」
調べてみると、黄色く光っていることを除けば、やはり特徴は例の緑色の宝玉と酷似していた。
滑らかでありながら非常に硬く、見た目以上に重い。
洞外ほどではなくとも相当に気温が低いこの場所に放置されていたにも拘わらず、抱え込めば火鉢かカイロとして役立ちそうな暖かさまで同じであった。
「このまま置いておいても良いと思うが、一応、下で保管するべきか。どう思う?」
「そうですね。せっかくだから持ち帰ってみましょうか」
緑色のと同様、実用的な役には立たないであろう黄色い宝玉を掘りだして抱え上げる。
「ま、綺麗ではあるし、揃えて置いておいたら何か良いことがあったりするかも知れないしな」
「くすっ、松悟さん、あやしげな商品や賭け事には十分お気を付けになってくださいね」
うっ、確かに、今ならオカルト商法とかに騙されてしまうかも知れん。
でも、色違いの物は普通集めたくならないか? 並べておくだけでも満足感があるだろう? ……もしかして普通ではなかったのか?
しかも、それが密かに意識している、父娘ほどにも年齢の離れた美少女だったりした日には、ヘタをすれば即座に別の眠りへと誘われかねない衝撃的な驚きとなる。
そんなことを、僕は最近知ることになった。
――ちゅ。
ここ数日、僕の目覚めは何か小さな音によって促されている。
いや、実際は音かどうかも定かではないのだが、意識が覚醒したとき、決まって五感に微かな刺激を受けて起こされたような、何と言うか、錯覚が残されているのだ。
とは言え、そんなことは、目を開けた瞬間にどうでも良くなってしまうのだが。
「はふっ!? あー? ああ……おはよう、月子……くん」
美須磨が病床よりの快復を果たした朝を経て、早くも二日。
あれ以外、毎朝、彼女は僕を起こしに部屋まで来てくれるようになった。
……のは嬉しいのだが、ひどく困っているのは、何故かいつも枕元に顔を寄せ、目覚める僕を見届けようとしているらしきことだ。
朝一番に彼女の綺麗な顔を見られる幸せはさておき、目覚めた瞬間というのは非常に困る。
いい年をしたおっさんなもので、寝起きの体臭や身だしなみなどで不快感を与えかねないし、一瞬、いかがわしい夢でも見てしまったかと狼狽えそうになってしまう。
「月子くん、ですか?」
「ん? んっ、んん……おはよう、月子」
「はい、おはようございます、松悟さん」
これもまた、あれ以来、僕と彼女の間で変わったことの一つだ。
やけに名前の呼び捨てを強要してくる。
まぁ、割りと真面目な話として、今回は生命の危機を乗り越えたわけだしな。
おそらく、自分と同じように、僕が病気になって起きてこなかったりしないか心配なのだろう。
名前の呼び方についてはよく分からないが……えっと、あれだ。いい加減、僕が彼女の名前を呼びにくそうにしていることを鬱陶しく思ったのかも知れない。
何はともあれ、今日も一日が始まる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうやら、精霊もようやく元の調子を取り戻した感じかな」
「松悟さんが風の精霊についてそう仰るのでしたら間違いなさそうですね」
玄室の談話室で朝食を摂った後、美須磨……月子と二人で慎重に各精霊の調子を窺ってみると、酷使しすぎて力を衰えさせていた風の精霊も問題なく通常運用できるほどに回復していることが分かった。
と言っても、いきなり洞外活動をするわけにもいかない。
ひとまずは五日ぶりとなる外の景色を拝むため、岩屋まで上っていくこととする。
「火の精霊と風の精霊に我は請う、空調二人前ね」
久しぶりとなる気楽な請願に応え、僕たちの身体を【環境維持】による暖かい風が覆っていく。
もう随分前からになるが、雪原へ出ていくのでなければ、岩屋へ上がって外の様子を見る程度、既にこれだけで十分だったりする。
特に名付けてはいない、三十分ほどで効果が切れる簡易型の【環境維持(個人用)】だ。
基本的には元と同一の精霊術なのだが、普通に使う場合とは仕様がやや異なり、一日七回まで連続使用ができ、簡易版を六回使った後に通常版を……というような小分けにした使い方も可。
当然、使用した回数に応じて三十分ずつ、通常版の三時間半という持続時間が削られていく。とは言え、本来は一度使ったが最後、翌日まで使用不可なのだと思えば、何かと使い勝手は良い。
岩屋でのちょっとした作業には簡易版、洞外へ出るときは通常版、かなり気楽に動けるのだ。
ちょっと話が逸れたが、そうこうするうちに僕らは準備を整え、玄室を出ていく。
細い洞窟通路を抜け、岩屋へと到着。
すると、そこは五日前とは明らかに様子が異なっていた。
「これは、アレだよな」
「きっと同じ物だと思います」
元クマの巣穴であるところの岩屋、その中心に、うっすらと黄色い光を放つ宝玉が生えている。
奇妙な表現だと思うが、言葉通り、岩石の床から突き出してきたように真ん丸の球が半分ほど埋もれた状態で鎮座しているのである。
その色合いや状態は、さながら岩屋という名の貝の中に生じた真珠といったところ。
思い出すのは、以前に谷間で手に入れた、あの緑色の宝玉だ。
「この間は切羽詰まってたんで、しっかりと覚えてはいないんだが、こんなのあったかな?」
「私はそれ以上に記憶がありませんけれど、どうでしょう。少なくとも、出発するときにはまだありませんでしたよ」
「やっぱり、ここ数日で生えてきたと考えるのが自然か」
調べてみると、黄色く光っていることを除けば、やはり特徴は例の緑色の宝玉と酷似していた。
滑らかでありながら非常に硬く、見た目以上に重い。
洞外ほどではなくとも相当に気温が低いこの場所に放置されていたにも拘わらず、抱え込めば火鉢かカイロとして役立ちそうな暖かさまで同じであった。
「このまま置いておいても良いと思うが、一応、下で保管するべきか。どう思う?」
「そうですね。せっかくだから持ち帰ってみましょうか」
緑色のと同様、実用的な役には立たないであろう黄色い宝玉を掘りだして抱え上げる。
「ま、綺麗ではあるし、揃えて置いておいたら何か良いことがあったりするかも知れないしな」
「くすっ、松悟さん、あやしげな商品や賭け事には十分お気を付けになってくださいね」
うっ、確かに、今ならオカルト商法とかに騙されてしまうかも知れん。
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