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第一部: 終わりと始まりの日 - 第三章: 二人で踏む雪原にて
第十話: 少女の急転
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本日は、狩りと採集をほどほどに、地理の把握を目的とした周辺探索を行っていた。
現在の僕らは、拠点の洞穴から半径一キロ圏内であれば、たとえ吹雪の中でもかろうじて帰還できるくらいには地理を掴めており、この中に点在する採集ポイントを巡って物資を集めていくことが日々の基本的な活動となっている。
だが、本格的に下山することを視野に入れ始め、より広範囲の地勢を知っておこうと、今回はひたすら同じ方角へひたすら真っ直ぐ歩き続けてきたのである。
「つ、月子くん、このルートは良い感じに開けていて使えそうだ。目印を建てておこうか」
「わかりました。地の精霊に我は請う――」
美須磨が片手に握っているお手製の砕氷杖を雪面に突き立てて請願する。と、太く長い岩塊が天をも衝かん勢いで伸び上がり、瞬く間に高さ十メートルほどの塔を思わせる石柱となった。
後ろを振り返れば、同様の石塔が転々と何本も遠くまで建っているのが確認できる。
これらは、拠点近くより一定間隔で建ててきた目印だ。
美須磨による水と地の精霊術は、こと状態と形状を変えるという点においては、僕とは比較にならない効果を発揮し、こうして形作った岩石などをいつまでも残しておくことさえ可能だ。
あまり調子に乗って地形を変えすぎると周囲にどんな影響があるかも分からないので、自重はしているが、僕らはルートごとに特徴を変えた目印として、また、落石や雪崩が起きやすい地形、崖、クレバス、雪庇――崖の上で庇状に突き出して固まっている雪……など、危険そうな場所を発見したら注意喚起として、あちこちに同様の石柱を建てていた。
そこから少し歩いたところで、ポケットの中の【石時計】がごろっと崩れる。
「ストップ! 二時間経過だ」
「もうですか……? やはり三時間ではあまり遠くまでは行けませんね」
「ああ、度々足を止めながらとは言え、先が思いやられる。中継地点が切に欲しいな」
今までも折に触れ説明してきたが、ここで改めてまとめておくと、僕らの生命線となっている精霊術【環境維持(個人用)】の持続時間は現時点でおよそ三時間半。
この時間こそが、僕ら二人の洞外活動における絶対的なタイムリミットである。
半日近くも持続し、切れてもほとんど間を置かず再使用ができる【環境維持(部屋用)】とは異なり、【環境維持(個人用)】には連続使用ができないという明確な欠点が存在している。
一旦、効果時間が切れた後、再使用が可能となるまでの時間は丸一日。
もしも洞外で切らしてしまうことがあれば、その時点で死を覚悟しなければならない。
一か八か、地の精霊術で簡易な岩室を設営して緊急避難、なんとか風の精霊をなだめすかして【環境維持(部屋用)】を頼むという手で凌ぐことができるかも知れないが、成功したとしてもおそらくは一時的な延命が関の山だろう。
思えば、最初の日に地下の玄室が発見できなかったら、僕らは完全に詰んでたよな……。
実は三時間あれば下りきれる程度の低山だった……などというオチは、流石にありえないため、おそらく長丁場となるだろう下山時の【環境維持】をどうするかは、今後の大きな課題だった。
ちなみに、富士山の山頂から五合目辺りまで登山コースを下るのでさえ、普通は四五時間ほど掛かる。参考までに。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【環境維持】の効果時間ギリギリで岩屋へと辿り着き、さして収穫物が積まれていない雪舟を残し、二人、足早に玄室までの洞窟通路を急ぐ。
ルートを確認し、目印の石塔を設置しながら進んだ往路と違い、帰路は足を止めず真っ直ぐに帰ってきたので余裕で間に合うと踏んでいたのだが、思いの外、際どい期間となってしまった。
少し前より息苦しさを感じており、今では軽くはないレベルの頭痛までしてきている。
「本当にギリギリだったな。いや、あぶないところだった」
「……はぁ、はぁ」
「このところ順調だったから、知らず意識が弛んでたかな。本当に気を付けないと」
「……はぁ、はぁ、はぁ」
「時間が正確に分かるわけではないのだから、やはり余裕を持って……――月子くん? おい、どうしたんだ!? 大丈夫かい?」
「……はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……すみません……あっ――」
「あぶない! こっちこそ、すぐに気付かなくてすまなかった。話さなくて良い」
情けないことに今の今まで気付いていなかったのだが、後ろを付いてくる美須磨の会話さえもつらそうな気配に振り返ってみれば、顔色をやや悪くし、足取り重い様子が目に入る。
そこでようやく事態を察した僕は、僅かに足をよろめかせた彼女を抱き留めると、荷物を受け取り、その身を横抱きにして抱え上げた。
「乗り心地は悪いだろうけど、少しだけ我慢していてくれるかい」
「……はぁ、はぁ……いえ、此処は落ち着きます……」
「はは、そう言ってもらえると光栄だね。急ぐよ」
苦しそうな表情の中に小さく微笑みを浮かべてくれる美須磨。
だが、呼吸に苦労している様子と微かな痙攣、そう楽観視できる状態ではなさそうだ。
自分の中での緊急度を数段階引き上げる。
そして、足早に通路を進み、岩壁を突き破る勢いで玄室へと駆け込んだのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
美須磨の容態は思った以上に重かった。
発端となったのが、先の【環境維持】切れによる高山病の兆候であることは疑いようもない。
元々、彼女は高山病にやや弱いような節があった。
誰に聞いたんだったか、それとも本で知ったんだったかは覚えていないのだが、高山病の罹りやすさには、体力の有無や肉体的な強度、老若男女の別は一切関係ないのだと言う。
そして、今回はその軽微な高山病に、どうやら疲労や栄養失調が重なってしまったようだ。
症状は重い風邪に似ており、頭痛と疲労と食欲不振で衰弱が激しい。ただし、熱は無い。
彼女自身が地球から持ってきた痛み止めの薬や栄養剤を服用してもらい、身体を休ませたが、翌日になっても快復が見られなかった。
僕は、拠点内の彼女の個室で、更に【環境維持(部屋用)】を併用して空調回りを徹底すると共に、なるべく栄養がありそうな食材を使った病人食を作り、一日中、傍にいて看病に励んだ。
しかし、三日目の朝。
美須磨は目を覚まさなかった。
現在の僕らは、拠点の洞穴から半径一キロ圏内であれば、たとえ吹雪の中でもかろうじて帰還できるくらいには地理を掴めており、この中に点在する採集ポイントを巡って物資を集めていくことが日々の基本的な活動となっている。
だが、本格的に下山することを視野に入れ始め、より広範囲の地勢を知っておこうと、今回はひたすら同じ方角へひたすら真っ直ぐ歩き続けてきたのである。
「つ、月子くん、このルートは良い感じに開けていて使えそうだ。目印を建てておこうか」
「わかりました。地の精霊に我は請う――」
美須磨が片手に握っているお手製の砕氷杖を雪面に突き立てて請願する。と、太く長い岩塊が天をも衝かん勢いで伸び上がり、瞬く間に高さ十メートルほどの塔を思わせる石柱となった。
後ろを振り返れば、同様の石塔が転々と何本も遠くまで建っているのが確認できる。
これらは、拠点近くより一定間隔で建ててきた目印だ。
美須磨による水と地の精霊術は、こと状態と形状を変えるという点においては、僕とは比較にならない効果を発揮し、こうして形作った岩石などをいつまでも残しておくことさえ可能だ。
あまり調子に乗って地形を変えすぎると周囲にどんな影響があるかも分からないので、自重はしているが、僕らはルートごとに特徴を変えた目印として、また、落石や雪崩が起きやすい地形、崖、クレバス、雪庇――崖の上で庇状に突き出して固まっている雪……など、危険そうな場所を発見したら注意喚起として、あちこちに同様の石柱を建てていた。
そこから少し歩いたところで、ポケットの中の【石時計】がごろっと崩れる。
「ストップ! 二時間経過だ」
「もうですか……? やはり三時間ではあまり遠くまでは行けませんね」
「ああ、度々足を止めながらとは言え、先が思いやられる。中継地点が切に欲しいな」
今までも折に触れ説明してきたが、ここで改めてまとめておくと、僕らの生命線となっている精霊術【環境維持(個人用)】の持続時間は現時点でおよそ三時間半。
この時間こそが、僕ら二人の洞外活動における絶対的なタイムリミットである。
半日近くも持続し、切れてもほとんど間を置かず再使用ができる【環境維持(部屋用)】とは異なり、【環境維持(個人用)】には連続使用ができないという明確な欠点が存在している。
一旦、効果時間が切れた後、再使用が可能となるまでの時間は丸一日。
もしも洞外で切らしてしまうことがあれば、その時点で死を覚悟しなければならない。
一か八か、地の精霊術で簡易な岩室を設営して緊急避難、なんとか風の精霊をなだめすかして【環境維持(部屋用)】を頼むという手で凌ぐことができるかも知れないが、成功したとしてもおそらくは一時的な延命が関の山だろう。
思えば、最初の日に地下の玄室が発見できなかったら、僕らは完全に詰んでたよな……。
実は三時間あれば下りきれる程度の低山だった……などというオチは、流石にありえないため、おそらく長丁場となるだろう下山時の【環境維持】をどうするかは、今後の大きな課題だった。
ちなみに、富士山の山頂から五合目辺りまで登山コースを下るのでさえ、普通は四五時間ほど掛かる。参考までに。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【環境維持】の効果時間ギリギリで岩屋へと辿り着き、さして収穫物が積まれていない雪舟を残し、二人、足早に玄室までの洞窟通路を急ぐ。
ルートを確認し、目印の石塔を設置しながら進んだ往路と違い、帰路は足を止めず真っ直ぐに帰ってきたので余裕で間に合うと踏んでいたのだが、思いの外、際どい期間となってしまった。
少し前より息苦しさを感じており、今では軽くはないレベルの頭痛までしてきている。
「本当にギリギリだったな。いや、あぶないところだった」
「……はぁ、はぁ」
「このところ順調だったから、知らず意識が弛んでたかな。本当に気を付けないと」
「……はぁ、はぁ、はぁ」
「時間が正確に分かるわけではないのだから、やはり余裕を持って……――月子くん? おい、どうしたんだ!? 大丈夫かい?」
「……はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……すみません……あっ――」
「あぶない! こっちこそ、すぐに気付かなくてすまなかった。話さなくて良い」
情けないことに今の今まで気付いていなかったのだが、後ろを付いてくる美須磨の会話さえもつらそうな気配に振り返ってみれば、顔色をやや悪くし、足取り重い様子が目に入る。
そこでようやく事態を察した僕は、僅かに足をよろめかせた彼女を抱き留めると、荷物を受け取り、その身を横抱きにして抱え上げた。
「乗り心地は悪いだろうけど、少しだけ我慢していてくれるかい」
「……はぁ、はぁ……いえ、此処は落ち着きます……」
「はは、そう言ってもらえると光栄だね。急ぐよ」
苦しそうな表情の中に小さく微笑みを浮かべてくれる美須磨。
だが、呼吸に苦労している様子と微かな痙攣、そう楽観視できる状態ではなさそうだ。
自分の中での緊急度を数段階引き上げる。
そして、足早に通路を進み、岩壁を突き破る勢いで玄室へと駆け込んだのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
美須磨の容態は思った以上に重かった。
発端となったのが、先の【環境維持】切れによる高山病の兆候であることは疑いようもない。
元々、彼女は高山病にやや弱いような節があった。
誰に聞いたんだったか、それとも本で知ったんだったかは覚えていないのだが、高山病の罹りやすさには、体力の有無や肉体的な強度、老若男女の別は一切関係ないのだと言う。
そして、今回はその軽微な高山病に、どうやら疲労や栄養失調が重なってしまったようだ。
症状は重い風邪に似ており、頭痛と疲労と食欲不振で衰弱が激しい。ただし、熱は無い。
彼女自身が地球から持ってきた痛み止めの薬や栄養剤を服用してもらい、身体を休ませたが、翌日になっても快復が見られなかった。
僕は、拠点内の彼女の個室で、更に【環境維持(部屋用)】を併用して空調回りを徹底すると共に、なるべく栄養がありそうな食材を使った病人食を作り、一日中、傍にいて看病に励んだ。
しかし、三日目の朝。
美須磨は目を覚まさなかった。
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