38 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 第三章: 二人で踏む雪原にて
第一話: 雪の尾根を巡る二人
しおりを挟む
「火の精霊に我は請う、燃えろ」
火の精霊術【火球】を次々と撃ち出しながら獲物を追いかける。
前方を走っているのは真っ白な小動物――ウサギだった。
一見すると普通のウサギなのだが、動き自体が非常に速いことに加え、雪に覆われた景色へと溶け込む自然な保護色により見失いやすく、足下に深く積もった雪の中へ飛び込んで逃げようとしたりもするため、ぐんぐん距離を離されてしまう。
しかし、向かっていく先や飛び込んだ雪の周りへ絶え間なく火の玉を撃ち込んでいくことで、どうにかギリギリで逃さずに済んでいる。
とは言え、それもそろそろ終わりが近い。
「追い込む!」
一声大きく叫び、僕はウサギの進行方向正面と左側一帯に連続で火の玉を撃ち込んでいく。
燃え上がる火と瞬時に解けた雪によって逃げ道を塞がれたウサギは、残った右前方へ向かって思いっきり飛び跳ねる。
が、突然、空中で血飛沫を上げたかと思うと、「キュッ!」と小さな鳴き声を残し、そのまま雪面に落ちて転がったきり、後はもう動くことはなくなった。
直後、ひゅん!という小さな音が風を切り裂くと、ウサギがいる辺りから何かが飛び上がり、行く手に目をやれば、直前まで誰もいなかったかと見えた右手の方に白い毛皮をまとった一人の少女の姿。
その手には大きめの短刀が握られており、持ち手の底――柄頭からは細い紐が垂らされている。たった今、目の前でウサギを仕留め、その手へと舞い戻っていった武器だ。
「お見事! みす、月子……くん」
「くすっ、松悟さんも追い込み、お見事でした」
言うまでもないだろうが、もちろん彼女は美須磨である。
その身を包む灰色の斑模様を散らした白い毛皮は、あのストーカーのものであり、生前見せた能力からは数段落ちるものの、雪原で慎重に気配を消している限り、ほとんど透明と言って良いレベルでの隠れ身を可能とする魔法の迷彩服として生まれ変わっていた。
更に、巨大グマの毛皮と同様、【環境維持(個人用)】との相性も良く、このお蔭で僕ら二人同時であっても、三時間以上の洞外活動ができるようになったのである。
そして、彼女が手に持つ大振りな短刀は、ストーカーの牙を加工した物だ。
完全な状態でまるまる二本手に入った牙は、それぞれ刃渡り三十センチ近い曲刃の短刀となり、揃って美須磨が所持することとなった。そのうちの一本には彼女ご自慢の巻き取り式ワイヤーが結ばれ、武器を紛失する心配なく必殺の威力を誇る投擲が可能となっている。
そう、先刻、飛び上がったウサギの首を切り裂いた一撃である。
ちなみに、美須磨は一本を――最初のうちは二本とも――僕に受け取らせようとしたのだが、これまで使い続けてきたヤンキー産サバイバルナイフと借り受けているスコップとの交換という建前を以て、徹底的に固辞させてもらった。
なんとなく、あの魔法の毛皮と一対の短刀は、彼女にこそ相応しいと思えたのだ。
閑話休題。
僕は仕留められたウサギを拾い、彼女の下へと向かう。
「そろそろ獲物も十分だろう。一旦戻らないか?」
「はい、それにしても今日は大猟でしたね」
「ストーカーを倒したからかもな。おそらく山のヌシみたいな存在だったんじゃないかと思う」
「もしかすると、あの大きなクマもそうだったのかも知れませんね」
「ありえない話じゃなさそうだ。どちらも二頭目と出くわす気配はないし、あれ以来、明らかに小動物の姿が増えてきている」
そんな話をしながら、僕らは雪原の中で一際目立つ岩の小山へと到着する。
僕の胸ほどの高さに盛り上がった小さな岩山は、周囲に点在する他の岩と比べると、まったく雪を被っておらず、明らかに不自然な代物である。
「地の精霊に我は請う――」
当然、それは僕らが作っておいたもの。
採集物や獲物を積み込んでおく雪舟の一時的な隠し場所だった。
請願によって岩の覆いを解かれ、現れたその荷台には、氷果、氷樹の枝、先ほど狩ったものと同じ種類のウサギ、ウズラに似るがクチバシに歯を生やした野鳥……などが満載されていた。
僕たちは現在、下山する準備を調えながら春の訪れを待っている。
精霊たちとの親和を深め、精霊術の効果を高める。同時に物資を集めて道具を作る。
ストーカーを倒してから既に一週間が経つ。
それらは順調に進められつつあった。
火の精霊術【火球】を次々と撃ち出しながら獲物を追いかける。
前方を走っているのは真っ白な小動物――ウサギだった。
一見すると普通のウサギなのだが、動き自体が非常に速いことに加え、雪に覆われた景色へと溶け込む自然な保護色により見失いやすく、足下に深く積もった雪の中へ飛び込んで逃げようとしたりもするため、ぐんぐん距離を離されてしまう。
しかし、向かっていく先や飛び込んだ雪の周りへ絶え間なく火の玉を撃ち込んでいくことで、どうにかギリギリで逃さずに済んでいる。
とは言え、それもそろそろ終わりが近い。
「追い込む!」
一声大きく叫び、僕はウサギの進行方向正面と左側一帯に連続で火の玉を撃ち込んでいく。
燃え上がる火と瞬時に解けた雪によって逃げ道を塞がれたウサギは、残った右前方へ向かって思いっきり飛び跳ねる。
が、突然、空中で血飛沫を上げたかと思うと、「キュッ!」と小さな鳴き声を残し、そのまま雪面に落ちて転がったきり、後はもう動くことはなくなった。
直後、ひゅん!という小さな音が風を切り裂くと、ウサギがいる辺りから何かが飛び上がり、行く手に目をやれば、直前まで誰もいなかったかと見えた右手の方に白い毛皮をまとった一人の少女の姿。
その手には大きめの短刀が握られており、持ち手の底――柄頭からは細い紐が垂らされている。たった今、目の前でウサギを仕留め、その手へと舞い戻っていった武器だ。
「お見事! みす、月子……くん」
「くすっ、松悟さんも追い込み、お見事でした」
言うまでもないだろうが、もちろん彼女は美須磨である。
その身を包む灰色の斑模様を散らした白い毛皮は、あのストーカーのものであり、生前見せた能力からは数段落ちるものの、雪原で慎重に気配を消している限り、ほとんど透明と言って良いレベルでの隠れ身を可能とする魔法の迷彩服として生まれ変わっていた。
更に、巨大グマの毛皮と同様、【環境維持(個人用)】との相性も良く、このお蔭で僕ら二人同時であっても、三時間以上の洞外活動ができるようになったのである。
そして、彼女が手に持つ大振りな短刀は、ストーカーの牙を加工した物だ。
完全な状態でまるまる二本手に入った牙は、それぞれ刃渡り三十センチ近い曲刃の短刀となり、揃って美須磨が所持することとなった。そのうちの一本には彼女ご自慢の巻き取り式ワイヤーが結ばれ、武器を紛失する心配なく必殺の威力を誇る投擲が可能となっている。
そう、先刻、飛び上がったウサギの首を切り裂いた一撃である。
ちなみに、美須磨は一本を――最初のうちは二本とも――僕に受け取らせようとしたのだが、これまで使い続けてきたヤンキー産サバイバルナイフと借り受けているスコップとの交換という建前を以て、徹底的に固辞させてもらった。
なんとなく、あの魔法の毛皮と一対の短刀は、彼女にこそ相応しいと思えたのだ。
閑話休題。
僕は仕留められたウサギを拾い、彼女の下へと向かう。
「そろそろ獲物も十分だろう。一旦戻らないか?」
「はい、それにしても今日は大猟でしたね」
「ストーカーを倒したからかもな。おそらく山のヌシみたいな存在だったんじゃないかと思う」
「もしかすると、あの大きなクマもそうだったのかも知れませんね」
「ありえない話じゃなさそうだ。どちらも二頭目と出くわす気配はないし、あれ以来、明らかに小動物の姿が増えてきている」
そんな話をしながら、僕らは雪原の中で一際目立つ岩の小山へと到着する。
僕の胸ほどの高さに盛り上がった小さな岩山は、周囲に点在する他の岩と比べると、まったく雪を被っておらず、明らかに不自然な代物である。
「地の精霊に我は請う――」
当然、それは僕らが作っておいたもの。
採集物や獲物を積み込んでおく雪舟の一時的な隠し場所だった。
請願によって岩の覆いを解かれ、現れたその荷台には、氷果、氷樹の枝、先ほど狩ったものと同じ種類のウサギ、ウズラに似るがクチバシに歯を生やした野鳥……などが満載されていた。
僕たちは現在、下山する準備を調えながら春の訪れを待っている。
精霊たちとの親和を深め、精霊術の効果を高める。同時に物資を集めて道具を作る。
ストーカーを倒してから既に一週間が経つ。
それらは順調に進められつつあった。
2
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説


家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる