異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
34 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 第二章: 異世界の絶壁にて

第十五話: 励む男と励ます少女

しおりを挟む
 精霊術開発を一段落させた僕は、気分転換も兼ね、ここしばらく日課としている鍛錬を始める。

 軽い準備運動ストレッチの後、壁に立てかけておいた登山杖ステッキを手に取り、スコップへと変形させる。
 そして持ち手と柄をそれぞれしっかり握り、まずは中段に構えてから素振りを始めた。
 上段に振り上げてからの真っ直ぐな振り下ろし、そこから続けて斜めに振り上げ、水平薙すいへいなぎ、一旦脇に構えて中段突き……と、演舞めいた型を繰り返していく。
 剣道や薙刀なぎなたといった武道の経験は、学生時代の体育授業レベルしかないため、これらはすべて適当極まる我流がりゅうである。
 とは言え、心強い相棒であるこの頑丈なスコップの取り回しを身体からだに叩き込んでおくことは、決して無駄にはならないだろうと思い、毎日、決まった型で素振りを行うようにしている。

 改めて紹介しておくと、このスコップは、美須磨みすまから借り受けている市販のアウトドア用品だ。
 八十センチほどの長さがあるが、軽量かつ折りたたみ式なので持ち運びに便利な上、登山杖ステッキおのくわ、ノコギリ……などに変形させることも可能なマルチツールである。
 その割りに極めて頑丈な作りとなっており、硬い岩盤に突き立てようが、派手に振り回そうが、分解や刃こぼれを起こすことはなく、軽いので威力に関しては控えめながら十分以上に頼もしい護身用武器と言って良い。

 さて、ある程度、身体が馴染なじんできたら、サバイバルナイフの抜刀ばっとうと切り払いを混ぜていく。
 スコップを振り抜いた直後、日本であれば携帯しているだけで完全に銃刀法違反となる刃渡り十センチ近いヤンキー産のサバイバルナイフを胸元の鞘から抜き、そのまま前方へと突き出す。
 これはスコップをかわされた場合のフォローを想定した動きのつもりだ。
 始めたばかりの頃は、ナイフに持ち替えようと思ってスコップをすっぽ抜けさせてしまったり、ナイフの刃で自分を傷つけそうになったりしたものだが、もう扱いにも大分だいぶ慣れてきた。


「――ふっ! と、これで、千セット完了。ハァ、ハァ……」

 頭が空っぽになるまで身体を動かし、どうにか悲観で塗りつぶされていた気分が上向いてくる。
 玄室へ戻ろうかと思ったが、もう少し、精霊術の訓練をしていっても良さそうだな。
 苦手な水と地の精霊に関して、僕にできる範囲を探っていってみようか。

「しっかし、どうしたもんかねぇ。このままじゃ採集にも出られない。僕なんか食べても美味うまかないだろうに、いや、そもそも餌にしようとしてるのかは知らないけど。こっちは貧弱なシティボーイなんだから、ちょっとは手加減してくれって話だ。あ、ボーイはないな、いくらなんでも」
「――罠ではいけないのですか?」
「小動物も掛からないような罠じゃなあ。第一、獲物は僕の方こっちだよ」
「相手の方から襲ってくるのでしたら、精霊術の罠へと誘い込めるのでは?」
「なるほど、それなら……いや、危険すぎる。前回は襲ってくる寸前にたまたま気付けたけど、相手はろくに気配も感じさせないんだ。いくら大規模で強力な罠であろうと、上手く誘い込めるとも、設置するまで待っていてくれるとも思えない」
「そうではなく、あらかじめ精霊にお願いしておいて、近付いてきた敵を捕らえる、そのような精霊術の罠はできないものでしょうか?」
「あらかじめ? そうか! ……って、美須磨みすまっ!?」

 驚いた……。いつの間にかそばに来ていた彼女と会話をしてしまっていたようだ。
 こんな並外れた容姿と存在感をしているのに、なんとも気配を消すのが上手い少女である。
 いや、ちょっと待て。僕は変なことを口走ったりしていなかっただろうな。

「それで、やっぱり危険な目にってらしたんですね、先生」
「う……」
「このような状況ですからけられない危険もあるかと思いますけれど、せめて何かが起きたらお一人で抱え込まずに相談してくださいませ」
「すまない……その、君に、心配を……かけたくないと……」
「逆に心配です」
「……だ、だが、僕は大人で教師なんだし……やはり……」
「今の状況ではもう関係ありませんよね?」
「はい……」

 全くもって彼女の言う通りだ。
 改めて我が身を振り返ってみれば、心配をかけたくないなどと思いながら、このに及んで、教師だ大人だと小さなプライドを守るため、弱さを隠そうとしてしまっていたらしい。
 今更だが、己の卑小ひしょうさに気付かされ、しょんぼりと項垂うなだれてしまう。

「あの、そんなに落ち込まないでください。これでも私は先生のことを頼りにしていますからね」
「……うん、ありがとう。気遣ってくれて」
「ですから、あの……お分かりになっていませんね? 先生が私のような子どもを心配なさって頑張ってくださっていること、ちゃんと理解していますから」
「うん?」
「パートナーとして、もっと私のことも頼ってください、ということです」

 は? この子は一体何を言ってるのやら。
 まるで僕がこれまで美須磨みすまを頼っていなかったみたいに聞こえたが、そんなわけはなかろう。

「……ずっと頼りっぱなしだったと思うが?」
「そんなことはありません」
「……いや、実際に僕の方が助けてもらってばかりだろう?」
「何を馬鹿なことを仰っているのですか」
「僕は……君を助けることができていたのか?」
「先生がいてくださらなかったら、あの街で、この雪山で、私はどうなっていたかも知れません。なんなのですか、もう」

 あまり感情を表に出さない彼女が、心底呆れたような顔をして言う。

 そうだったのか、これでも僕は役に立っていたんだな。
 ……そうか――。

 なら、それならば、これからも頑張らないと。
 おいおい、なんだ、やりたいことが山積みじゃないか。何をぐずぐずしているんだ、僕。
 この忙しいのに、いつまでもストーカーなんぞにかかずらっている暇はないぞ。

 だったら、あんなもの、さっさと片付けてしまうしかないじゃないか! なぁ!
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】あなたに従う必要がないのに、命令なんて聞くわけないでしょう。当然でしょう?

チカフジ ユキ
恋愛
伯爵令嬢のアメルは、公爵令嬢である従姉のリディアに使用人のように扱われていた。 そんなアメルは、様々な理由から十五の頃に海を挟んだ大国アーバント帝国へ留学する。 約一年後、リディアから離れ友人にも恵まれ日々を暮らしていたそこに、従姉が留学してくると知る。 しかし、アメルは以前とは違いリディアに対して毅然と立ち向かう。 もう、リディアに従う必要がどこにもなかったから。 リディアは知らなかった。 自分の立場が自国でどうなっているのかを。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...