異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
27 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 第二章: 異世界の絶壁にて

第八話: 二人、安住の地を求めて

しおりを挟む
 光と闇の精霊に力を貸してもらえるようになった地点から、更に二度、壁をくぐり抜けた。
 開通したどの洞窟も長さはさほどでもなく、まるで果実の中に出来た虫食いを転々と掘り進む芋虫にでもなった気分である。

 現時点まで、収穫は特になし。
 ただ、岩塩と思われる――思いたい鉱物を始めとするいくつかの変わった鉱脈を発見しており、これらは後でじっくり調べてみようと思っている。
 こんな雪山に長居は無用だが、物資はいくらでもあるに越したことはないだろう。

 意外なのは、生き物に関してか。
 外部よりも遙かに過ごしやすい環境なので、コウモリやネズミといった小動物を始め、昆虫のたぐいでも見られるのではないかと思って――あわよくば食料にという期待も込めて――いたのだが、まったく生き物に遭遇することはなかった。
 拠点の候補地であることを考えればあながち悪くもないのだが、食料調達のためにまた雪原へ出ていかなければならなくなる未来を思えば痛しかゆしである。


 さて、そして現在。
 僕らは途方に暮れていた。

「精霊でどかせない岩盤というのは予想外だったなぁ」
「どこか軽く考えてしまっていましたね」
「うーむ、どうしたものか」
「精霊の声はこの辺りだと仰っているようなのですけれど」
「どう見ても普通ではないしね。目的地と考えて間違いないだろう」

 地の精霊に導かれ、くり抜いた岩壁の先が、異なる壁にさえぎられ袋小路になっていたのである。
 自然の岩盤とは到底思えない、形を統一した石のブロックを隙間無く組み上げたのであろう、表面に凹凸おうとつがないどころか継ぎ目すらほとんど目立たぬ、驚くほどなめらかな壁だった。
 難儀なことに、この石は地の精霊でも形状を変えることができないらしい。

 しかも、変わった点はそれだけに留まらない。
 この石はあたかも生きているかのようにほのかな熱を発し、呼吸するように空気を吐いては吸い、ぼんやりと発光までしていた。少なくとも、もう自然の洞窟でないことは明白だ。

 僕らの中では、ここを居住地にすることが既にほとんど既定路線となっている。
 しかし、前述の通り、そのためにクリアしなければならない問題がとにかく手強い。

――ドガッ! ガッ! ガッ!

「スコップでもナイフでもまるで歯が立たないな」
「熱や水、薬品でも反応はありません」

 残念だが、現在の手持ちのカードでは石壁をどうこうするのは難しそうだ。
 あんまり派手なことをして石材の特殊機能が損なわれたり、崩落されたりしても困るしな。

「仕方ない。ひとまず周囲を掘ってみるとしよう。地の精霊に我は請うデザイアアース……」

 二人で手分けして慎重に周りの岩壁を除去し、少しずつ不思議な石壁をあらわにしていく。
 現在地は幅四メートルほど、天井が高く六七ろくしちメートルはあろうか、半卵型をした空洞である。
 その壁の一角いっかくを五十センチほど奥へ掘り進めば謎の石壁に突き当たるわけなのだが、やがて、壁一面の岩肌があらかた削り取られると、石壁の全容が明らかになった。

 ざっと見て、横幅十メートル、高さ三メートルの長方形、現在地はそのやや左上辺りに位置し、下方向に少し、右方向にはかなり余分に掘り進めていかなければ端が見えなかった。

「災害によって埋没してしまった建物だろうか?」
「元よりそう建造された地下施設ではないでしょうか」
「うん、そっちの方がありそうだな。どちらにせよ、何故こんな場所に?という疑問は残るが」

 話しながら露わになった石壁をよく調べていく。
 すると、石壁のちょうど中央部下段だけ僕らの精霊術によって軽くえぐられていることに気付く。
 他の場所には擦り傷一つすら見られないにもかかわらず、だ。

「この一角だけ材質が異なっているんですね。地の精霊にに我は請うデザイアアース――」

 美須磨みすまの声に応じて開いたのは、これまでと同様の四角い穴。
 しかし、それは元より定められた形――周りの石壁だけを残してくり抜かれた上部アーチ型。
 そんなはずはなかろうと思いはするが、受ける印象はまさしく扉か門である。

 その門を僕たちは二人並んでくぐり抜ける。


 通り抜けた先は、石造りの玄室だった。
 これまでの自然そのままの洞窟とはまったく様相をこととする、人工的極まる空間だ。
 一見するとオリエント風の石造建築といった印象を受ける。

 背後の石壁と同様に謎の石材できっちり組み上げられた、荘厳そうごんな雰囲気さえ漂わせる石室。
 壁も床も天井も、すべて同じ石材が使われており、一様に淡く黄色い光を放っている。
 広さは、目測で横幅十メートル、奥行き八メートル、高さ三メートルといったところ、学校の普通教室とちょうど同じくらいか。

 まず目に入るのは、左の壁に二つ、右の壁に三つ取り付けられた一見場違いな木製扉である。
 また、正面奥の壁一面に描かれた、何やらサインか紋章のようにも見える抽象的な壁画。
 床へと目を向けてみれば、その中央が直径三メートルほどの円形状に数センチの段差を成して盛り上がっており、ちょっとした舞台を思わせる。

 祭殿、宝物庫、墳墓……おそらくはそんな場所なのではなかろうか。

「綺麗……」
「……ああ、それほど趣向が凝らされた造りでもないのにな」

 よく見ると、中央の円舞台より僕たちがいる方へ向けて、まるでファッションショーの会場にしつらえられたランウェイのような細い道が伸びている。
 後ろを振り返れば、僕たちがくぐってきた門の上の壁には黄色を基調としたシンプルな図柄のタペストリめいた石板が飾られ、両側には装飾を施された門柱が立てられていた。
 ……どうやら、本当に門、あるいは祭壇か何かから入ってきてしまったみたいだ。
 非正規ルートから不法侵入したことに、なんとなく申し訳なさを感じる……が。

「それにしても、此処ここの空気は……」
「生き返ったような気がしますね」
「肺を満たす酸素、室温も快適。これまでのことを思えば、まるで高級ホテルだよ」

 そう、この石室を構成している石材からもまた、光だけではなく熱と空気が放出されており、勢いのまま換気もせず踏み込んでしまったにもかかわらず、寒さや息苦しさをまったく感じない。
 どういった仕掛けになっているやら、高度に発達した文明の産物とも思えるが、察するところ、この世界にあるという魔法で造られたものなのだろうか。

 しかし、正直に言えば、僕らにとっては何であろうとも関係ない。
 つまり、この玄室の中であればもう、火の精霊による暖房、風の精霊による空調と大気圧調整、光と闇の精霊による明かり、それら一切が必要ないということなのだから。

「先生……私たちは……」
「そうだ、僕たちは助かったんだ。もう……大丈夫だ……」

 冷静に考えれば、まだ問題は山積みだ。
 だが、当面の懸念けねんが一気に解消された、今このときだけは喜び合っても良いだろう。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 各部屋を一通り見て回ったが、残念ながら、何かに利用できそうな物品は見つからなかった。

 と言うのも、一見するとおかしなところもなさそうな木製扉から備え付けの調度品に至るまで、よくよく調べてみれば、どれも新品同様でまるで朽ちておらず、とんでもなく硬い不思議素材で出来ていたのである。しかも、固定位置から取り外すことすらできないと来たもんだ。

 また、入ってきた門以外に出入り口はないことも判明した。

 中央の玄室を除く五つの部屋のうち、四部屋はただの空室であり、家具の一つさえ置かれてはおらず、僕らはその中の小さな部屋三つをそれぞれの個室と倉庫に、やや大きな部屋一つを仮に作業室と決めてみた。この部屋の奥には更に二つの小部屋があったが、特に語るべきことはない。

 しかし、残る一つの大きな部屋が、またも僕らに予期せぬ大きな喜びをもたらした。

「先生! お風呂! お風呂ですよっ! わわわ! お風呂ですよ! どうしましょう!」
「あ、ああ、うん、良かったな! 美須磨みすま、ひ、ひとまず落ち着こう! 風呂は逃げない!」

 入り口の門から玄室に入り、左側に二つ並んだ奥側の扉。
 その扉を開けると、湯気や湿気を隔てるためだろう小部屋――僕らの感覚とすれば脱衣所――があり、更に扉を一つ開けた先にこの“風呂”が存在していた。
 実際は風呂というより泉と呼ぶべき作りではあったが、部屋の中央に建てられたオブジェからこんこんと湧き出し、部屋の隅の小さな排水溝へと流れ続けているのは紛れもなくお湯であり、もうもうと湯気が立ちこめた部屋の様子は、まぁ、風呂場と言ってしまって何ら間違いはない。

 実際のところを言うと、僕らはいつでも風呂に入ろうと思えば入れた。
 精霊術を使えば、空気中の水分を集めて十分な量の水を作ることはできるし、いくらでもある外の雪を集めてきて、まとめて水に変えることさえ容易にできる。
 地面を操作して風呂桶を作り、それらの水を溜め、熱して沸かせば風呂は出来てしまう。

 だが、これまでの状況――一間の岩屋においてはいろいろと問題があった。
 すぐ外が極寒の雪原だったため、薄着になること、無防備になることはかなり抵抗があったし、仮にも異性がそばにいるのに……という理由もあり、風呂への欲求があって実現するための方法も思いついていたにもかかわらず、なかなか実行には移せずにいたのである。

 そこに来て、この風呂場だ。
 特に年頃の女の子である美須磨のテンションが上がるのも無理からぬ話だろう。

「先生、お先にいただいてしまってもよろしいでしょうか? わぁ!」
「待て! 危険がないか調べてからだ。あと服を脱ぎ始めるのは僕が出た後にしてくれ!」

 無理からぬ話だろう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

溺愛されている妹がお父様の子ではないと密告したら立場が逆転しました。ただお父様の溺愛なんて私には必要ありません。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるレフティアの日常は、父親の再婚によって大きく変わることになった。 妾だった継母やその娘である妹は、レフティアのことを疎んでおり、父親はそんな二人を贔屓していた。故にレフティアは、苦しい生活を送ることになったのである。 しかし彼女は、ある時とある事実を知ることになった。 父親が溺愛している妹が、彼と血が繋がっていなかったのである。 レフティアは、その事実を父親に密告した。すると調査が行われて、それが事実であることが判明したのである。 その結果、父親は継母と妹を排斥して、レフティアに愛情を注ぐようになった。 だが、レフティアにとってそんなものは必要なかった。継母や妹ともに自分を虐げていた父親も、彼女にとっては排除するべき対象だったのである。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...