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第一部: 終わりと始まりの日 - 第二章: 異世界の絶壁にて
第七話: 暗闇の中、二人で四苦八苦
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唯一の光源であった懐中電灯を失い、星明かりさえ届かぬ洞窟内は真の闇に覆い尽くされた。
「くっ、すまないっ!」
「いえ、今のは仕方ないかと。私も注意を怠ってしまっていました。それよりもどうしましょう。残念ですが、他に明かりを灯せるものは持っていません」
「……ああ、スマホも何故か電源が入らないしな」
一寸先すら見通せない闇の中、縦穴を前にしては身動きするだけでも危険だ。
困ったときには、とりあえず精霊頼み……だが。
「地の精霊に周りの状況を教えてもらえたりはしないか?」
「そこまでの意思疎通は無理そうです。風の精霊では?」
「僕も無理だな」
他には、水と火。
水についてはできそうなことを思いつかない。
火……燃焼……熱……温度……温度? 赤外線センサー!
「火の精霊に我は請う、熱を目に見せてくれ。赤外線、分かるかい?」
知らん。見えないのか? どうやって見せれば良いんだよ?とでも言われていそうな感覚。
こちらも上手く説明することができない。
ダメか……。良い考えだと思ったんだが……。
火の精霊ならば、もっと直接的に火を起こして松明にでもなってもらえたら話は早いのだが、空気が何よりも貴重な現状ではちょっと避けたいところ。
精霊術により起こされる火は、可燃物がなくても発生し、空中に留まってくれるのだが、一旦燃え上がった火は通常通りに周りの物を燃やし始める。
つまり、風の精霊にせっせと集めてもらっている酸素もたっぷり消費してしまうわけである。
正直に言えば、これはかなり怖い。できれば火を起こすのは最後の手段としておきたい。
心の隅には、火を恐れすぎではないかという気持ちもあるのだが、心配なものは心配なのだ。
二人で頭をひねり、水の精霊で微光を捉えられないか、火の精霊で光だけを発せられないか、風の精霊で超音波ソナーはできないか、地の精霊の地形操作で安全に移動できないかとあれこれ試していくが、少なくとも現状では実現不可能、すべて不発に終わってしまった。
どうやら手詰まりか?
時間が経ったことで目が暗闇に慣れてきて周りが見えるように……なんてことも起こらない。
「目が利くようにはなりそうにありませんね」
「おそらく無理だろうな。もう覚悟を決めて小さな火でも起こしてみるしかないか?」
「そうですね……換気を厳にしていただいて……」
勝手の分からない洞窟の中、真っ暗闇でいる状況は精神的にきついものがある。
いつまでもグズグズしていられるほど、余裕があるわけでもないしな。
火の精霊に頼むため口を開こうとする……が、そこでふっと微かな閃き。
先にいくつか呼びかけて無反応だったきり、なんとなく諦めてしまっていて、もう試すこともしていなかったが、まだ水・火・風・地とは別の精霊に頼む手も一応あるにはあるんだよな。
「いや、やっぱりもう少しだけ考えてみよう。他の精霊への呼びかけを試していなかった」
「でしたら、この場で真っ先に思いつくのは、明かりや暗がり……光と闇でしょうか」
「やってみよう……光の精霊に我は請う――」
お、手応えあり!?
「――辺りを照らし出せ!」
ごちゃごちゃ考えていたことが無駄に思えてしまうくらい、それはあっさりと成功する。
「周りの様子が見えてきましたよ、先生」
「ああ、安心した……が」
「はい、思っていたのとは大分違いましたね」
空中に電球的な発光体ができるとか、身体が閃光を発するとか、そんな想像をしていたのだが、起こったのは自分自身を含めた周囲の物体すべてが輪郭に沿ってぼんやり蛍光色で光るという、やや期待はずれの結果だった。
真っ暗闇に比べれば全然マシではあるが、行動するのにはまだ相当な不安が残る。
「でも光の精霊がいらっしゃることは明らかになりました」
「そうだな。君も何か思いつくことがあれば試してみてくれるか?」
「それでは闇を」
「……闇の精霊か、どう頼めば良いものか」
暗闇とは、言ってみれば光が当たらない状態を指しているにすぎず、どうにも概念的である。
元々、世界を包みこんでいる闇を、光の対極にある存在・エネルギーとして見ることは分かる。
宗教などにおいては、人の営みに不可欠な光を生命や正義の象徴と見なし、とかく闇には死や悪といったネガティブな要素を結び付けたりしがちだが、闇の精霊という存在をどのように受け止めれば良いのやら、僕の頭では上手く解釈しきれない。
「闇の精霊に我は請う、薄れてください」
随分と素直に行ったな。
だが、どうやらそれは正解だったようだ。
不自然極まりない感覚を覚えるが、彼女の請願の通り、見る見るうちに暗闇が薄まってゆき、あらかじめ光の精霊に頼んでいたのが功を奏し、入れ替わりに周囲の蛍光が濃さを増していく。
何と言えば伝わるだろうか。
物体だけを蛍光着色し、輪郭線を強調した白黒写真?
昔の軍隊などで使われた旧式の暗視スコープの映像がこんな風だったような覚えもある。
とまれ、これなら行動するのに支障はない。
「ふぅ……、一時はどうなることかと思ったが、なんとかなったかな」
「感覚的には慣れませんけれど、日中の屋内とさほど変わらないくらいになりましたね」
僕たちは目の前に空いた深さ二メートル半に届く急勾配の縦穴を慎重に下り、降り立った底で先ほど取り落としてしまった懐中電灯を発見する。
回収したそれは、幸いにも壊れてはおらず、無事、美須磨の手に返すことができた。
ああ、余談だが、ことの発端となったあやしい陰は、なんてことはない迫り出した石壁だった。
泰山鳴動して鼠一匹とは、まさにこのことだ。
その後、光と闇の精霊について多少の検証をし、松明や懐中電灯のように光を発生させたり、暗視装置のように闇を見通したりできるようにもなったが、最初にやったような蛍光と薄闇との組み合わせが最も見やすいという結論に至り、僕たちはその状態を維持しながら移動を再開する。
さて、間抜けな事故で思わぬ時間を食ってしまったが、先はあとどれくらいあるのやら。
「くっ、すまないっ!」
「いえ、今のは仕方ないかと。私も注意を怠ってしまっていました。それよりもどうしましょう。残念ですが、他に明かりを灯せるものは持っていません」
「……ああ、スマホも何故か電源が入らないしな」
一寸先すら見通せない闇の中、縦穴を前にしては身動きするだけでも危険だ。
困ったときには、とりあえず精霊頼み……だが。
「地の精霊に周りの状況を教えてもらえたりはしないか?」
「そこまでの意思疎通は無理そうです。風の精霊では?」
「僕も無理だな」
他には、水と火。
水についてはできそうなことを思いつかない。
火……燃焼……熱……温度……温度? 赤外線センサー!
「火の精霊に我は請う、熱を目に見せてくれ。赤外線、分かるかい?」
知らん。見えないのか? どうやって見せれば良いんだよ?とでも言われていそうな感覚。
こちらも上手く説明することができない。
ダメか……。良い考えだと思ったんだが……。
火の精霊ならば、もっと直接的に火を起こして松明にでもなってもらえたら話は早いのだが、空気が何よりも貴重な現状ではちょっと避けたいところ。
精霊術により起こされる火は、可燃物がなくても発生し、空中に留まってくれるのだが、一旦燃え上がった火は通常通りに周りの物を燃やし始める。
つまり、風の精霊にせっせと集めてもらっている酸素もたっぷり消費してしまうわけである。
正直に言えば、これはかなり怖い。できれば火を起こすのは最後の手段としておきたい。
心の隅には、火を恐れすぎではないかという気持ちもあるのだが、心配なものは心配なのだ。
二人で頭をひねり、水の精霊で微光を捉えられないか、火の精霊で光だけを発せられないか、風の精霊で超音波ソナーはできないか、地の精霊の地形操作で安全に移動できないかとあれこれ試していくが、少なくとも現状では実現不可能、すべて不発に終わってしまった。
どうやら手詰まりか?
時間が経ったことで目が暗闇に慣れてきて周りが見えるように……なんてことも起こらない。
「目が利くようにはなりそうにありませんね」
「おそらく無理だろうな。もう覚悟を決めて小さな火でも起こしてみるしかないか?」
「そうですね……換気を厳にしていただいて……」
勝手の分からない洞窟の中、真っ暗闇でいる状況は精神的にきついものがある。
いつまでもグズグズしていられるほど、余裕があるわけでもないしな。
火の精霊に頼むため口を開こうとする……が、そこでふっと微かな閃き。
先にいくつか呼びかけて無反応だったきり、なんとなく諦めてしまっていて、もう試すこともしていなかったが、まだ水・火・風・地とは別の精霊に頼む手も一応あるにはあるんだよな。
「いや、やっぱりもう少しだけ考えてみよう。他の精霊への呼びかけを試していなかった」
「でしたら、この場で真っ先に思いつくのは、明かりや暗がり……光と闇でしょうか」
「やってみよう……光の精霊に我は請う――」
お、手応えあり!?
「――辺りを照らし出せ!」
ごちゃごちゃ考えていたことが無駄に思えてしまうくらい、それはあっさりと成功する。
「周りの様子が見えてきましたよ、先生」
「ああ、安心した……が」
「はい、思っていたのとは大分違いましたね」
空中に電球的な発光体ができるとか、身体が閃光を発するとか、そんな想像をしていたのだが、起こったのは自分自身を含めた周囲の物体すべてが輪郭に沿ってぼんやり蛍光色で光るという、やや期待はずれの結果だった。
真っ暗闇に比べれば全然マシではあるが、行動するのにはまだ相当な不安が残る。
「でも光の精霊がいらっしゃることは明らかになりました」
「そうだな。君も何か思いつくことがあれば試してみてくれるか?」
「それでは闇を」
「……闇の精霊か、どう頼めば良いものか」
暗闇とは、言ってみれば光が当たらない状態を指しているにすぎず、どうにも概念的である。
元々、世界を包みこんでいる闇を、光の対極にある存在・エネルギーとして見ることは分かる。
宗教などにおいては、人の営みに不可欠な光を生命や正義の象徴と見なし、とかく闇には死や悪といったネガティブな要素を結び付けたりしがちだが、闇の精霊という存在をどのように受け止めれば良いのやら、僕の頭では上手く解釈しきれない。
「闇の精霊に我は請う、薄れてください」
随分と素直に行ったな。
だが、どうやらそれは正解だったようだ。
不自然極まりない感覚を覚えるが、彼女の請願の通り、見る見るうちに暗闇が薄まってゆき、あらかじめ光の精霊に頼んでいたのが功を奏し、入れ替わりに周囲の蛍光が濃さを増していく。
何と言えば伝わるだろうか。
物体だけを蛍光着色し、輪郭線を強調した白黒写真?
昔の軍隊などで使われた旧式の暗視スコープの映像がこんな風だったような覚えもある。
とまれ、これなら行動するのに支障はない。
「ふぅ……、一時はどうなることかと思ったが、なんとかなったかな」
「感覚的には慣れませんけれど、日中の屋内とさほど変わらないくらいになりましたね」
僕たちは目の前に空いた深さ二メートル半に届く急勾配の縦穴を慎重に下り、降り立った底で先ほど取り落としてしまった懐中電灯を発見する。
回収したそれは、幸いにも壊れてはおらず、無事、美須磨の手に返すことができた。
ああ、余談だが、ことの発端となったあやしい陰は、なんてことはない迫り出した石壁だった。
泰山鳴動して鼠一匹とは、まさにこのことだ。
その後、光と闇の精霊について多少の検証をし、松明や懐中電灯のように光を発生させたり、暗視装置のように闇を見通したりできるようにもなったが、最初にやったような蛍光と薄闇との組み合わせが最も見やすいという結論に至り、僕たちはその状態を維持しながら移動を再開する。
さて、間抜けな事故で思わぬ時間を食ってしまったが、先はあとどれくらいあるのやら。
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