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第一部: 終わりと始まりの日 - 第二章: 異世界の絶壁にて
第六話: 洞窟の奥、間抜けな事故
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洞窟の中はまるでどこかの部屋へと続く通路といった雰囲気だった。
縦幅は、普通に立ったまま歩ける程度の余裕はあるが、飛び跳ねたり手を振り上げたりすれば天井にぶつかってしまうくらい。
横幅は、二人肩を並べて歩く余裕はあるが、互いに手を広げると壁にぶつけてしまうくらい。
足場はごつごつとした岩であるが、多少波打っている程度で比較的凹凸はささやか、酷く湿り、かつ勾配のややきつい下り坂にしては、歩くのにさしたる支障はない。
どうやら鍾乳洞ではないらしく、美須磨の手にあるLED懐中電灯で照らし出される光景に、鍾乳石や石筍の類はまったく見られなかった。
自然に出来たものだとは思うが、洞窟と言うよりは坑道といったイメージが近いだろうか。
それはさておき。
「奇妙だな」
「どうかされましたか?」
「うん、なんだかこの洞窟の中、気温と気圧が外よりも随分と高いみたいだ」
「それは、精霊たちにお願いして維持していただいているからではなくてですか?」
「精霊には心持ち控えめにしてもらっても良いような、上手く言えないが……。そうだ、ほら、足下を見てごらん。元より凍っていた様子もなく岩の隙間まで濡れているだろう?」
「はい」
「もしかすると、この山は火山なのかも知れないな。浅い地点にマグマが溜まっているとか……」
このサバイバルにおいて、環境維持が精霊頼みという点は割りと不安定要素になっている。
気まぐれで効果が不安定な精霊の御業を頼るしかない現状に一抹の不安もないとは言い難いし、一方でその唯一の命綱である精霊術はいつでも万全に使える状態にしておきたいところでもある。
火と風の精霊たちに一つの仕事だけ掛かりっきりにせず済むのなら精神衛生上とても助かる。
「あちこちの小さな岩の裂け目から空気が出入りしてはいるようなんだが、それでどうして……」
「考えてみればいろいろと不思議ですね」
「密閉されていた空間だからなのか……うーん、まぁ、ともかく、場合によっては拠点はここに作るのもアリかも知れない」
まぁ、この場で理屈を考えても仕方ない。
この先、地底生活をする可能性が出てきたということだけ考慮に入れておくとしよう。
ちょっとした広間、すぐに一方が行き止まりとなる雑な分岐点、数十センチから数メートルの深さで上下に伸びるいくつかの縦穴……などを通り過ぎながら洞窟を進んでいく。
特に危険もなく気が緩んでいたのだろう。
そんな中で一つの事故が起きた。
「とうとう行き止まりに突き当たったか」
ここまで、足場や周囲を警戒しながら進んできたために、結構な時間が掛かっていた。
距離的には大したことはなく、結果的に一本道だったので、帰途に不安がないのは救いだ。
しかし、特にこれといった収穫はなく、緊張だけを強いられる洞窟探検に気が滅入る。
当然ながら、ここが終点ということはないのだろうし。
「美須磨、頼む」
「はい、此処で間違いないようです。地の精霊に我は請う――」
例によって岩壁にぽっかり四角い穴が空く。
だが、先ほどとは些か規模が異なり、次の空間と合流するまでにくり抜かれた岩盤がやや多く、距離にして二メートル半はある。
また、横穴だった前回と違い、ほとんど縦穴と呼べるほどの急勾配で階段状になっていた。
「また空気を入れ換えるから下がっていてくれ」
と、美須磨に声を掛けて空気の入れ換えを実行。
待つこと暫し、やはり気圧と気温については問題なさそうである。
「おや、あれはなんだろう? ちょっと照らしてみてくれるか」
「何処でしょう。天井の辺りですか?」
その場で洞窟奥を眺めていると、気のせいか、横合いから伸びる陰がチラっと視界を掠めた。
懐中電灯で照らしてもらおうとするが、なかなか思った地点を伝えられない。
「もう少し下の向こうの方なんだが、ちょっとライトを借りて良いかな?」
「はい、どうぞ――、あ!?」
「ん!?」
うっかり、手渡された懐中電灯を掴み損ね、指で弾くようにして取り落としてしまう。
厚い手袋をしていたせいで感覚が狂った……いや、そうじゃない。なんて愚かなんだ、僕は。こんな足場の悪い真っ暗闇で最も大切なのは明かりだというのに、その認識を決定的に欠かし、取り扱いをぞんざいにしすぎていた。
美須磨は懐中電灯に付いたチェーンを常に手首に引っかけ、落とさないように注意していたが、対する僕は『ちょっと貸してくれ』などと軽い気持ちで言い放ち、さして気を付けることもなく、無造作にそんな命綱に等しき物品を受け取ろうとしてしまった。
間抜けな事故が起こるのも必然と言える。
そして、このような必然的なミスには最悪が重なる。
地面に落ちた懐中電灯は小さくバウンドした後、目の前の縦穴を転がり落ちていく。
更に、スイッチが押されたのか、壊れてしまったのか、途中でふっと灯りを消失させる。
残されたのは、完全なまでの暗闇だった。
縦幅は、普通に立ったまま歩ける程度の余裕はあるが、飛び跳ねたり手を振り上げたりすれば天井にぶつかってしまうくらい。
横幅は、二人肩を並べて歩く余裕はあるが、互いに手を広げると壁にぶつけてしまうくらい。
足場はごつごつとした岩であるが、多少波打っている程度で比較的凹凸はささやか、酷く湿り、かつ勾配のややきつい下り坂にしては、歩くのにさしたる支障はない。
どうやら鍾乳洞ではないらしく、美須磨の手にあるLED懐中電灯で照らし出される光景に、鍾乳石や石筍の類はまったく見られなかった。
自然に出来たものだとは思うが、洞窟と言うよりは坑道といったイメージが近いだろうか。
それはさておき。
「奇妙だな」
「どうかされましたか?」
「うん、なんだかこの洞窟の中、気温と気圧が外よりも随分と高いみたいだ」
「それは、精霊たちにお願いして維持していただいているからではなくてですか?」
「精霊には心持ち控えめにしてもらっても良いような、上手く言えないが……。そうだ、ほら、足下を見てごらん。元より凍っていた様子もなく岩の隙間まで濡れているだろう?」
「はい」
「もしかすると、この山は火山なのかも知れないな。浅い地点にマグマが溜まっているとか……」
このサバイバルにおいて、環境維持が精霊頼みという点は割りと不安定要素になっている。
気まぐれで効果が不安定な精霊の御業を頼るしかない現状に一抹の不安もないとは言い難いし、一方でその唯一の命綱である精霊術はいつでも万全に使える状態にしておきたいところでもある。
火と風の精霊たちに一つの仕事だけ掛かりっきりにせず済むのなら精神衛生上とても助かる。
「あちこちの小さな岩の裂け目から空気が出入りしてはいるようなんだが、それでどうして……」
「考えてみればいろいろと不思議ですね」
「密閉されていた空間だからなのか……うーん、まぁ、ともかく、場合によっては拠点はここに作るのもアリかも知れない」
まぁ、この場で理屈を考えても仕方ない。
この先、地底生活をする可能性が出てきたということだけ考慮に入れておくとしよう。
ちょっとした広間、すぐに一方が行き止まりとなる雑な分岐点、数十センチから数メートルの深さで上下に伸びるいくつかの縦穴……などを通り過ぎながら洞窟を進んでいく。
特に危険もなく気が緩んでいたのだろう。
そんな中で一つの事故が起きた。
「とうとう行き止まりに突き当たったか」
ここまで、足場や周囲を警戒しながら進んできたために、結構な時間が掛かっていた。
距離的には大したことはなく、結果的に一本道だったので、帰途に不安がないのは救いだ。
しかし、特にこれといった収穫はなく、緊張だけを強いられる洞窟探検に気が滅入る。
当然ながら、ここが終点ということはないのだろうし。
「美須磨、頼む」
「はい、此処で間違いないようです。地の精霊に我は請う――」
例によって岩壁にぽっかり四角い穴が空く。
だが、先ほどとは些か規模が異なり、次の空間と合流するまでにくり抜かれた岩盤がやや多く、距離にして二メートル半はある。
また、横穴だった前回と違い、ほとんど縦穴と呼べるほどの急勾配で階段状になっていた。
「また空気を入れ換えるから下がっていてくれ」
と、美須磨に声を掛けて空気の入れ換えを実行。
待つこと暫し、やはり気圧と気温については問題なさそうである。
「おや、あれはなんだろう? ちょっと照らしてみてくれるか」
「何処でしょう。天井の辺りですか?」
その場で洞窟奥を眺めていると、気のせいか、横合いから伸びる陰がチラっと視界を掠めた。
懐中電灯で照らしてもらおうとするが、なかなか思った地点を伝えられない。
「もう少し下の向こうの方なんだが、ちょっとライトを借りて良いかな?」
「はい、どうぞ――、あ!?」
「ん!?」
うっかり、手渡された懐中電灯を掴み損ね、指で弾くようにして取り落としてしまう。
厚い手袋をしていたせいで感覚が狂った……いや、そうじゃない。なんて愚かなんだ、僕は。こんな足場の悪い真っ暗闇で最も大切なのは明かりだというのに、その認識を決定的に欠かし、取り扱いをぞんざいにしすぎていた。
美須磨は懐中電灯に付いたチェーンを常に手首に引っかけ、落とさないように注意していたが、対する僕は『ちょっと貸してくれ』などと軽い気持ちで言い放ち、さして気を付けることもなく、無造作にそんな命綱に等しき物品を受け取ろうとしてしまった。
間抜けな事故が起こるのも必然と言える。
そして、このような必然的なミスには最悪が重なる。
地面に落ちた懐中電灯は小さくバウンドした後、目の前の縦穴を転がり落ちていく。
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残されたのは、完全なまでの暗闇だった。
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