異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
25 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 第二章: 異世界の絶壁にて

第六話: 洞窟の奥、間抜けな事故

しおりを挟む
 洞窟の中はまるでどこかの部屋へと続く通路といった雰囲気だった。
 縦幅は、普通に立ったまま歩ける程度の余裕はあるが、飛び跳ねたり手を振り上げたりすれば天井にぶつかってしまうくらい。
 横幅は、二人肩を並べて歩く余裕はあるが、互いに手を広げると壁にぶつけてしまうくらい。
 足場はごつごつとした岩であるが、多少波打っている程度で比較的凹凸おうとつはささやか、酷く湿しめり、かつ勾配こうばいのややきつい下り坂にしては、歩くのにさしたる支障はない。

 どうやら鍾乳洞しょうにゅうどうではないらしく、美須磨みすまの手にあるLED懐中電灯ライトで照らし出される光景に、鍾乳石しょうにゅうせき石筍せきじゅんたぐいはまったく見られなかった。
 自然に出来たものだとは思うが、洞窟と言うよりは坑道といったイメージが近いだろうか。

 それはさておき。

「奇妙だな」
「どうかされましたか?」
「うん、なんだかこの洞窟の中、気温と気圧が外よりも随分ずいぶんと高いみたいだ」
「それは、精霊たちにお願いして維持していただいているからではなくてですか?」
「精霊には心持ち控えめにしてもらっても良いような、上手く言えないが……。そうだ、ほら、足下あしもとを見てごらん。元より凍っていた様子もなく岩の隙間まで濡れているだろう?」
「はい」
「もしかすると、この山は火山なのかも知れないな。浅い地点にマグマが溜まっているとか……」

 このサバイバルにおいて、環境維持が精霊頼みという点は割りと不安定要素になっている。
 気まぐれで効果が不安定な精霊の御業みわざを頼るしかない現状に一抹いちまつの不安もないとは言い難いし、一方でその唯一の命綱である精霊術はいつでも万全ばんぜんに使える状態にしておきたいところでもある。
 火と風の精霊たちに一つの仕事だけ掛かりっきりにせず済むのなら精神衛生上とても助かる。

「あちこちの小さな岩の裂け目から空気が出入りしてはいるようなんだが、それでどうして……」
「考えてみればいろいろと不思議ですね」
「密閉されていた空間だからなのか……うーん、まぁ、ともかく、場合によっては拠点はここに作るのもアリかも知れない」

 まぁ、この場で理屈を考えても仕方ない。
 この先、地底生活をする可能性が出てきたということだけ考慮に入れておくとしよう。

 ちょっとした広間、すぐに一方が行き止まりとなる雑な分岐点、数十センチから数メートルの深さで上下に伸びるいくつかの縦穴……などを通り過ぎながら洞窟を進んでいく。

 特に危険もなく気が緩んでいたのだろう。
 そんな中で一つの事故が起きた。


「とうとう行き止まりに突き当たったか」

 ここまで、足場や周囲を警戒しながら進んできたために、結構な時間が掛かっていた。
 距離的には大したことはなく、結果的に一本道だったので、帰途に不安がないのは救いだ。
 しかし、特にこれといった収穫はなく、緊張だけを強いられる洞窟探検に気が滅入めいる。
 当然ながら、ここが終点ということはないのだろうし。

美須磨みすま、頼む」
「はい、此処ここで間違いないようです。地の精霊に我は請うデザイアアース――」

 例によって岩壁にぽっかり四角い穴が空く。
 だが、先ほどとはいささか規模が異なり、次の空間と合流するまでにくり抜かれた岩盤がやや多く、距離にして二メートル半はある。
 また、横穴だった前回と違い、ほとんど縦穴と呼べるほどの急勾配きゅうこうばいで階段状になっていた。

「また空気を入れ換えるから下がっていてくれ」

 と、美須磨に声を掛けて空気の入れ換えを実行。
 待つことしばし、やはり気圧と気温については問題なさそうである。

「おや、あれはなんだろう? ちょっと照らしてみてくれるか」
何処どこでしょう。天井の辺りですか?」

 その場で洞窟奥を眺めていると、気のせいか、横合いから伸びるかげチラっヽヽヽと視界をかすめた。
 懐中電灯ライトで照らしてもらおうとするが、なかなか思った地点を伝えられない。

「もう少し下の向こうの方なんだが、ちょっとライトを借りて良いかな?」
「はい、どうぞ――、あ!?」
「ん!?」

 うっかり、手渡された懐中電灯ライトつかみ損ね、指で弾くようにして取り落としてしまう。
 厚い手袋をしていたせいで感覚が狂った……いや、そうじゃない。なんて愚かなんだ、僕は。こんな足場の悪い真っ暗闇で最も大切なのは明かりだというのに、その認識を決定的に欠かし、取り扱いをぞんざいにしすぎていた。
 美須磨みすま懐中電灯ライトに付いたチェーンを常に手首に引っかけ、落とさないように注意していたが、対する僕は『ちょっと貸してくれ』などと軽い気持ちで言い放ち、さして気を付けることもなく、無造作にそんな命綱ライフラインに等しき物品を受け取ろうとしてしまった。
 間抜けな事故ケアレスミスが起こるのも必然と言える。

 そして、このような必然的なミスには最悪が重なる。

 地面に落ちた懐中電灯は小さくバウンドした後、目の前の縦穴を転がり落ちていく。
 更に、スイッチが押されたのか、壊れてしまったのか、途中でふっヽヽと灯りを消失させる。
 残されたのは、完全なまでの暗闇だった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

〖完結〗旦那様には本命がいるようですので、復讐してからお別れします。

藍川みいな
恋愛
憧れのセイバン・スコフィールド侯爵に嫁いだ伯爵令嬢のレイチェルは、良い妻になろうと努力していた。 だがセイバンには結婚前から付き合っていた女性がいて、レイチェルとの結婚はお金の為だった。 レイチェルには指一本触れることもなく、愛人の家に入り浸るセイバンと離縁を決意したレイチェルだったが、愛人からお金が必要だから離縁はしないでと言われる。 レイチェルは身勝手な愛人とセイバンに、反撃を開始するのだった。 設定はゆるゆるです。 本編10話で完結になります。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...