異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス

文字の大きさ
上 下
23 / 227
第一部: 終わりと始まりの日 - 第二章: 異世界の絶壁にて

第四話: 二人の精霊術

しおりを挟む
 美須磨みすま請願せいがんに応じ、地の精霊?が造ってくれた階段は、見た目通りにしっかりとしており、一段一段が縦横に幅広く程よい段差、弱った身体であっても登りやすい。
 さして時間もかからず洞穴の入り口に辿り着くことができた、が。

『ぐぅっ、獣臭い!!』

 二人で肩を組みながら通れるほどの広さがある入り口を抜けた途端、自慢の丸い団子鼻でさえ曲がりそうな臭気が襲ってくる。
 ここは、やはり表で死んでいる巨大グマの巣穴だったようだ。
 内部の広さはちょうど六畳間くらいだろうか。特に目立つ物が無い、がらんとした岩屋である。
 貯め込まれた餌、食べ残し、まとまった抜け毛、糞尿ふんにょうといった汚物があるかと覚悟していたが、パッと見では目に付かない。だが、長期にわたって野生動物が籠もっていた空間だけのことはある。こびりついたにおいは筆舌ひつぜつに尽くしがたい凄まじさだ。
 もし平時であったら即座に外へ飛び出していっているところなのだが……。

 入り口が広いため、風は入り込んでくるものの、外の吹きっさらしに比べれば寒さは段違い。
 少なくとも、雪が吹き込んでこないだけでもまるで違うだろう。
 現状の僕たちにとっては、こんなであっても他に望むべくもない優良物件と言える。

「せめて、掃除くらいは……しておかないと、病気になりそう……だけどな」
「……精霊に……はぁはぁ」
「ああ、そうか。何かに頼めば――」

 この場合はどんなものに頼めば良いだろう? 汚れ? 空気? におい?

悪臭に我は請うデザイアスメル、消えてくれ!」

 ピクリとも反応しないな。恥ずかしさがこみ上げてくる。なんなの、もう……。

風に我は請うデザイアウィンド……、空気を……入れ換えて……」

 小さな旋風つむじかぜが起こり、ゆるやかに空気が流れていったように感じられる。
 おお、何故か美須磨の声には反応するんだな。
 先刻の石段のような吃驚仰天びっくりぎょうてん現象こそ発生しなかったものの、まったく効果を発揮しない僕の言葉とは違い、何らかの反応が見られる。
 僕と彼女の才能の違いと言われればそれまでだが、いくらなんでもまったく無反応というのはおかしい気がしてきてしまう。

 うーん、さっき僕は何と言ったんだったか。岩壁ロック……手応えだけはあった。悪臭スメル……無反応。
 ならば美須磨みすまは何と言っていた? 地面アース……吃驚仰天現象イリュージョンウィンド……微風そよかぜが起きた。
 もっと広義に呼びかけるのか? 具体的な願いを込めて?

『――水でも火でも空気でも地面でもお願いすれば自由に操ることができるんです。――』

大気に我は請うデザイアエアー、この岩屋の中と外の空気を入れ換えてくれ」

――ビュウォオオオッ! 突如として、洞窟の中に凄まじいまでの旋風が吹き荒れる!

 今度の反応はあまりにも劇的だった。
 その勢いは僕たちの身体をわずかに浮かせ、数歩ばかり動かしてしまうほど。
 濃いにおいと共に洞窟内部の空気が追い出され、外部から清浄な空気が流れ込む。

 できた! 危機的状況にもかかわらず、感動でなにやらワクワクとしてきてしまう。
 なるほど、こんな風に呼びかければ良かったのか……いや、待て! これなら、もしかすると!

大気に我は請うデザイアエアー、この岩屋の中に空気を集めてくれ!」

 よし、空気が流れ込んでくる。……が、これはただの風だな。何となく戸惑っているような?
 命令が少し分かりにくかったか? それに、何か、もっと……精霊術……精霊か……。

風の精霊に我は請うデザイアエアー、大気よ、吹き込め! そして留まれ、濃く、重く……二倍くらい?」

 通じるか?と思いつつ口に発してみれば、どうにか理解してくれたのか、外から風が緩やかに流れ込んできて、そのまま出ていくことなく留まってくれている。上手くいきそうだ。
 それから、これもやっておかなければならない。

熱に我は請うデザイアヒート……じゃない。火の精霊に我は請うデザイアファイア、この岩屋の中を温めてくれ」

 この願いは期待通りの効果を発揮した。
 僕自身の身体からだが発する熱が徐々に岩屋全体へ広がっていくような感覚を経て、アウトドア用のダウンジャケットに防護されてなおこごえんばかりだった気温が体感できる速度で上昇していく。
 と言っても、僕の中にある何らかのエネルギーが使われた様子もなく、熱量保存の法則はどうなっているのかと頭を抱えたくなるが、恩恵を享受きょうじゅしている身で非難などできようはずもない。

 プラシーボかも知れないが、早くも体調が楽になってきた気さえしてくる。

「あとは……またにおいが籠もってきてしまいそうだが、とりあえず入り口をせばめておこうか?」

 そう言えば、先ほどから美須磨みすまの声がしないな……まさかっ!?

 慌ててその姿を捜せば、岩肌剥き出しの床の壁際に広めのレジャー用ビニールシートを敷き、いつの間に預かっていたのを返したのだったか、ショルダーバッグを枕にし、毛布に身をくるんで穏やかな表情で眠る彼女が目に入った。

 ……うん、そうだな。疲れたもんな。僕もやることだけやったら一旦休むとしよう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王太子殿下が欲しいのなら、どうぞどうぞ。

基本二度寝
恋愛
貴族が集まる舞踏会。 王太子の側に侍る妹。 あの子、何をしでかすのかしら。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

処理中です...