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第一部: 終わりと始まりの日 - 第二章: 異世界の絶壁にて
第四話: 二人の精霊術
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美須磨の請願に応じ、地の精霊?が造ってくれた階段は、見た目通りにしっかりとしており、一段一段が縦横に幅広く程よい段差、弱った身体であっても登りやすい。
さして時間もかからず洞穴の入り口に辿り着くことができた、が。
『ぐぅっ、獣臭い!!』
二人で肩を組みながら通れるほどの広さがある入り口を抜けた途端、自慢の丸い団子鼻でさえ曲がりそうな臭気が襲ってくる。
ここは、やはり表で死んでいる巨大グマの巣穴だったようだ。
内部の広さはちょうど六畳間くらいだろうか。特に目立つ物が無い、がらんとした岩屋である。
貯め込まれた餌、食べ残し、まとまった抜け毛、糞尿といった汚物があるかと覚悟していたが、パッと見では目に付かない。だが、長期に亘って野生動物が籠もっていた空間だけのことはある。こびりついた臭いは筆舌に尽くしがたい凄まじさだ。
もし平時であったら即座に外へ飛び出していっているところなのだが……。
入り口が広いため、風は入り込んでくるものの、外の吹きっさらしに比べれば寒さは段違い。
少なくとも、雪が吹き込んでこないだけでもまるで違うだろう。
現状の僕たちにとっては、こんなであっても他に望むべくもない優良物件と言える。
「せめて、掃除くらいは……しておかないと、病気になりそう……だけどな」
「……精霊に……はぁはぁ」
「ああ、そうか。何かに頼めば――」
この場合はどんなものに頼めば良いだろう? 汚れ? 空気? 臭い?
「悪臭に我は請う、消えてくれ!」
ピクリとも反応しないな。恥ずかしさがこみ上げてくる。なんなの、もう……。
「風に我は請う……、空気を……入れ換えて……」
小さな旋風が起こり、ゆるやかに空気が流れていったように感じられる。
おお、何故か美須磨の声には反応するんだな。
先刻の石段のような吃驚仰天現象こそ発生しなかったものの、まったく効果を発揮しない僕の言葉とは違い、何らかの反応が見られる。
僕と彼女の才能の違いと言われればそれまでだが、いくらなんでもまったく無反応というのはおかしい気がしてきてしまう。
うーん、さっき僕は何と言ったんだったか。岩壁……手応えだけはあった。悪臭……無反応。
ならば美須磨は何と言っていた? 地面……吃驚仰天現象。風……微風が起きた。
もっと広義に呼びかけるのか? 具体的な願いを込めて?
『――水でも火でも空気でも地面でもお願いすれば自由に操ることができるんです。――』
「大気に我は請う、この岩屋の中と外の空気を入れ換えてくれ」
――ビュウォオオオッ! 突如として、洞窟の中に凄まじいまでの旋風が吹き荒れる!
今度の反応はあまりにも劇的だった。
その勢いは僕たちの身体を僅かに浮かせ、数歩ばかり動かしてしまうほど。
濃い臭いと共に洞窟内部の空気が追い出され、外部から清浄な空気が流れ込む。
できた! 危機的状況にも拘わらず、感動でなにやらワクワクとしてきてしまう。
なるほど、こんな風に呼びかければ良かったのか……いや、待て! これなら、もしかすると!
「大気に我は請う、この岩屋の中に空気を集めてくれ!」
よし、空気が流れ込んでくる。……が、これはただの風だな。何となく戸惑っているような?
命令が少し分かりにくかったか? それに、何か、もっと……精霊術……精霊か……。
「風の精霊に我は請う、大気よ、吹き込め! そして留まれ、濃く、重く……二倍くらい?」
通じるか?と思いつつ口に発してみれば、どうにか理解してくれたのか、外から風が緩やかに流れ込んできて、そのまま出ていくことなく留まってくれている。上手くいきそうだ。
それから、これもやっておかなければならない。
「熱に我は請う……じゃない。火の精霊に我は請う、この岩屋の中を温めてくれ」
この願いは期待通りの効果を発揮した。
僕自身の身体が発する熱が徐々に岩屋全体へ広がっていくような感覚を経て、アウトドア用のダウンジャケットに防護されてなお凍えんばかりだった気温が体感できる速度で上昇していく。
と言っても、僕の中にある何らかのエネルギーが使われた様子もなく、熱量保存の法則はどうなっているのかと頭を抱えたくなるが、恩恵を享受している身で非難などできようはずもない。
プラシーボかも知れないが、早くも体調が楽になってきた気さえしてくる。
「あとは……また臭いが籠もってきてしまいそうだが、とりあえず入り口を狭めておこうか?」
そう言えば、先ほどから美須磨の声がしないな……まさかっ!?
慌ててその姿を捜せば、岩肌剥き出しの床の壁際に広めのレジャー用ビニールシートを敷き、いつの間に預かっていたのを返したのだったか、ショルダーバッグを枕にし、毛布に身を包んで穏やかな表情で眠る彼女が目に入った。
……うん、そうだな。疲れたもんな。僕もやることだけやったら一旦休むとしよう。
さして時間もかからず洞穴の入り口に辿り着くことができた、が。
『ぐぅっ、獣臭い!!』
二人で肩を組みながら通れるほどの広さがある入り口を抜けた途端、自慢の丸い団子鼻でさえ曲がりそうな臭気が襲ってくる。
ここは、やはり表で死んでいる巨大グマの巣穴だったようだ。
内部の広さはちょうど六畳間くらいだろうか。特に目立つ物が無い、がらんとした岩屋である。
貯め込まれた餌、食べ残し、まとまった抜け毛、糞尿といった汚物があるかと覚悟していたが、パッと見では目に付かない。だが、長期に亘って野生動物が籠もっていた空間だけのことはある。こびりついた臭いは筆舌に尽くしがたい凄まじさだ。
もし平時であったら即座に外へ飛び出していっているところなのだが……。
入り口が広いため、風は入り込んでくるものの、外の吹きっさらしに比べれば寒さは段違い。
少なくとも、雪が吹き込んでこないだけでもまるで違うだろう。
現状の僕たちにとっては、こんなであっても他に望むべくもない優良物件と言える。
「せめて、掃除くらいは……しておかないと、病気になりそう……だけどな」
「……精霊に……はぁはぁ」
「ああ、そうか。何かに頼めば――」
この場合はどんなものに頼めば良いだろう? 汚れ? 空気? 臭い?
「悪臭に我は請う、消えてくれ!」
ピクリとも反応しないな。恥ずかしさがこみ上げてくる。なんなの、もう……。
「風に我は請う……、空気を……入れ換えて……」
小さな旋風が起こり、ゆるやかに空気が流れていったように感じられる。
おお、何故か美須磨の声には反応するんだな。
先刻の石段のような吃驚仰天現象こそ発生しなかったものの、まったく効果を発揮しない僕の言葉とは違い、何らかの反応が見られる。
僕と彼女の才能の違いと言われればそれまでだが、いくらなんでもまったく無反応というのはおかしい気がしてきてしまう。
うーん、さっき僕は何と言ったんだったか。岩壁……手応えだけはあった。悪臭……無反応。
ならば美須磨は何と言っていた? 地面……吃驚仰天現象。風……微風が起きた。
もっと広義に呼びかけるのか? 具体的な願いを込めて?
『――水でも火でも空気でも地面でもお願いすれば自由に操ることができるんです。――』
「大気に我は請う、この岩屋の中と外の空気を入れ換えてくれ」
――ビュウォオオオッ! 突如として、洞窟の中に凄まじいまでの旋風が吹き荒れる!
今度の反応はあまりにも劇的だった。
その勢いは僕たちの身体を僅かに浮かせ、数歩ばかり動かしてしまうほど。
濃い臭いと共に洞窟内部の空気が追い出され、外部から清浄な空気が流れ込む。
できた! 危機的状況にも拘わらず、感動でなにやらワクワクとしてきてしまう。
なるほど、こんな風に呼びかければ良かったのか……いや、待て! これなら、もしかすると!
「大気に我は請う、この岩屋の中に空気を集めてくれ!」
よし、空気が流れ込んでくる。……が、これはただの風だな。何となく戸惑っているような?
命令が少し分かりにくかったか? それに、何か、もっと……精霊術……精霊か……。
「風の精霊に我は請う、大気よ、吹き込め! そして留まれ、濃く、重く……二倍くらい?」
通じるか?と思いつつ口に発してみれば、どうにか理解してくれたのか、外から風が緩やかに流れ込んできて、そのまま出ていくことなく留まってくれている。上手くいきそうだ。
それから、これもやっておかなければならない。
「熱に我は請う……じゃない。火の精霊に我は請う、この岩屋の中を温めてくれ」
この願いは期待通りの効果を発揮した。
僕自身の身体が発する熱が徐々に岩屋全体へ広がっていくような感覚を経て、アウトドア用のダウンジャケットに防護されてなお凍えんばかりだった気温が体感できる速度で上昇していく。
と言っても、僕の中にある何らかのエネルギーが使われた様子もなく、熱量保存の法則はどうなっているのかと頭を抱えたくなるが、恩恵を享受している身で非難などできようはずもない。
プラシーボかも知れないが、早くも体調が楽になってきた気さえしてくる。
「あとは……また臭いが籠もってきてしまいそうだが、とりあえず入り口を狭めておこうか?」
そう言えば、先ほどから美須磨の声がしないな……まさかっ!?
慌ててその姿を捜せば、岩肌剥き出しの床の壁際に広めのレジャー用ビニールシートを敷き、いつの間に預かっていたのを返したのだったか、ショルダーバッグを枕にし、毛布に身を包んで穏やかな表情で眠る彼女が目に入った。
……うん、そうだな。疲れたもんな。僕もやることだけやったら一旦休むとしよう。
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