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第一部: 終わりと始まりの日 - 第二章: 異世界の絶壁にて
第三話: 寝覚めと覚醒
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岩壁のやや高い位置にある洞穴の目にした僕は、昂奮のあまり、駆け出そうとするも、流石に身体が付いてこない。
一歩二歩と急いて足を進めただけで息を吐いてしまう。
――とさっ……。
その物音に後顧すれば、何があったか美須磨が雪面に倒れ込んでいた。
「美須磨!」
呼吸も忘れ、慌てて傍へと駆け寄る。
抱き起こそうとして跪くと、彼女は「すみません。平気です」と言って自分で身を起こした。
しかし、普段は輝かんばかりの顔色を暗い色彩に染め、激しく呼吸のペースを速めた様子は、とても平気そうには見えない。
「……はぁはぁ……すみませ……はぁ、はぁ……はぁはぁはぁはぁ……ぃき、です……」
「無理に喋るな。ひぃ、ふぅ……悪い、少し我慢していてくれ」
僕は、ショルダーバッグを拾い上げて自分の肩に掛けた後、彼女の腕を取り、もう一方の肩を貸しながら立ち上がらせる。
そのまま歩き出すも、相変わらず二人の歩みは嫌になるほど遅い。
目に見える場所までの、一〇〇メートルそこらの距離を進むのに何分も掛かってしまった。
よろよろとしながら、ようやく洞穴の下――雪の小山に辿り着き、それを迂回しながら岩壁の側へと近付いていく。
すると、目の前にぬぅっと漆黒の毛むくじゃらが現れる。
「うわっ……! な、なんだ?」
美須磨に肩を貸していなかったら、思わず飛び退いて尻餅を突いてしまっていたかも知れない。そう確信してしまうほどの大迫力。
こんなに間近で見るのは初めての――いや、おそらく地球に棲息する種ではありえないほどの大きさではなかろうか、これまで見たこともないほど巨大な体長三メートル超の黒いクマだった。
だが、それはピクリとも動かず、胸辺りから後ろを雪の小山に埋もれさせ、頭部からは大量の血を流している。と言うか、激しい凍気により身体も血も既にほとんど凍りついている。
死後間もない? 運悪く先ほどの落石でやられた後、雪崩に埋まったのだろうか?
どう見ても既に死んでいた。
気にはなることは多々あるが、ひとまず今は関係ない。
目を逸らさぬまま恐る恐る距離を取り、改めて岩壁の方へ向かい、洞穴の真下に辿り着く。
近くで見てみればなかなか大きな穴のようだ。
もしかすると、あのクマの巣穴だったのかも知れない。
中にまだ番いや子どもがいたりしたら困る。まぁ、気配はないようだが一応注意しておこう。
それはそうと、洞穴は思ったよりも高い位置にあった。
あのシャッター街の路地裏、美須磨と協力して乗り越えた塀と同じか、やや低いくらいだな。およそ三メートル弱といったところか。
だが……。
すぐ傍にある美須磨の顔色を窺う。
お互い、あのときのような動きは流石に期待できない。
いや、あの塀と違ってこの岩壁には多少の凹凸があるし、体調的には厳しいが登れないこともないだろう。
「……もう一踏ん張り……だ。ふぅ、ふぅ……行けるかい?」
「……はぁはぁ……はい、どうにか……はぁ、はぁ、はぁ……」
「お互い……引っ張り上げる、のは……無理だ……はっ、はっ、はっ……。それぞれで、登るとしよう……」
と言ったものの、もはや寒さにより手の握力がほとんどなく、少し試してみただけで洞穴まで上がるのが困難であることに気付く。隣の美須磨に至っては、動くことすら難儀している模様。
どうする? 休憩して体力を回復したら――いや、これから衰弱する一方だろう。雪を積んで階段でも作ったら……いや、そんな体力があれば苦労しない。何か道具を使えば……いや、この場にどんな道具があるって言うんだよ。くっ! 手持ちのカードが弱すぎる……。こんなもの、それこそいかさまでもしなければやってられない……んっ?
『いかさま?』
どうして僕はそんなことを思った? ギャンブルなんて大して興味がない、せいぜい、友人と遊びでカードゲームをするくらいの僕が何故……って、あ! そうか! チートか!
「――我は請う……」
……違う、そうじゃない。神ちゃんは何て言っていた?
『――えっと、えっと、つまり、要するに分子や原子に言うことを聞かせられる能力?――』
「岩壁に我は請う?」
『――って相手に向かって呼びかけてからやってほしいこと言う感じです。――』
「岩壁に我は請う、足場になれ!」
……なんとなくだが、手応えはある? だが目に見える変化は何も無い。何がいけない?
『――回りのものにですね、微かな意志があって。水でも火でも空気でも地面でもお願いすれば自由に操ることができるんです。すごくない?――』
地面が言うことを聞いてくれないんだが。どうすれば良いんだ? 神ちゃん!
脱線ばっかしてないで使い方をしっかり教えておいてくれないかな。頼むよ、おい! おーい!
「デ、地面に我は請う……、はぁはぁ……あの、洞穴まで……」
横手より響く美須磨の声。
たとえ絶え絶えであっても玲瓏な、その声が響いた途端、足下の地面と目前の岩壁、それらがぐにゃりと小さく波打った。
そして、彼女の請願を最後まで聞かずとも意を汲み取ったように、僕らの手前から厚い積雪を引き裂きながら地面が迫り上がってゆき、同時に岩壁からも岩塊が突き出してきたかと思えば、瞬く間に神社の境内へと続く石段を思わせる、横幅の広い石造りの階段が完成していた。
「うわあ! 何だ、このイリュージョン!? これだけの岩がどこから? ……ごほっごほっ」
「――急ぎ……ましょう……はぁ、はぁ、はぁ……」
「あ、ああ……」
思わず狼狽えてしまったが気を取り直し、再び美須磨に肩を貸して二人で石段を登り出す。
一歩二歩と急いて足を進めただけで息を吐いてしまう。
――とさっ……。
その物音に後顧すれば、何があったか美須磨が雪面に倒れ込んでいた。
「美須磨!」
呼吸も忘れ、慌てて傍へと駆け寄る。
抱き起こそうとして跪くと、彼女は「すみません。平気です」と言って自分で身を起こした。
しかし、普段は輝かんばかりの顔色を暗い色彩に染め、激しく呼吸のペースを速めた様子は、とても平気そうには見えない。
「……はぁはぁ……すみませ……はぁ、はぁ……はぁはぁはぁはぁ……ぃき、です……」
「無理に喋るな。ひぃ、ふぅ……悪い、少し我慢していてくれ」
僕は、ショルダーバッグを拾い上げて自分の肩に掛けた後、彼女の腕を取り、もう一方の肩を貸しながら立ち上がらせる。
そのまま歩き出すも、相変わらず二人の歩みは嫌になるほど遅い。
目に見える場所までの、一〇〇メートルそこらの距離を進むのに何分も掛かってしまった。
よろよろとしながら、ようやく洞穴の下――雪の小山に辿り着き、それを迂回しながら岩壁の側へと近付いていく。
すると、目の前にぬぅっと漆黒の毛むくじゃらが現れる。
「うわっ……! な、なんだ?」
美須磨に肩を貸していなかったら、思わず飛び退いて尻餅を突いてしまっていたかも知れない。そう確信してしまうほどの大迫力。
こんなに間近で見るのは初めての――いや、おそらく地球に棲息する種ではありえないほどの大きさではなかろうか、これまで見たこともないほど巨大な体長三メートル超の黒いクマだった。
だが、それはピクリとも動かず、胸辺りから後ろを雪の小山に埋もれさせ、頭部からは大量の血を流している。と言うか、激しい凍気により身体も血も既にほとんど凍りついている。
死後間もない? 運悪く先ほどの落石でやられた後、雪崩に埋まったのだろうか?
どう見ても既に死んでいた。
気にはなることは多々あるが、ひとまず今は関係ない。
目を逸らさぬまま恐る恐る距離を取り、改めて岩壁の方へ向かい、洞穴の真下に辿り着く。
近くで見てみればなかなか大きな穴のようだ。
もしかすると、あのクマの巣穴だったのかも知れない。
中にまだ番いや子どもがいたりしたら困る。まぁ、気配はないようだが一応注意しておこう。
それはそうと、洞穴は思ったよりも高い位置にあった。
あのシャッター街の路地裏、美須磨と協力して乗り越えた塀と同じか、やや低いくらいだな。およそ三メートル弱といったところか。
だが……。
すぐ傍にある美須磨の顔色を窺う。
お互い、あのときのような動きは流石に期待できない。
いや、あの塀と違ってこの岩壁には多少の凹凸があるし、体調的には厳しいが登れないこともないだろう。
「……もう一踏ん張り……だ。ふぅ、ふぅ……行けるかい?」
「……はぁはぁ……はい、どうにか……はぁ、はぁ、はぁ……」
「お互い……引っ張り上げる、のは……無理だ……はっ、はっ、はっ……。それぞれで、登るとしよう……」
と言ったものの、もはや寒さにより手の握力がほとんどなく、少し試してみただけで洞穴まで上がるのが困難であることに気付く。隣の美須磨に至っては、動くことすら難儀している模様。
どうする? 休憩して体力を回復したら――いや、これから衰弱する一方だろう。雪を積んで階段でも作ったら……いや、そんな体力があれば苦労しない。何か道具を使えば……いや、この場にどんな道具があるって言うんだよ。くっ! 手持ちのカードが弱すぎる……。こんなもの、それこそいかさまでもしなければやってられない……んっ?
『いかさま?』
どうして僕はそんなことを思った? ギャンブルなんて大して興味がない、せいぜい、友人と遊びでカードゲームをするくらいの僕が何故……って、あ! そうか! チートか!
「――我は請う……」
……違う、そうじゃない。神ちゃんは何て言っていた?
『――えっと、えっと、つまり、要するに分子や原子に言うことを聞かせられる能力?――』
「岩壁に我は請う?」
『――って相手に向かって呼びかけてからやってほしいこと言う感じです。――』
「岩壁に我は請う、足場になれ!」
……なんとなくだが、手応えはある? だが目に見える変化は何も無い。何がいけない?
『――回りのものにですね、微かな意志があって。水でも火でも空気でも地面でもお願いすれば自由に操ることができるんです。すごくない?――』
地面が言うことを聞いてくれないんだが。どうすれば良いんだ? 神ちゃん!
脱線ばっかしてないで使い方をしっかり教えておいてくれないかな。頼むよ、おい! おーい!
「デ、地面に我は請う……、はぁはぁ……あの、洞穴まで……」
横手より響く美須磨の声。
たとえ絶え絶えであっても玲瓏な、その声が響いた途端、足下の地面と目前の岩壁、それらがぐにゃりと小さく波打った。
そして、彼女の請願を最後まで聞かずとも意を汲み取ったように、僕らの手前から厚い積雪を引き裂きながら地面が迫り上がってゆき、同時に岩壁からも岩塊が突き出してきたかと思えば、瞬く間に神社の境内へと続く石段を思わせる、横幅の広い石造りの階段が完成していた。
「うわあ! 何だ、このイリュージョン!? これだけの岩がどこから? ……ごほっごほっ」
「――急ぎ……ましょう……はぁ、はぁ、はぁ……」
「あ、ああ……」
思わず狼狽えてしまったが気を取り直し、再び美須磨に肩を貸して二人で石段を登り出す。
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