1 / 48
1話
しおりを挟む
ずっと、ずっと、好きな人がいる。
その人の隣に並んでいたくて苦手なダンスもピアノも勉強も頑張った。
本当は馬に乗るのが怖い。だけど必死で乗馬も覚えた。
初めて会ったのは、お父様にせがんで仕事について王城へ行った6歳の時。
「ここで待っててね」お父様の言葉に「うん」と返事をすると「すぐに戻るから」と言うとわたしの頭を優しく撫でてくれた。
急足で去っていくお父様の背中を見送り一人でベンチに座った。周りにはパンジーやビオラがたくさん植えられていた。
その花を座ってじっと見つめていると目にはいっぱいの涙が………
「……うっ…お父様……」
近くには護衛についてくれているトムがいる。トムは心配そうにわたしを見ているけど「わたしはそばに来ないで」とお願いしたので遠くからそっと見守ってくれていた。
だって、一人で泣きたいんだもの。
お父様にここに置いていかれただけなのに……ただ少し待っているだけなのに……悲しくて……寂しくて…そんな泣き顔を人に見られたくはない。
お母様が亡くなってからお父様がいなくなるのがとても不安で。でもずっと我慢していた。
でも6歳の子供にだってプライドだってあるし、大好きなトムの前で泣いている姿は見せたくないもの。
お子ちゃまみたいに思われるなんて嫌!
「ねぇ?どうして泣いているの?」
目の前に影が……
ーー誰?
俯いていた頭を上げた。
「………泣いてなんていないわ」
真っ赤な目をしているであろうことはわかっているのに、恥ずかしさとほっといてくれないの?と言う腹立ちさから不機嫌に答えた。
「えっ?泣いてるよね?」
もう一度改めてわたしの顔を覗き込んでじっと見てから男の子が言った。
「………泣いてない!」
ムキになって答えると
「やっぱり泣いてたんだ。ここは王城だよ?子供が一人でいるなんて変だよ、それに泣いているし」
男の子の瞳は吸い込まれそうなほどの綺麗な紫色で、その瞳で見られると思わず恥ずかしくなってしまった。
「あ、あの、お父様がお仕事で呼び出されて、ここで待っててと言われたの。それに一人ではないわ。向こうに護衛がちゃんといるもの」
わたしがトムへ視線を向けると男の子もそちらを向いた。
「なんだ、一人じゃないんだ。迷子か捨てられたのかと思ったよ」
「違うわ!」
「じゃあどうして泣いていたの?」
ーーもう!何があっても泣いていたことを認めないといけないのね!
「………今日はお父様と一日中ずっと二人で過ごす約束だったの……なのにお買い物の途中でお仕事で急遽呼び出されて……一日一緒にいられなくなってしまったの」
今日はわたしの誕生日。塞ぎがちのわたしを心配して忙しい仕事の合間になんとか休みを取って1日わたしと一緒にいてくれると約束していた。
別にドレスや宝石、おもちゃや小物が欲しいわけではない。ただ、お母様が亡くなってから家族で過ごすことがなかったからお父様といたかっただけ。
「ふうん、君のお父さんって名前は?」
「ハロルド・ジャワー」
「ジャワー宰相?君、宰相の娘のアーシャ嬢?」
「……うん、お父様をご存知なの?」
「父上が知り合いなんだ」
「あなたのお父様?だからわたしの名前を知っているの?」
「宰相がよく娘の話をしてくれるから。僕の3歳下のアーシャ嬢のことを」
「お父様が?どんなことを話すの?」
「うーん、そうだね。君はピーマンとセロリが嫌いなんだろう?その二つが出るとこっそりハンカチに隠して後で飼っている犬のヨゼフに無理やり食べさせているんだろう?」
「ど、どうしてお父様は知っているの?」
こっそりバレないようにしているのに。
「それに、毎日屋敷の庭園に出て、天気のいい日は木陰で昼寝をしているらしいね?」
「だって……せっかくのいい天気なのよ?もったいないもの。木陰は気持ちがいいし、あそこには精霊たちがたくさん集まっているから落ち着くの」
「へぇアーシャ嬢は本当に精霊が見えるんだ?」
「わからないの?今もここに精霊がいるわ、だけどお父様はいないの」
精霊たちが優しくわたしの頬を撫でてくれた。
「ここに?どこ?」
キョロキョロ見渡す男の子。
「ほら、今わたしの手のひらに乗っているわ」
両手を男の子に見せた。
わたしの手をじっと覗き込む男の子は大きなため息をついた。
「そんなの見えないよ」
「どうして見えないのかしら?こんなに可愛いのに」
小さくて羽の生えた可愛い精霊たち。
たくさんの精霊が今飛び回っている。多分この男の子のことを気に入っているのだと思う。
「ふふふっ、あなたの頭の上に座っている子もいるし髪の毛を引っ張っている子もいるわ。あなたは精霊に好かれているのね?
たまにお気に入りのものが失くなったり、落とし物が突然見つかったりしない?」
「えっ?」
すっごく驚いた顔をした。
「なんで知ってるの?」
「だって精霊が自分たちに気がついて欲しくてこっそり隠したり、あなたが困っているのを知って落とし物を探して見つけてくれたりしているわ」
精霊たちが嬉しそうに羽をパタパタさせて飛び回る。
「君って不思議な子なんだね」
寂しくて泣いていたわたしはその男の子のおかげで涙も止まりお父様が戻ってくるまで男の子とお話をして過ごした。
「アーシャ!待たせてごめん!」
駆け足でお父様がわたしのそばにやってきた。
隣にいる男の子を見てお父様は驚いた顔をして立ち止まり頭を下げた。
「王子殿下にご挨拶申し上げます」
「やあ、宰相、アーシャ嬢と話をしていたんだ」
「アーシャが殿下にご迷惑をおかけしていませんでしたか?」
「お父様、わたし何もしていないわ、お喋りしていたの。でも……王子殿下って……ええっ?王子様?」
「名のり損ねてごめん。僕の名前はシルヴァ・グロス」
王子様なんて知らなくてわたしはシルヴァ様にくだらない話をたくさんしてしまった。
そんな話を隣でニコニコと微笑みながら聞いてくれた。
わたしの初恋の優しい王子様。
そんな彼が今わたしの目の前で………
「君との婚約は破棄させてもらう。僕の愛する人はミランダだけなんだ」
殿下はわたしに婚約破棄を告げミランダ様の腰を引き寄せ優しく抱きしめていた。
二人は微笑み合いわたしを冷たく見下ろした。
「この女を地下牢へ」
その人の隣に並んでいたくて苦手なダンスもピアノも勉強も頑張った。
本当は馬に乗るのが怖い。だけど必死で乗馬も覚えた。
初めて会ったのは、お父様にせがんで仕事について王城へ行った6歳の時。
「ここで待っててね」お父様の言葉に「うん」と返事をすると「すぐに戻るから」と言うとわたしの頭を優しく撫でてくれた。
急足で去っていくお父様の背中を見送り一人でベンチに座った。周りにはパンジーやビオラがたくさん植えられていた。
その花を座ってじっと見つめていると目にはいっぱいの涙が………
「……うっ…お父様……」
近くには護衛についてくれているトムがいる。トムは心配そうにわたしを見ているけど「わたしはそばに来ないで」とお願いしたので遠くからそっと見守ってくれていた。
だって、一人で泣きたいんだもの。
お父様にここに置いていかれただけなのに……ただ少し待っているだけなのに……悲しくて……寂しくて…そんな泣き顔を人に見られたくはない。
お母様が亡くなってからお父様がいなくなるのがとても不安で。でもずっと我慢していた。
でも6歳の子供にだってプライドだってあるし、大好きなトムの前で泣いている姿は見せたくないもの。
お子ちゃまみたいに思われるなんて嫌!
「ねぇ?どうして泣いているの?」
目の前に影が……
ーー誰?
俯いていた頭を上げた。
「………泣いてなんていないわ」
真っ赤な目をしているであろうことはわかっているのに、恥ずかしさとほっといてくれないの?と言う腹立ちさから不機嫌に答えた。
「えっ?泣いてるよね?」
もう一度改めてわたしの顔を覗き込んでじっと見てから男の子が言った。
「………泣いてない!」
ムキになって答えると
「やっぱり泣いてたんだ。ここは王城だよ?子供が一人でいるなんて変だよ、それに泣いているし」
男の子の瞳は吸い込まれそうなほどの綺麗な紫色で、その瞳で見られると思わず恥ずかしくなってしまった。
「あ、あの、お父様がお仕事で呼び出されて、ここで待っててと言われたの。それに一人ではないわ。向こうに護衛がちゃんといるもの」
わたしがトムへ視線を向けると男の子もそちらを向いた。
「なんだ、一人じゃないんだ。迷子か捨てられたのかと思ったよ」
「違うわ!」
「じゃあどうして泣いていたの?」
ーーもう!何があっても泣いていたことを認めないといけないのね!
「………今日はお父様と一日中ずっと二人で過ごす約束だったの……なのにお買い物の途中でお仕事で急遽呼び出されて……一日一緒にいられなくなってしまったの」
今日はわたしの誕生日。塞ぎがちのわたしを心配して忙しい仕事の合間になんとか休みを取って1日わたしと一緒にいてくれると約束していた。
別にドレスや宝石、おもちゃや小物が欲しいわけではない。ただ、お母様が亡くなってから家族で過ごすことがなかったからお父様といたかっただけ。
「ふうん、君のお父さんって名前は?」
「ハロルド・ジャワー」
「ジャワー宰相?君、宰相の娘のアーシャ嬢?」
「……うん、お父様をご存知なの?」
「父上が知り合いなんだ」
「あなたのお父様?だからわたしの名前を知っているの?」
「宰相がよく娘の話をしてくれるから。僕の3歳下のアーシャ嬢のことを」
「お父様が?どんなことを話すの?」
「うーん、そうだね。君はピーマンとセロリが嫌いなんだろう?その二つが出るとこっそりハンカチに隠して後で飼っている犬のヨゼフに無理やり食べさせているんだろう?」
「ど、どうしてお父様は知っているの?」
こっそりバレないようにしているのに。
「それに、毎日屋敷の庭園に出て、天気のいい日は木陰で昼寝をしているらしいね?」
「だって……せっかくのいい天気なのよ?もったいないもの。木陰は気持ちがいいし、あそこには精霊たちがたくさん集まっているから落ち着くの」
「へぇアーシャ嬢は本当に精霊が見えるんだ?」
「わからないの?今もここに精霊がいるわ、だけどお父様はいないの」
精霊たちが優しくわたしの頬を撫でてくれた。
「ここに?どこ?」
キョロキョロ見渡す男の子。
「ほら、今わたしの手のひらに乗っているわ」
両手を男の子に見せた。
わたしの手をじっと覗き込む男の子は大きなため息をついた。
「そんなの見えないよ」
「どうして見えないのかしら?こんなに可愛いのに」
小さくて羽の生えた可愛い精霊たち。
たくさんの精霊が今飛び回っている。多分この男の子のことを気に入っているのだと思う。
「ふふふっ、あなたの頭の上に座っている子もいるし髪の毛を引っ張っている子もいるわ。あなたは精霊に好かれているのね?
たまにお気に入りのものが失くなったり、落とし物が突然見つかったりしない?」
「えっ?」
すっごく驚いた顔をした。
「なんで知ってるの?」
「だって精霊が自分たちに気がついて欲しくてこっそり隠したり、あなたが困っているのを知って落とし物を探して見つけてくれたりしているわ」
精霊たちが嬉しそうに羽をパタパタさせて飛び回る。
「君って不思議な子なんだね」
寂しくて泣いていたわたしはその男の子のおかげで涙も止まりお父様が戻ってくるまで男の子とお話をして過ごした。
「アーシャ!待たせてごめん!」
駆け足でお父様がわたしのそばにやってきた。
隣にいる男の子を見てお父様は驚いた顔をして立ち止まり頭を下げた。
「王子殿下にご挨拶申し上げます」
「やあ、宰相、アーシャ嬢と話をしていたんだ」
「アーシャが殿下にご迷惑をおかけしていませんでしたか?」
「お父様、わたし何もしていないわ、お喋りしていたの。でも……王子殿下って……ええっ?王子様?」
「名のり損ねてごめん。僕の名前はシルヴァ・グロス」
王子様なんて知らなくてわたしはシルヴァ様にくだらない話をたくさんしてしまった。
そんな話を隣でニコニコと微笑みながら聞いてくれた。
わたしの初恋の優しい王子様。
そんな彼が今わたしの目の前で………
「君との婚約は破棄させてもらう。僕の愛する人はミランダだけなんだ」
殿下はわたしに婚約破棄を告げミランダ様の腰を引き寄せ優しく抱きしめていた。
二人は微笑み合いわたしを冷たく見下ろした。
「この女を地下牢へ」
1,357
あなたにおすすめの小説
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる