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126話
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◇ ◇ ◇ ラフェ
目覚めると部屋の中は真っ暗。
「あっ……アル……」
母親として失格。落ち込んでそのまま寝てしまった。
ガバッと起きて「アル、ごめんなさい」と一人呟きベッドから出て、服を整えるためにあかりを灯した。
「ラフェ、おはよう」グレン様の優しい声が聞こえた。
「えっ?」
「静かに。俺の膝の上で疲れてアルはさっき寝たところなんだ」
「ごめんなさい……でもよかった。そこにいたんだ」
優しいランプの灯りを頼りにグレン様のいるソファへ行くと「スースー」と気持ちよさそうに眠るアルバードがいた。
「ラフェがぐっすり眠っていたから、アルと俺はソファで本を読んでいたんだ。そしたらアルも疲れて眠ってしまった。
ラフェの横に寝かそうかと思ったけど、アルの寝顔が可愛すぎてつい膝の上にそのままにしてたんだ」
「そう……」
グレン様の優しさが今は胸にズキッときて痛くなる。
顔を見たいのに真っ直ぐ見れない。
思わず俯いた。
「ラフェ………屋敷の者に話は聞いた。イリアが酷いことを言ってすまなかった。そばに居てやれなくてごめん」
「違います、わたしが……わたしが浅はかだったんです……アルと二人幸せになろうなんて思ったから……」
「はっ?当たり前だろう?幸せにしたいと思って連れてきたんだ」
「………でも……」
ーーーマキナ様が住んでいたこの屋敷に大切な思い出のあるこの屋敷にわたし達が住むなんて烏滸がましい。
ーーーちゃんと考えるべきだった。大切な思い出を壊してしまうところだった。
「……わたし、ごめんなさい。ここには住めません。でも、この領地で働くと決めたので……どこかアルと二人暮らせる家を探そうと思います」
「…何言ってるんだ?俺が、お前達と暮らしたい。幸せにしたいと思ってるのに……」
「ごめんなさい、グレン様……だけど今は無理です。なのにこの部屋で眠ってしまって…厚かましいですね……」
ほんと、駄目だよね、ここはこの屋敷の主人のための部屋なのに……
「アルと二人、使用人の部屋に移ります」
「やめてくれ。なんで、そんなことを……」
「意地を張っているんじゃないの……自分の甘さに気がついただけ。ごめんなさい。今は無理、なの……」
そう言いながら涙が出た。ずるいよね、泣くなんて。そう思うのに悔しい。
イリア様に腹が立ったわけじゃない。自分に腹が立った。
エドワードが死んだと思って必死で生きてきた。彼を愛していたと思っていたのに……いつの間にかグレン様に惹かれ、エドワードが生きていると知っても気持ちはもう動かなかった。
だけどグレン様は今もちゃんとマキナ様を愛している。
わたしとは違う。気持ちが違う。
周りの人たちだってマキナ様との思い出を大切にしているのに、その大切な場所にわたし達が来て良く思うわけがないのに……
「グレン様………お願い。ここに居たくない。わたしが無理なんです」
「………もう夜も遅い……」
「だったら、アルを連れて出て行きます。どこか宿を探します」
「駄目だ!危ないだろう、こんな遅い時間に外を彷徨くなんて………ハア……わかった。使用人部屋を用意する、待ってろ」
「……ありがとうございます」
わたしとアルバードは角部屋の使用人用の部屋に移った。
そこにはベッドと家具が備え付けられていて二人で寝るには十分な広さのベッドがあった。
周りはあたふたしていたけど、わたしは「ありがとうございます」とお礼を言ってアルと二人で眠った。
気がつけば食事をとるのも忘れていたけど、お腹すら空いていない。
さっきあんなに寝ていたのにまだ眠れた。
たぶん長旅と新しい場所で緊張していたのだろう。
明日からは頑張って働こう。
わたしはやっぱり奥様より働いて過ごす方がいい。
家を探してアルと二人静かに暮らしていこう。
◆ ◇ ◆ グレン
「ふざけるな!ラフェの意地っ張りがまたでやがった」
俺が壁を蹴り上げると執事とメイド長が困った顔をした。
「意地を張っているのではありません。ラフェ様はまだ覚悟が出来ていなかったのです」
「はっ?きちんと挨拶もして回ったし、墓参りもした。ラフェの両親の墓は遠すぎて行けなかったけどいずれ行くつもりでいる。ここにくる覚悟だってあったはずだ」
「違います。貴方と一生添い遂げる覚悟の事です。マキナ様のことも含めて貴方なんです。頭ではわかっていても、この屋敷に来て、気が付かれたんですよ。
ここはマキナ様の思い出が多すぎるんです。わたし達、使用人も含めグレン様のことを知っている人たちは皆マキナ様とグレン様がここでどんなに幸せに暮らしたか知っております。イリア様のようにハッキリと言ってくる人がいることを考えていなかった。
お守りすることができなかった私たちのミスです。そしてグレン様の考えが甘かったのです」
「すみません。お止めすることが出来なかった。ラフェ様が毅然としていたので傷ついているとも思わずにいました」
執事も俺に頭を下げて詫びた。
「いや、俺が悪い。一番そばに居てやらなければいけなかった時に……ラフェにはマキナのことは伝えていたからあまり配慮していなかった。大丈夫だと思っていたんだ」
次の日の朝、ラフェとアルはみんなに挨拶をしてこの屋敷を出て行った。
執事の親戚の空き家に住むことになった。
夜のうちに急いで手配してくれた。
「ラフェ………」
「グレン様ありがとうございました……そして執事さんわたしの我儘を聞いてくれてありがとうございました」
「いつでもここに帰ってきてください。ずっとお待ちしております」
「………」
ラフェはその言葉に返事をしなかった。
その後どうしてもやっておかなければいけない領地の書類に目を通し、指示を出してからアレックス様のところへ顔を出した。
「グレン!ラフェは?大丈夫だったか?気落ちしていなかったか?」
「………屋敷を今朝出て行きました」
「はっ?なんで?」
「屋敷には居たくない、居られないと言われました」
「イリアが酷いことを言ったから…か……」
「それがきっかけなのは確かです。だけど俺の配慮が足りなかったんです。来てそうそう置いてマキナの両親に会いに行き、マキナの墓参りをしていました。その間にイリアに酷いことを言われそばにも居てやれなかった」
「すまん、イリアは……ハア、いや、イリアだけが悪いんじゃない。俺があいつにきちんと説明しなかったから……マキナのことを慕っていたイリアにきちんと説明すればよかったんだ。それに俺が後ろ盾になったことも気に入らなかったらしい。
ラフェがグレンに無理やり子供まで押し付けて結婚する女だと思ったようなんだ。それも平民のくせにとまで言ったんだ。俺は妹を甘やかしすぎたようだ。今は反省させるために部屋から出さないように言ってある」
「…………イリアには俺から話をしてもいいですか?」
「大丈夫なのか?」
「イリアに怒ったりはしませんよ。ただ話したいだけです。アルのこと、そしてラフェのこと。あいつももう大人です。昨日自分がした行動、発言が良いとは思ってはいないでしょう」
俺はイリアに会いに行った。
イリアは俺の顔を見ると青い顔をした。
「グレン様……ごめんなさい」
「自分がした事の意味はわかっているのか?」
「だって、じゃあ、マキナ様はもういいの?あんなにお二人は愛し合っていたのに!」
「俺はマキナのことを忘れたわけじゃない。それはラフェもわかっている。マキナを愛した俺を丸ごとラフェは愛してくれたんだ」
「信じられないわそんなこと。それに平民のくせにわたしに対して態度が悪かったもの」
「違うだろう?ラフェは俺の妻として俺のために毅然とした態度をとってくれただけだろう?屋敷の者達が全て話してくれた。イリア……お前に納得して欲しいと思っているわけではない、ただ……ラフェにこれ以上酷いことを言わないでやってくれ」
「な、何よ!わたしは、マキナ様のことを思って言ったのに」
「俺が昨日いなかったのはマキナの両親に挨拶に行ったからだ。その後マキナの墓参りもしてきた。俺にとってマキナは大切な人だ。心の中にずっといる、それでいいと思ってきた。
だけど、今はラフェとアルを大切にしたいし、守っていきたい。やっと前を向いて生きていこうと思えたんだ。お前にその気持ちを理解して欲しいとは思わない、お前が結婚して家庭を持った時、俺の気持ちもわかる時が来るかもしれない、それでいい」
「……わならない、わからないわ!あんなに二人は愛し合っていたのに!グレン様なんて大っ嫌い!マキナ様が可哀想よ!」
イリアは泣き出した。
マキナにとても懐いていた。
イリアにとってマキナは姉のような存在だった。
「ラフェは……一度もイリアのことを悪くは言わなかった。それに屋敷を出て行った。だからもうラフェ達を攻撃しないでくれ。あいつは傷ついているんだ」
「わたしは悪者?」
「違う、そんなことが言いたいんじゃない……あいつは、自分が屋敷にいる資格はないと思っただけだ。マキナが大切に暮らした場所に自分が居てはいけないと思ったんだ」
「………出て行って……」
俺は間違えた。
ラフェを幸せにしたかったのに……傷つけてしまった。
目覚めると部屋の中は真っ暗。
「あっ……アル……」
母親として失格。落ち込んでそのまま寝てしまった。
ガバッと起きて「アル、ごめんなさい」と一人呟きベッドから出て、服を整えるためにあかりを灯した。
「ラフェ、おはよう」グレン様の優しい声が聞こえた。
「えっ?」
「静かに。俺の膝の上で疲れてアルはさっき寝たところなんだ」
「ごめんなさい……でもよかった。そこにいたんだ」
優しいランプの灯りを頼りにグレン様のいるソファへ行くと「スースー」と気持ちよさそうに眠るアルバードがいた。
「ラフェがぐっすり眠っていたから、アルと俺はソファで本を読んでいたんだ。そしたらアルも疲れて眠ってしまった。
ラフェの横に寝かそうかと思ったけど、アルの寝顔が可愛すぎてつい膝の上にそのままにしてたんだ」
「そう……」
グレン様の優しさが今は胸にズキッときて痛くなる。
顔を見たいのに真っ直ぐ見れない。
思わず俯いた。
「ラフェ………屋敷の者に話は聞いた。イリアが酷いことを言ってすまなかった。そばに居てやれなくてごめん」
「違います、わたしが……わたしが浅はかだったんです……アルと二人幸せになろうなんて思ったから……」
「はっ?当たり前だろう?幸せにしたいと思って連れてきたんだ」
「………でも……」
ーーーマキナ様が住んでいたこの屋敷に大切な思い出のあるこの屋敷にわたし達が住むなんて烏滸がましい。
ーーーちゃんと考えるべきだった。大切な思い出を壊してしまうところだった。
「……わたし、ごめんなさい。ここには住めません。でも、この領地で働くと決めたので……どこかアルと二人暮らせる家を探そうと思います」
「…何言ってるんだ?俺が、お前達と暮らしたい。幸せにしたいと思ってるのに……」
「ごめんなさい、グレン様……だけど今は無理です。なのにこの部屋で眠ってしまって…厚かましいですね……」
ほんと、駄目だよね、ここはこの屋敷の主人のための部屋なのに……
「アルと二人、使用人の部屋に移ります」
「やめてくれ。なんで、そんなことを……」
「意地を張っているんじゃないの……自分の甘さに気がついただけ。ごめんなさい。今は無理、なの……」
そう言いながら涙が出た。ずるいよね、泣くなんて。そう思うのに悔しい。
イリア様に腹が立ったわけじゃない。自分に腹が立った。
エドワードが死んだと思って必死で生きてきた。彼を愛していたと思っていたのに……いつの間にかグレン様に惹かれ、エドワードが生きていると知っても気持ちはもう動かなかった。
だけどグレン様は今もちゃんとマキナ様を愛している。
わたしとは違う。気持ちが違う。
周りの人たちだってマキナ様との思い出を大切にしているのに、その大切な場所にわたし達が来て良く思うわけがないのに……
「グレン様………お願い。ここに居たくない。わたしが無理なんです」
「………もう夜も遅い……」
「だったら、アルを連れて出て行きます。どこか宿を探します」
「駄目だ!危ないだろう、こんな遅い時間に外を彷徨くなんて………ハア……わかった。使用人部屋を用意する、待ってろ」
「……ありがとうございます」
わたしとアルバードは角部屋の使用人用の部屋に移った。
そこにはベッドと家具が備え付けられていて二人で寝るには十分な広さのベッドがあった。
周りはあたふたしていたけど、わたしは「ありがとうございます」とお礼を言ってアルと二人で眠った。
気がつけば食事をとるのも忘れていたけど、お腹すら空いていない。
さっきあんなに寝ていたのにまだ眠れた。
たぶん長旅と新しい場所で緊張していたのだろう。
明日からは頑張って働こう。
わたしはやっぱり奥様より働いて過ごす方がいい。
家を探してアルと二人静かに暮らしていこう。
◆ ◇ ◆ グレン
「ふざけるな!ラフェの意地っ張りがまたでやがった」
俺が壁を蹴り上げると執事とメイド長が困った顔をした。
「意地を張っているのではありません。ラフェ様はまだ覚悟が出来ていなかったのです」
「はっ?きちんと挨拶もして回ったし、墓参りもした。ラフェの両親の墓は遠すぎて行けなかったけどいずれ行くつもりでいる。ここにくる覚悟だってあったはずだ」
「違います。貴方と一生添い遂げる覚悟の事です。マキナ様のことも含めて貴方なんです。頭ではわかっていても、この屋敷に来て、気が付かれたんですよ。
ここはマキナ様の思い出が多すぎるんです。わたし達、使用人も含めグレン様のことを知っている人たちは皆マキナ様とグレン様がここでどんなに幸せに暮らしたか知っております。イリア様のようにハッキリと言ってくる人がいることを考えていなかった。
お守りすることができなかった私たちのミスです。そしてグレン様の考えが甘かったのです」
「すみません。お止めすることが出来なかった。ラフェ様が毅然としていたので傷ついているとも思わずにいました」
執事も俺に頭を下げて詫びた。
「いや、俺が悪い。一番そばに居てやらなければいけなかった時に……ラフェにはマキナのことは伝えていたからあまり配慮していなかった。大丈夫だと思っていたんだ」
次の日の朝、ラフェとアルはみんなに挨拶をしてこの屋敷を出て行った。
執事の親戚の空き家に住むことになった。
夜のうちに急いで手配してくれた。
「ラフェ………」
「グレン様ありがとうございました……そして執事さんわたしの我儘を聞いてくれてありがとうございました」
「いつでもここに帰ってきてください。ずっとお待ちしております」
「………」
ラフェはその言葉に返事をしなかった。
その後どうしてもやっておかなければいけない領地の書類に目を通し、指示を出してからアレックス様のところへ顔を出した。
「グレン!ラフェは?大丈夫だったか?気落ちしていなかったか?」
「………屋敷を今朝出て行きました」
「はっ?なんで?」
「屋敷には居たくない、居られないと言われました」
「イリアが酷いことを言ったから…か……」
「それがきっかけなのは確かです。だけど俺の配慮が足りなかったんです。来てそうそう置いてマキナの両親に会いに行き、マキナの墓参りをしていました。その間にイリアに酷いことを言われそばにも居てやれなかった」
「すまん、イリアは……ハア、いや、イリアだけが悪いんじゃない。俺があいつにきちんと説明しなかったから……マキナのことを慕っていたイリアにきちんと説明すればよかったんだ。それに俺が後ろ盾になったことも気に入らなかったらしい。
ラフェがグレンに無理やり子供まで押し付けて結婚する女だと思ったようなんだ。それも平民のくせにとまで言ったんだ。俺は妹を甘やかしすぎたようだ。今は反省させるために部屋から出さないように言ってある」
「…………イリアには俺から話をしてもいいですか?」
「大丈夫なのか?」
「イリアに怒ったりはしませんよ。ただ話したいだけです。アルのこと、そしてラフェのこと。あいつももう大人です。昨日自分がした行動、発言が良いとは思ってはいないでしょう」
俺はイリアに会いに行った。
イリアは俺の顔を見ると青い顔をした。
「グレン様……ごめんなさい」
「自分がした事の意味はわかっているのか?」
「だって、じゃあ、マキナ様はもういいの?あんなにお二人は愛し合っていたのに!」
「俺はマキナのことを忘れたわけじゃない。それはラフェもわかっている。マキナを愛した俺を丸ごとラフェは愛してくれたんだ」
「信じられないわそんなこと。それに平民のくせにわたしに対して態度が悪かったもの」
「違うだろう?ラフェは俺の妻として俺のために毅然とした態度をとってくれただけだろう?屋敷の者達が全て話してくれた。イリア……お前に納得して欲しいと思っているわけではない、ただ……ラフェにこれ以上酷いことを言わないでやってくれ」
「な、何よ!わたしは、マキナ様のことを思って言ったのに」
「俺が昨日いなかったのはマキナの両親に挨拶に行ったからだ。その後マキナの墓参りもしてきた。俺にとってマキナは大切な人だ。心の中にずっといる、それでいいと思ってきた。
だけど、今はラフェとアルを大切にしたいし、守っていきたい。やっと前を向いて生きていこうと思えたんだ。お前にその気持ちを理解して欲しいとは思わない、お前が結婚して家庭を持った時、俺の気持ちもわかる時が来るかもしれない、それでいい」
「……わならない、わからないわ!あんなに二人は愛し合っていたのに!グレン様なんて大っ嫌い!マキナ様が可哀想よ!」
イリアは泣き出した。
マキナにとても懐いていた。
イリアにとってマキナは姉のような存在だった。
「ラフェは……一度もイリアのことを悪くは言わなかった。それに屋敷を出て行った。だからもうラフェ達を攻撃しないでくれ。あいつは傷ついているんだ」
「わたしは悪者?」
「違う、そんなことが言いたいんじゃない……あいつは、自分が屋敷にいる資格はないと思っただけだ。マキナが大切に暮らした場所に自分が居てはいけないと思ったんだ」
「………出て行って……」
俺は間違えた。
ラフェを幸せにしたかったのに……傷つけてしまった。
応援ありがとうございます!
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