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113話  エドワード

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 ◆ ◆ ◆  エドワード

 毎日の仕事に追われ疲れて家に帰るとオズワルドがいない。

『とおたま』

 俺の顔を見ると嬉しそうに走って抱きついて来た。

 淋しいなんて言ってはいけない。
 俺があの子を孤児院に預けたんだから。

 シャーリーは最近家を空けることが増えた。

 酒に溺れ外に出て回っている。
 お金は俺が管理しているので飲んで回る金はないはず。なのにいつも酒の匂いがする。

「どこで酒を飲んでいるんだ?」

「どこでもいいじゃない!オズワルドをわたしから取り上げて!わたしは淋しいの。お酒でも飲まないと生きていけないの!」

 ポロポロ涙を流すシャーリー、以前の俺なら彼女の涙にすぐ騙されていた。

「オズワルドが帰って来たら君はちゃんとするのか?」

「当たり前よ!わたしの可愛いオズワルド!返して!」

「俺が仕事に行っている間、きちんと食事をさせて世話をして風呂にも入れてやれるのか?殴ったり泣いているからと放置しない?」

「す、するわけ、ないわ」

 酒のせいなのかそれとも俺の言葉に動揺しているだけなのか、目を逸らす。

「オズワルドは君のおもちゃではない。それにそんなに毎日外に出て酒ばかり飲んでいるのにオズワルドの世話なんて出来るわけがないだろう?」

「淋しいの。辛いのよ。何もかもなくなったの。お金も家も地位も、そして友人すら……母も弟もわたしを捨てていなくなったわ。お父様は……もうすぐ処刑されるわ。わたしはどうしたらいいの?」

「俺とオズワルドと三人で慎ましく暮らそうとは思わなかった?」

「無理よ。慎ましくなんて出来ないわ。料理も掃除もしたことがないししたいとも思えない。オズワルドは可愛いけどずっと世話をするなんて出来ないわ。
 わたしはずっとお姫様のように生きていたいの」

 シャーリーは贅沢な生活から抜け出せない。現実を受け入れられない。

 俺たちは毎日のようにこんな言い合いをする日々が続いた。

 そして……シャーリーが突然帰らなくなった。

 またどこかで酒を飲んで酔っ払って寝てしまったのだろうと思っていた。だけど何日も帰ってこない。

 流石に心配になって休みを取りシャーリーが行きそうな場所を探して回った。

 お金のないシャーリーは、飲み屋に客として行きそこで知り合った男達に奢ってもらっていると聞いた。それを何度もやめろと言ったが彼女は言う事を聞かなかった。

「いいじゃない、奢ってくれるんだもの」

「男が女に奢ると言うことは何か見返りを求めているんだ。シャーリーお願いだからやめてくれ」

 だが、喧嘩になるだけで言う事を聞かない。彼女は俺が仕事に行けば、自由に行動してしまう。

 そして、シャーリーは俺たちを捨てて、金のある男とこの街から出て行った。

 家に帰ると、「疲れた」そんな言葉がポツリと溢れた。

 なんのために必死で働いているのか。もちろん賠償金の返済のためではある。だけど少しでも節約して少しでもお金を貯めて、オズワルドを引き取りたいと思っていた。
 今は手が掛かるからオズワルドを家に置くことはできない。だけど手がかからなくなればシャーリーの負担も減るし、シャーリーもイライラしなくなり、オズワルドがシャーリーに手をあげられなくて済む。

 そう思っていた。
 だからシャーリーに少しずつでも家事の仕方を教えて、いずれは三人で仲良く暮らしたい。

 本当はそんなの勝手な自分だけの思い込みだとわかっていた。シャーリーがこんな貧しい生活に満足しないことも、もう夫婦生活が破綻していたこともわかっていた。

 だけどそれを認めたくなかった。

 それでも俺は働くしかない。

 先の見えない賠償金を払い続けるために。それが俺が領民を苦しめた罰なのだから。

 シャーリーがいなくなってから、もう探すのはやめた。どこで何をしているのか、今更知ってどうなる。俺たちを捨てたのは彼女なんだ。

 俺は役所に離婚届を提出した。

 シャーリーが以前泣きながら「こんな生活なんて嫌なの!リオと離婚するわ!」と言って離婚届を置いて家出した時のものだ。

 その時は数日で帰って来た。

「やっぱりリオしかいないわ」そう言って謝って来た。

 オズワルドもまだいたし、シャーリーが不安定な気持ちでいることも仕方がないと思って、その時は彼女を受け入れた。

 だけど今回は男と家を出て3ヶ月過ぎたが帰ってくることはない。

 彼女が書いた離婚届を俺は提出した。



 そして、『リオ』から『エドワード』に戻った。


 実は、平民になった頃から少しずつ記憶が戻り始めていた。

 そして今は全てを思い出していた。

 ラフェを愛していたことも。
 俺が記憶を失った時のことも。
 助け出されて過ごした日々。
 記憶がないのに必死で王都へ向かったことも。
 そこで知り合ったコスナー伯爵とシャーリー。
 行く当てがない俺は、シャーリーに惹かれシャーリーと結婚した。

 そう、全て、俺が選んだこと。

 ラフェを愛していた。真面目で頑張り屋で、俺を真っ直ぐ愛してくれた。

 なのに記憶をなくした俺は、ラフェと会ったことのない息子……アルバードを窮地に追い込む事をしてしまった。あんな商会を領地に引き込まなければアルバードが苦しまなくて済んだんだ。

 それに俺はシャーリーとオズワルドを選んだ。記憶が戻った時、目の前の現実に愕然とした。

 ぼんやりと少しずつ記憶が戻っていく中、完全に思い出したのは……平民になった時だった。

 それまでは夢だと思っていた。ぼんやり懐かしい気持ちになる夢。その夢が徐々に現実の忘れていた過去だとわかった時、俺は自分のして来た事を呪った。

 愛していたラフェを捨てたのだ。苦しめたのだ。

 シャーリーを愛した俺とラフェを愛した俺は同じなのに同じじゃなかった。

 以前の記憶を取り戻した俺は、シャーリーを心から愛せなくなっていた。だからと言ってラフェたちに会いに行くことも出来ない。

 彼女にはもう新しい相手がいることも知っていたから。

 なんとか頑張って三人で生きていくつもりだったのに、シャーリーは出て行った。

 シャーリーも俺の変化に気がついていたのかもしれない。

 俺がどんなに記憶が戻った事をバレないようにしていても、やはり俺自身の行動に変化はあるし、性格も変わってしまった。

 記憶を失っていた頃の俺はただ流されるままに過ごしていた。

 だけど今の俺は、全てが鮮明で自分が過ごしたこの四年間があまりにも酷いものだと自覚している。

 そう、シャーリーに囚われて一途に愛した『リオ』はもういない。




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