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110話  エドワード

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 ◆ ◆ ◆  エドワード

 シャーリーは毎日泣き叫んで何もしようとしない。オズワルドはまだ小さく何もわからずそんな母親を見てビクビクしていた。

「シャーリー、俺たちは平民になったんだ。今までのような暮らしは出来ない。俺が働かなければ食べていくことも出来ないし住む家すらなくなってしまう。大人しくオズワルドの面倒を見ていて欲しい」

「わたしが一人でオズワルドの面倒を見るの?そんなことしたことないわ」

 シャーリーは手入れしてもらえない髪を見てイライラする。慣れない家事の仕事に手が荒れるしうまく出来ずにさらにイライラしていた。

 オズワルドに優しく出来ない、まだ2歳になったばかりのオズワルドに激しく叱り、出来なければ叩いたりしていたようだ。

「シャーリー、君は母親なんだ。感情で子供を叩いたり叱ったりするのはいけないことなんだ。子供にだって怖いとかイヤだとか感情はあるんだ。オズワルドがビクビクしてる、君のしていることは幼児虐待だ!」

「だったら貴方が一日面倒をみたらいいじゃない!わたしに子育ても家事も押し付けて自分は仕事に行って、楽して狡いわ!」

「はああ」
 俺は大きなため息が出てしまった。

「君がお金を稼げるのかい?いくら平民になったからとは言え、君はすぐに洋服を買ったり食事だっておかずを買ってきた物で済ませようとしているだろう?そんなことばかりしていたら、いくらお金があっても足りないよ。
 僕は毎日、朝早くから夜遅くまで知人に紹介してもらって貴族の屋敷で働かせてもらっているんだ。そのおかげで君も暮らせているんだ」

「どこが?宝石も買えない、ドレスだって買えない。お茶会は開けない。使用人もいないし、こんな狭い家で暮らさないといけないのよ!」

「これが現実なんだ。君の父親は犯罪を犯した。そして僕たちもそれに加担したことになった。平民に落とされただけで済んだんだ。罰を受けていないだけ幸せなんだ」

「違うわ!罰は受けたわ!全ての財産は没収されたし、友人達はみんな去ってしまったもの。誰もわたしと会おうとしないし、あれだけわたしに迫ってきていた男達もみんな手のひらを返したように去っていったわ」

「貴族にとって平民になることは恥だし死ぬより辛いことだと思う。だけど…………「だったら、リオ、早く貴族になれるように頑張って。わたしとオズワルドのために」

 シャーリー、君は俺の言葉が、声が聞こえていないんだね。何度ももう二度と貴族にはなれない。
 そう伝えているのに、シャーリーの耳には入ってこないみたいだ。

 オズワルドは夕飯を食べ終わって遊び疲れて床に敷いてあるマットの上でスヤスヤと寝ている。

 まだまだ幼いオズワルド。何も出来ないオズワルドをシャーリーが面倒を見るのはもう無理だ、安心出来ない。

 オズワルド自体がこのままではまともに育たない。酷い虐待の中育つより手放すことの方がいいのでは。
 俺は今度の休日にオズワルドを孤児院に預けるつもりだ。

 可愛い息子だ。ずっと俺が育ててやりたい。だけど俺の稼ぎでは使用人は雇えない。仕事をしなければ食べていけない。
 だからオズワルドのためにも手放すしかない。

 俺たちが平民になったことをただ怒り不機嫌になるシャーリー。彼女とこれから先、うまくやっていくことは難しいかもしれない。

 だけど俺が愛した唯一。なのに毎日喧嘩や言い合いばかりで互いに思いやれるだけの余裕はない。

 これが罰なのか。

 領民を苦しめた責任。俺たちの財産は全て没収されコスナー領で被害にあった人たちに渡されたと聞いた。
 それでもまだまだ賠償金は足りないので俺は必死で働いて国にお金を返している。
 一生かかっても返しきれない借金。

 それでも衣食住にかかるお金は免除されている。だから親子三人食べていけるのに、シャーリーはそれをありがたいとすら思っていない。

 ふと思う。俺が捨てたもう一つの家庭。

 ラフェさん達は元気にしているだろうか。俺が毎月納めるお金から彼女の慰謝料としても渡されると聞いた。わずかなお金だけど、少しでも生活費の足しになればいいなと思っている。

 俺は今の家族を守るため、忘れてしまったもう一つの家族を捨てた男だ。今更ラフェさん達の前に姿を現すつもりはない。
 たとえ記憶が戻って後悔しようと。
 俺には会う権利はないのだから。

 知らされた時に俺は会おうともせず逃げた。だから俺には会う資格すらない。謝る資格すら放棄してしまった。




 オズワルドを孤児院に入れた。いつかは引き取りたい。そう願いながら。

 家に帰るとシャーリーが「オズワルドは?どこにもいないの」と俺の腕を掴んで泣き続けた。

「オズワルドは孤児院に預けた。シャーリー、子育てはおままごとではないんだ。叩けば痛いし、無視すれば心に傷を残す、オズワルドの体は……アザだらけだった。それはどうしてなのか?君はもちろん知っているよね?」

「…………わたしではないわ、わたしはそんなことしない。リオ?ねえ、リオ。信じて!」

「君は母親失格だ。オズワルドにいったい何をしたんだ」

「あっ……あ、た、ただ、言うことを聞かないから叱っただけだわ」
 青い顔をして必死で顔を横に振った。
「わたしは悪くない、頑張ったもの、リオはずっと優しい人だったのに……なんでこんなことになるの?わたしの何がいけないの?」

「………俺はどんな境遇でも家族三人で肩寄せ合って生きていきたかった」

「がんばったわ!頑張ったの!わたしのオズワルドを返して!」

「オズワルドは君のおもちゃでもペットでもない」

「ひ、どい……」

 シャーリーがどんなに泣き叫ぼうと俺はオズワルドの預けた場所は答えなかった。
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