【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ

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99話  王妃

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 ◇ ◇ ◆ ◇  王妃

 陛下はわたくしを恨み、そして………

 無理矢理わたくしを抱いた。

「やめて」
 瞳には涙が溢れ恐怖の中彼に無理矢理抱かれた。

 初めての行為は痛くて怖くて、辛いだけのものだった。

 だけど……結婚して3年経って今頃気がついた。

 わたくしは陛下を愛していたのだ。

 心が壊れて身体を傷つけられ、恨みしかない陛下にわたくしは今頃になって気がついた。

 彼を愛している。

 憎悪と愛情は紙一重。


 何故今になってわたくしは彼を愛していることに気がつくのだろう。
 セリーヌ様が亡くなってから陛下とわたくしが一緒にいる時間は以前に比べて増えた。

 当たり前のように閨を共にする。

 そこには愛はないのに。彼が愛しているのはセリーヌ様だけ。わたくしはセリーヌ様の代わりでしかない。

 それがどんなに惨めなものか、陛下にはわからないだろう。それでも簡単に離縁することはできない。

 わたくしは王太子妃から王妃となり、国民の前では常に笑顔で過ごすことになった。

 陛下とセリーヌ様の寄り添う姿に憧れてそんな恋をしてみたいと思った少女は、二人の恋を邪魔する悪役にさせられ、最後は陛下にセリーヌ様が亡くなって喜ぶ女だと、その生まれた息子を追い出した酷い女だと吐き捨てられた。

 そして犯されるように抱かれ、今更恋心があったことに気がついたバカな女は、この国の王妃として慈愛に満ちた笑顔で過ごす。

 そしてわたくしにも陛下との子供が出来た。

 わたくしはお腹の中にいる子供を何度も呪った。

『どうして生まれてくるの?』
『愛のない夫婦に生まれてくるこの子が可哀想』
『わたくしはこの子を愛せるのかしら』


 優しい声でお腹の子供に話しかけるのが母親のはずなのにわたくしがかける言葉はお腹の子を祝福することなく、いっそダメになって欲しいとすら思った。

 酷い母親。

 それでも生まれてきた我が子を見た時わたくしは胸が痛くて切なくて大きな声を出して泣いた。

『あっ、あ、あーーー』
 人前であんなに泣いたのは初めてだった。

 その時陛下が近くにいたらしい。だけどそんなこと構わなかった。どうでもよかった。

 あんなに要らないと思っていた我が子の産声を聞いた時、わたくしは悔やむしかなかった。

『ごめんなさい、生まれてこないでなんて思ってごめんなさい。生まれてきてくれてありがとう』

 わたくしは人目も憚らず大きな声で息子に謝った。泣きながら必死で謝った。

 小さな小さな体で必死で生きようとする我が子に。

 セリーヌ様も悔しかっただろう。我が子を見れずに。

 わたくしはその時まだ壊れていても人としての情は持っていた……はずだった。


 わたくしの息子はわたくしにとても似ていた。

 陛下に似ていたのはブルーグレーの瞳の色だけだった。

 それでも陛下は息子を王太子として大切に育ててくれた。
 夫婦としての愛情はなくても息子の親としてお互い過ごすことはできた。
 そしてこの国の王と王妃として互いに尊重し合い仕事として関わる関係が続いた。

 閨は息子が生まれてから全て拒絶した。

 陛下に新しい愛妾が出来ようと側妃を娶ろうと構わないのでもう二度と彼と閨を共にすることはないと宣言した。

 だけど陛下は側妃も愛妾も必要とせず過ごしてきた。

 それほどまでにセリーヌ様を愛しているのだろう。

 そう思うと捨てたはずの彼への愛情が心の奥底に残っているのか胸がズキっと痛んだ。

 そんなわたくしの心の中をかき乱したのは16歳になって現れた陛下によく似たグレンだった。

 セリーヌ様はどれだけ陛下を愛したのだろう。わたくしは自分に似た息子しか産めなかったのに、セリーヌ様は陛下そっくりの息子を産み落としていたのだ。

 たかがそんなことなのにわたくしの心はざわついて怒りが収まらなかった。

 グレンに冷たく当たる。

『わたくしの前に顔を出さないでちょうだい』

『貴方の顔を見るとイライラするの』

 いつもならどんな時でも優しい王妃の仮面を外すことはないのに、グレンに対してはどうしてもそれが出来なかった。

 グレンへの多少の嫌がらせも意地悪も、陛下は見逃してくれた。

 わたくしに対して負い目があるから何も言えないのだろう。陛下を困らせるために、そして自身の苛立ちをグレンにぶつけるように彼への嫌がらせを度々行った。

 それがいつの間にか憎悪から執着へと変わり、そして歪んだ愛情へと変化した。

 グレンが結婚したと聞いた時、無性に腹が立った。彼が幸せになることが許せなかった。

 そして彼の子を妊娠した妻のマキナに対して激しい嫉妬をした。殺したいほどの。

 だけど殺さなくても彼女は亡くなった。

 グレンが嘆き悲しむ姿はわたくしの心を愉快にさせる。歪んだ愛情は、彼が孤独になればなるほど満足していく。

 なのに今度は貧しい親子へ愛情を向け始めた。

 それがわたくしを狂気へと導いていったのだ。







「王妃………いや、フランソア……お前を拘束する」

 陛下は辛そうな顔をしながらも淡々とわたくしを捕らえた。



「今まで何をしても関心を持たなかった貴方が、見逃していた貴方が、セリーヌ様の息子のためならわたくしを切り捨てるのですね?」

 わたくしは陛下に微笑んだ。



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