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92話  ラフェ

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 ◇ ◇ ◇  ラフェ

「アル、何しているの?」

「おっかあしゃん、しー、しずかに、ねっ?みてみて!ほら!」
 アルバードは小さな声で花を指さした。

 屋敷の庭を散歩していたら突然花壇の前から動かなくなった。たくさんの花々があるのに何故かそこの花にだけ興味を示したアルバードはしゃがんでじっと見つめていた。

 アルバードの横からそっと覗き込んでみると、そこにはマリーゴールドの花が咲いていて、蝶々が2匹そっと寄り添うように花にとまっていた。

「かわいいね」

 わたしの方を向くとニコニコ笑顔で話しかけてきた。

「おかあしゃんとアル、みたい!」

「ふふ、仲良し親子かしら!」

「うん、とってもなかよしなの」

 アルバードの声に反応したのかフワッと蝶々が飛んでいった。

 アルバードは飛んで行った蝶々を見上げ楽しそうに見つめていた。

 ーーーあぁ、この子が生きている。

 もうそれだけでいい。

 アレックス様のタウンハウスでお世話になりながらふた月ほど過ごさせてもらった。

 アルバードも元気に駆け回れるようになってきた。



 最近ーーー
 グレン様はわたしと目を合わそうとしない。
 ううん、それ以前にあれだけ毎日わたし達に構ってきたのに今では絡んでくることすらない。

 お忙しいのだろう。

 そう思いながらも寂しく感じるのは何故かしら?

 救い出してくれたお方だから?

「おかあしゃん、あのね、ギュレンにね、ありがとうっていってね、えをかくの」

「アルはグレン様が大好きなのね」

「うん、ギュレンはおともだちなの、やさしくてねっ、かっこいいの」

「そうね、そして彼が居るだけでとても周りが明るくなる人だわ」

「ギュレン、あかるい?アルは?」

「ふふふ、アルがいてくれるだけでおかあさんはとても幸せよ。明るい気持ちになれるわ」

「ぼくもおかあしゃんといるだけで、しあわせなのぉ」


 アルバードは床に寝転んでグレン様の絵を楽しそうに描いていた。わたしはそのそばで騎士服を縫いながらアルのいつもの面白い歌を聴いていた。

「ギュレンって、かっこいい~♪ギュレンって、やっさしい~♪」

 すると扉をノックする音が聞こえた。

「はい?」
 この時間に部屋に人が訪ねてくるのは珍しい。

「グレンだ、少し話がある」

「わかりました、開けますね」

 縫い物を慌ててテーブルに置いて、扉の鍵を開けた。

 そこに立っていたのはいつものグレン様ではなく暗い顔をした、少し怖く感じてしまう雰囲気のグレン様だった。

「あっ!ギュレン!!」

 アルバードはそんなグレン様の様子に気づかずにいつものように抱きついていった。

「アル、今日も元気だな!」
 グレン様は飛びついてきたアルバードを抱き抱えて、髪をくしゃっと撫で回した。

「アル、げんきぃ!」

 抱っこされたアルバードはとても嬉しそう。

 しばらく二人でキャッキャっと言いながら遊んでいる姿を黙って見ていた。

 興奮して疲れたアルバードはグレン様の膝を枕にしてスヤスヤとソファで横になって眠っている。

 そんなアルバードに優しく頭を撫でている。慈しみながら。
 だけどなんだかとても辛そうな顔をしていた。

 思わず「……グレン様?」と声を掛けてしまった。

「………あっ、ラフェ……」

 上を向き私と目が合った瞬間、悲しみの色が見えた。

 ーーーお別れの時…かしら?

 素直にそう思えた。

 今まで平民のわたし達親子が身に余る贅沢な暮らしをしていただけなんだ。

 元の生活に戻るだけ、グレン様に会えなくなっても仕方がないこと。胸がチクチク痛む。

 なのにこの胸の痛みは何?

 お世話になったグレン様を悪者にしてはダメよ。わたしから言わなければ。
「………グレン様大変お世話になりました。お会いしたらお礼を言いたかったのです」

 グレン様は驚きながらもわたしの話を聞こうとしてくれた。

「そろそろこちらのお屋敷をお暇しようと思っています」


「………どこへ?どこへ行くんだ?」

「えっ?もちろん自宅に帰るつもりです」

 優しい隣のおばちゃん達が待っていてくれるはず。
 家にもずっと帰っていない。埃も溜まっているだろうし掃除もしなくっちゃ。

「ダメだ。二人にはこのタウンハウスを出て……安全なところに移動してもらう」

「安全なところとは?」

 どう言うことだろう?まだあの薬の事件は終わっていないの?

「ラフェも知っている………アーバン殿のところだ」

「アーバン?」

「そうだ、二人は今爵位を返して平民として二人で街で暮らしているんだ」

 わたしは二人の顔を思い出しながらももう頼りたくないと拳を握りしめて話しかけようとした。

「すまないが質問には答えられない。アーバン殿とは話がついている。今このタウンハウスにいるよりもアーバン殿の所にいる方がラフェ達にとっては安心なんだ」

 そういうと、「早い方がいいだろう」と言って、わたしとアルバードをそのままアーバンが住む家に連れてきた。

「荷物が……」困り果てて小さく呟いた。

 アーバンと義父が住む家は以前のお屋敷とは比べ物にならないほど小さな家だった。それでも我が家に比べれば十分広い。

 アーバンはわたしたち親子を見て

「久しぶりだな、ゆっくりとして過ごして」と言って部屋に案内してくれた。

 お義父様は仕事に行っているらしく通いの家政婦さんとアーバンの二人が待っていてくれた。

 部屋の中はスッキリとしていて男二人で暮らしていることが窺えるくらいにあまり物がない。

 ベッドとテーブルと椅子、そしてカーテンと必要なものは揃っていた。

 窓の下にはマットが敷いていて、アルバードが気に入りそうなおもちゃがいくつか置いてあった。

 それを見つけてアルバードは新しいおもちゃに夢中になって遊んでいた。

 わたしはとりあえず急ぎとは言え、作りかけの仕事だけは持ってきたので裁縫道具をテーブルに並べた。

 グレン様は何故ここで暮らすように言ったのか?
 あんな辛そうな顔をしたグレン様の顔を思い出すともう会うことはないのかもしれない……と思い胸が痛む。


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