【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ

文字の大きさ
上 下
78 / 146

78話  ラフェ

しおりを挟む
 ◇ ◇ ◇  ラフェ


「アル?良い子ね」
 意識のない息子の頬を優しく触りながら話しかける。

 わたしはアルバードの眠るベッドのそばに椅子を置き、アルバードのそばに出来るだけいることにした。

 まだ意識が戻らないアルバード。

 このまま衰弱して死んでしまうか、薬が間に合うか。

 死なないと信じていても不安になる。
 ずっと苦しんでいるのにそばにいてあげられなかった酷い母親でやっと会えたのに、アルバードが死んだと思って気を失うなんて。

 アルバード、ごめんね、何度も強くなろうと、強くならないといけないと思ってるのに。

 弱くて力のない母で、ごめんなさい。




 メイドさんが部屋にお茶を持ってきてくれた。

「ラフェ様、お茶を持ってきました。少しだけでも甘いものを食べてください。料理長がラフェ様ようにラズベリーと苺のタルトを焼いたんです」

「ありがとうございます。いつも差し入れでいただくタルトですね?アルが大好きなんです」

 食欲なんて殆どない。
 警備隊に捕まっている間、無理やり口に食べ物を詰め込んで飲み込む作業しかしていなかった。何度も吐いて、それでもアルバードにあった時心配させないように必死で食べていた。

 この屋敷に来てからも倒れてしまい食事は殆どスープのみ。

 だけど……このタルトは、アルバードが大好きだったもの。

 だからなのかお茶を飲みながら無理やり流し込まなくても、不思議に口が受け付けてくれた。

「………美味しい、で、、す」

「よかったぁ、料理長が喜びます。ラフェ様の姿を見てお痩せになっていたのでとても心配していたのです。
 いつもお二人が喜んでくれて食べていると報告があったタルトなら食べられるかもしれないと思って。みんなで考えたんです」

「みんなで?」

「私たち使用人は、あまり近寄らないご主人様のアレックス様とグレン様がこんなに王都に居てくれたのは、ラフェ様とアル様のおかげだと思っているんです。お二人に出会ってから二人はとても楽しそうで。
 私達使用人は雇われてこのタウンハウスを守っていますが、普段は何もすることがなくて……お二人がいなくても毎日ラフェ様達のために何かできることがあるのは、仕事をしている私たちにとって楽しみだったんです」

「いつもありがとうございました。皆様からの優しさと気遣いのおかげでわたし達親子は生きて来れました」

「わたし達は主人の命令で出来ることしかしていません、ただそこにこっそり気持ちが入り込んでしまって、お二人の喜ぶ顔を見るのが楽しみになっていたのです」
 メイドさんは優しく微笑んでくれた。

「ありがとうございます」

 タルトのお礼を言いながら

「図々しくも皆さんの好意に甘えて、わたしが捕まっている間もアルバードの看病をしてもらっていたのにお礼を言わずすみませんでした」

「みんな可愛いアル様に夢中なので、誰が面倒をみるか順番を奪い合っていたんです、あ、ごめんなさい、元気が一番なのに、失礼なことを言いました」

「いいえ、捕まっている間、アルバードの体のことは心配でしたが、皆様にお任せしていたので安心しておりました」

 わたしはお茶をいただきながらメイドさんとお話をした。
 ここのタウンハウスの使用人さん達は平民でしかないわたしたち親子にとても優しく接してくれる。だからアルバードのことも心配でたまらなかったけど、ここに預けていたのでそれ自体は安心していた。
 もしこれがうちの家にアルを置いて捕まっていたら、わたしは心配で気が狂っていたかもしれない。
 近所の人はいい人たちだけど、やはり平民では診てもらえるお医者様は限られているし薬や治療にも限界がある。

 平民と貴族の社会を行ったり来たりして暮らしてきたわたしだからわかる。

 やはりこの社会は平民では生きにくい。

 ただ縛りのない平民の生活は自由だし、貴族のようにしがらみや本音と建前なんて必要はない。そんな意味ではとても幸せに暮らせる。

 だけど、女一人が乳飲み子を抱えて暮らすのはとても厳しかった。

 そんなことを考えていると、突然、いつも冷静で笑顔が絶えない優しい執事さんが部屋に飛び込んできた。

「ラフェ様、薬が届きました」

「えっ?まだグレン様が旅立って4日しか経っていないのに?遅くとも一週間はかかると思っていたのに……」

「グレン様はこちらに向かっていると思います。とりあえず2日分の薬を伝書鳥が運んできました。今お医者様をお呼びしております」

「…………あ…りがとう……ござい…ます」

「アル様の生きようとする力が運を引き寄せたのですよ。薬があってよかったですね」

「………はい」

 わたしは体から力が抜けそうになるのを必死で耐えた。



しおりを挟む
感想 473

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

愛してくれない婚約者なら要りません

ネコ
恋愛
伯爵令嬢リリアナは、幼い頃から周囲の期待に応える「完璧なお嬢様」を演じていた。ところが名目上の婚約者である王太子は、聖女と呼ばれる平民の少女に夢中でリリアナを顧みない。そんな彼に尽くす日々に限界を感じたリリアナは、ある日突然「婚約を破棄しましょう」と言い放つ。甘く見ていた王太子と聖女は彼女の本当の力に気づくのが遅すぎた。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...