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64話

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 ◇ ◇ ◇  ラフェ

 兄さんが来てから少しだけ希望を持てた。

 アルバードが生きている。

 今生きようと頑張っている。

 だったらわたしも生きようと頑張らないと。

 食べ物は胃が拒絶する。だけど野菜があまり入っていない味の薄いスープは今のわたしにはちょうどいい。

 なんとか胃が受け付けてくれる。硬いパンはスープに浸して柔らかくすればいい。

 吐きそうになったら口を押さえ無理やり飲み込んだ。
 アルバードがわたしを見て驚かないようにいつもの姿に戻ろう。

 不思議に希望を持つと、何も出来ないただじっとしているしかない部屋で過ごすのも苦にならない。

 たまに警備兵が小窓から覗きにくる。

 死んでいないのか確かめるためか、わたしを嘲笑いたいのか。

「へえーまだ生きてるんだ?」
「恥ずかしくないのか?息子を殺そうとしたくせに」

 など、取り調べもしていないくせにわたしを犯人のように蔑んだ目で見る人もいる。

 もちろん心のある優しい人は、料理を持ってくる時に「こんな物ですみません」と気の毒そうに持ってきて「心を強く持ってください、負けないで」とこっそり励ましてくれる人もいる。

 人っていろいろだよね。

 優しい人もいれば人を馬鹿にすることで自分の立ち位置を少しでも上に見せようとする人、ただ心がない人、わたしは両親が亡くなってからそんな様々な人たちの中で生きてきた。

 だけど……最近たくさんの優しい人に囲まれて人の温かさや優しさを知りすぎて甘えることを覚えてしまったから、……弱くなってしまった。

 ついグレン様が助けに来てくれるかもしれない……なんて現実味のないことを考えてしまう。

 何度も助けてくれた、甘えることを覚えろと言ってくれた人。

 そんなこと言う人なんていなかった、優しさに甘えれば裏切られた時自分が辛くなる。

 エドワードはとても優しい人だった。優秀で真面目で優しくて理想の夫を絵に描いたような人だった。

 彼のそばにいると安心できた。兄のように思っていた彼を愛するようになった。なのに今助けて欲しいと思うのは……何故かグレン様。

 何度も何度も人から裏切られ辛さを味わってきたのに、わたしって馬鹿だからまた人に頼ろうとしている。

 グレン様にだって自分の生活がある。それはここにはない。
 彼は王都から離れた辺境地に住んでいる人。



 ーーグレン様……お願い……アルバードを助けてください。わたしのことなんてどうでもいいの、だけど、アルバードのことだけは……

 わたしは何度も何度も会えるはずのないグレン様に心の中でお願いした。

 ほんとわたしってこんな時だけ頼ろうとして……狡いとわかっているのに。






 ◆ ◇ ◆

「突然釈放しろと言われても無理です」

「そう言うと思ったよ」

 俺は出来れば陛下の書簡は出さずに済めばと一応ラフェの釈放を警備隊長に頼んだ。

 相手は俺が辺境伯領の騎士団長と知っているのに拒否してきた。

「この女性は子供を殺害しようとしたんです、しかも麻薬に近い薬を使って。ですので釈放など無理に決まっています」

「俺が聞いた話では騎士団も動き出したし、その女性が子供を殺そうとした事実はないと聞いている。しかも一度も取り調べなどしていないし、無理やり監禁しているだけだと聞いた」

 これは確かな情報だ。
 辺境地は情報が入るのがどうしても遅れる。そのため各地に『影』を置いている。その一つがヴァレン商会だ。商会の売り上げも入るし情報も入る。

 その影が、この警備隊の情報を集めてくれていたのだ。
 ラフェにどんな風に監禁の間接してきたか報告書を読んだ俺はこいつら全員締めあげようかと思った。

 まずい食事に暴言、何もない部屋にただ閉じ込めるだけ。
 一切の情報を与えず泣いて息子の安否を聞いても誰も答えない。
 ラフェがアルバードに薬を飲ませたと言う証拠も証言もない。容疑者にすらなり得ないラフェを10日間も閉じ込めやがって!

 くそっ、俺がもっと早く知っていればすぐにでも助けに来たのに。

 王都と辺境地の遠さを恨むしかなかった。

「ゴタゴタこねてラフェを出さないつもりか?」

「違います、ただ彼女の容疑が晴れていないのに出すわけには行かないんです」

「誰がそう仕向けてるんだ?言え!!」

「だ、誰がとは?」
 俺の言葉に思わず息を呑んで青い顔をする警備隊長。

 絶対に口は割らないだろう。割れば自分の罪も認めることになる。

「お前達のことは後日調べる。とにかく彼女は連れて帰る」

「勝手なことを言わないでください、貴方になんの権限があると言うのですか?連れ帰りたければきちんと申請をして手順を踏んでください」

「なんの申請だ?釈放に申請なんてあるのか?それはその警備隊の中でのことだろう?他の騎士団が申請をしたところで出すつもりなどないくせに」
 俺は鼻で笑った。

「ほらよ、これがあればラフェは連れて帰れる」

 そう言って俺は書簡を隊長の顔に投げつけて、席を立った。

 何人かが俺を止めようと立ち塞がったが、そいつらの腹を思いっきり殴りつけて、部屋を出た。

「世話になったラフェのお礼だ」

 廊下を歩いていると女の職員を見つけた。

「おい、ラフェと言う女性を迎えに来た。どこにいるか案内しろ、隊長の許可はもらった」
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