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57話

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 ◇ ◆ ◇  アーバン

 グレン様に問い詰められた。

 兄のことを話したら眉間に皺を寄せてかなり不機嫌になっていた。

 俺はこの領地に来て兄の活躍した話を耳にした。しかし逆に怪しい薬が出回っている話も耳にした。

 そして売人をしていたグレン様に出会った。

 あの人は今敵の中に入り込んで動いているところだった。だから俺が兄のことを聞き回っている動きはかなり邪魔になっていたようだ。

 そりゃそうだ。一人で動いて噂を嗅ぎ回っていたように見えるだろう。

 グレン様から解放されてしばらく宿で静かに過ごすことにした。今は動き回る時ではない。
 兄の姿を見られる機会も今のところはないし、残り僅かな休暇を如何に使うか悩んでいた。

 リオ・コスナーは兄のエドワードで間違いはないだろう。

 俺自身、今は平民になってしまったので領主代理になっている兄に簡単には会えないのだが。

 
 コスナー伯爵の遠縁の貴族の養子となり伯爵令嬢だったシャーリー様と結婚して婿養子に入っている兄。

 記憶のない兄は平民として過ごしていただろう。ならば籍など簡単に作れる。

 母上に口止めさせて追い返された兄は諦めて伯爵家の護衛として働き始めた。そして、シャーリー様のお気に入りだった兄は婿になった。

 これらは母上の話とアダムさんの話と、ここで聞いて回った話を纏めて、ある程度わかったことだ。

「くそっ、ここまで来たのに……だが兄貴はもう新しい家庭があって記憶もないのにラフェ達のところに戻るわけないよな」





 今日も特にすることはない。
 俺は宿屋を出て、街をぶらっとして昼飯を食いに行くことにした。

 宿屋は朝食と夕食は出るが、昼食は出ない。

 歩いていると、たくさんの騎士達が建物の前を取り囲んでいた。

 そして騒ぐ男や女の手を縛り荷馬車や馬車に乗せていた。

 一斉検挙を行なっているのか?

 通りすがりの人々も立ち止まりみんなその様子を窺っていた。

 俺もそれを遠巻きに見ていると、建物からローブで縛った男を連れてグレン様が出てきた。

 俺は例の薬の件の摘発だとすぐにわかった。

 そして………そこに『リオ・コスナー』と思われる男がグレン様の前に怒りを露わにしてやってきた。

 久しぶりに見る兄の姿は、人前では笑顔を絶やさず、だけど心のうちを人に見せることはない優秀で真面目な兄ではなかった。

 少し疲れているようで怒りなのか焦りなのかイライラしているように見えた。

 声をかけたいと思った、だけど公衆の面前で騎士団長と領主代理である二人の貴族に平民になった俺が易々とは話しかけられなくて黙って見ているしかなかった。


 ◆ ◆ ◆  エドワード




 俺は執務室で通達の手紙を読んで慌ててサリナル商会にやって来た。

 俺は何も知らされていなかった。必死で真実を知りたいと思い、部下に動いてもらったのに新しい報告はまだなかった。自分は領主代理なのに何も知らずにいたのだ。

 国王陛下や辺境伯様ですらご存知のことを俺は知らなかった。

 辺境伯の騎士団が動いていたなんて。

 知らせてもらうことすらなかった。
 ーーなぜだ?義父である伯爵はご存知だったのだろうか?


「何をしているのです?」

「貴方のところに通達がいってるはずだが?今日サリナル商会を捕えると」

「確かに通達が来ましたが、当日とはどう言うことです?普通なら領主代理であるわたしに前もって話が来ているものではないのですか?」

 俺はこの場で一番偉いであろう男に話しかけた。
 団長だろうと思われるこの男の騎士服は辺境伯家のシンボルの鷹の刺繍が入った上着で丁寧に仕上げられていた。
 胸飾りにはその人の地位や階級を示す、紋章が付いていた。

 この騎士達の中で一人服装が華やかで違っていたのだった。


「まあ普通ならそうでしょうね?しかしこの領地に俺よりも長くいる貴方には全くこの酷い現状が見えていなかったのでしょう?
 俺は貴方の義父よりも上の陛下からの命令でこちらに来ています。貴方のような無能な人と話さないといけないとは命令されておりません。こちらでの行動は陛下から『好きにしろ』と言われているので貴方にとやかく言われる筋合いはない」

「国王陛下からのご命令……ですか?」

 手紙にそう書いていたのはわかっている。
 ーーしかしそれでも何故何も知らせれなかったのか悔しくて唇を噛んでしまった。

「先ほどの手紙に書いてありました。しかし二月も前からこちらの領地で動かれていたのでしたら何故我々にも一言伝えてはくれなかったのですか?」

「はあ?なんでそんな親切に話さなきゃならない?自分たちの領地で領民達が怪しい薬を勧められて苦しんでいるのに気がつきもしない間抜けな代理のために」

 いくらなんでも、『間抜け』?

 俺は腹立たしさを隠す気にもなれなかった。相手が喧嘩を売ってくるのだ。

「その言葉はいかがなものでしょう?いくら陛下のご命令かもしれませんが、この領地にはこの領地のやり方があります。勝手に動き回られるのは流石に迷惑です」

「ったく、いちいちうるせぇなぁ?あんたらの尻拭いをこっちはさせられてるんだ!!」

「尻拭いなんてそんなことは………」

 俺のその言葉にムッとしてついムキになって言い返した。

「サリナル商会はわたし自身も調べましたが噂の薬はありませんでした。
 他のところが出所なのではないですか?」

 暗にお前の間違いではないか?と言ったのだ。

「俺はな、自分がこの商会に入り込んで自ら売人になったんだ」

「はっ?なら貴方も罪人ではないですか?」

「俺が誰にでも売るわけないだろう?売ったのは全て騎士団やその家族。その売った薬品は全て押収して証拠品として取ってある、そして他の売人も見つけ出して、そいつらから買った人たちは辺境地の診療所へ送ったよ、治療をすることと証人になってもらうためにな」

「…………」
 俺は何も言い返せなかった。






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