【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ

文字の大きさ
上 下
42 / 146

42話  アーバン

しおりを挟む
 ◇ ◆ ◇  アーバン

 ラフェが昔と変わらず話してくれた。
 俺はそれだけで満足だった。

 話しの内容だけで兄貴が生きていることも何も知らずに過ごしているとわかった。

 記憶喪失だと聞いた。兄はこの王都にはいないのかもしれない。優秀な人だ。記憶はなくても騎士としても文官としても生きていける。

 それだけの才を持っている人だ。俺はそんな兄に対して子供の頃から劣等感を抱きながら過ごしていた。

 俺もそれなりに優秀だと言われたが兄はそんなものじゃなかった。

 何をさせても簡単にこなすし、覚えてしまう。

 だからあの若さで騎士団の副隊長になれたし、もうすぐ騎士爵も賜るだろうと言われていた。

 俺が努力しても兄に追いつくのは難しかった。母上の言う通り母上が社交をして友人関係を築いてくれたおかげで、俺は今副隊長になれただけだ。
 兄のように実力だけでなれたわけではない。

 兄が生きているなら記憶がなくてもどこかで活躍しているはずだし、それなら誰かしら会っているはずだ。もしどこかの伯爵家の令嬢と結婚しているなら兄の噂くらい入ってくるはずなのに……どこか田舎の領地で暮らしているのかもしれない。
 王都にまで話がこないようなところに。領主でなければ王都にはなかなか顔を出さないし名前も上がってはこないこともある。

 兄が生きていることが確実ではないがほぼ事実だと分かり、死亡保証金と遺族給付金を返還することになった。

 しかし、仕事中の行方不明で記憶喪失になり未だに行方がわからない為、母上の罪は別として、全額返還はしなくていいと言われた。

 兄が働いていたら貰っていたであろう給金と差し引きになり、母上の宝石を売って支払いをしてもかなり余ることになった。

 その余ったお金は伯父上に今まで母が借りて返済していなかった分に回すことになった。

 おかげでほぼチャラになった。

 父上と俺が二人で働けばこれから先食べていくことは十分できる。

 父上は騎士爵を返上して今は一騎士として働き始めた。俺も副隊長を降りて一騎士として働き始めた。

 収入はかなり減ったしいづらい立場ではあるが俺たちも知らなかったですまない。

 男二人暮らしてはいける。

 母上は残念ながら兄のことを知っているのに黙っていたことで罪に問われることになった。

 さらに多額の借金で周りにも迷惑をかけることになり、罰を受けることになった。

『わ、わたしに働けと言うの?それも収容所で?い、嫌よ!アーバン、貴方の力で助けなさい!』

 牢の中にいた母上に会いに行った。あれだけいつも綺麗に着飾り、髪もきちんと纏めて、化粧をしていた常に美しく凛としていた母が今は化粧もしていない、服はなんの飾りもない茶色いワンピース、髪は手入れすらされていないバサバサのストレート。

『アーバン!わたしが何をしたと言うの?エドワードはお金持ちの令嬢と結婚して幸せに暮らしているの。わたしは何も悪くない、何もしていないのに……』

 母上は一度も罪を悔い改めようとは思わなかった。
 もし兄貴が訪ねてきた時、追い返さなければ今頃ラフェとアルバードは親子三人で幸せに暮らしていたかもしれない。

 この人はそんなことすら思わなかったのだ。自分の欲に負けて。

『母上、罪を償ってください』

 ーー罪を償って心を入れ替えたら……

 父上は受け入れるだろうか?


 母上との最後の面会を終わらせ、俺は自宅に向かって帰ろうと歩いていた。

 屋敷を売り今は騎士団の詰め所から近いアパートに二人で住んでいる。

 食事も掃除も洗濯もできない親子なので通いの家政婦を頼んできてもらっている。

「とりあえず今は何にも考えたくない」
 ボソッと呟くと重い足取りで帰宅を急いだ。

 その時すれ違った瞬間
「あっ」と俺を見て声を出した人がいた。

 振り返ると向こうも俺を振り返って見ていた。

 ーー誰だっただろう?

 記憶を辿りながら彼の顔をじっと見つめた。

 向こうは逆にしまったという顔をして慌てて目を逸らした。

 ーー?……なんだ?

 俺は迷わず話しかけた。

「お久しぶりですね?」

「あっ、ああ、よく僕のことがわかったね?会ったのは君の家に遊びに行った時だったからもう十年以上前のことだった気がする、まだ君は12、13歳くらいだったかな?」

「もうそんなに経ちますかね?」
 とりあえず話を合わせた。たぶん年齢的に兄の知人のようだ。

「いや、あ、思わず懐かしくて声が出てしまって驚かせてすまない」

「いえ、俺に何か話したいことがあるんじゃないですか?」

「話し?どうしてそう思うんだい?」

「俺の顔を見て何か言いたそうにしていたので、勘違いでしたらすみません」

 何か言いたそうにしていた。それは確信に近い。騎士をしていればある程度相手が何か隠そうとしたり目を逸らした時の仕草は見逃さないようにしてきた。
 だからこの人には何かある。そう思った。

「…………悪いが急いでいるので帰らせてもらうよ」

 俺はこの人を止める理由もなく「失礼します」と言ってその場では別れた。

 そして彼に気づかれないように後を追った。








ーーーーーー

タイトル数字の後に一人の話しの時だけ、名前をつけくわえました。
二人、三人の話しの時は入れておりません。
よろしくお願いします。



しおりを挟む
感想 473

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

処理中です...