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20話  エドワード

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 ◆ ◆ ◆  エドワード

 シャーリー様の領地に戻り護衛騎士としての日々を過ごした。
 鍛錬に明け暮れて1日が終わる日や護衛として一日中シャーリー様について回る日もある。

 シャーリー様は自由奔放な方。

 婚約者が学生の時にいたらしいのだが、相手には好きな人がいたらしく『あらそうなの?』とあっさりと解消されたらしい。
 今は新しい婚約者は要らないと領地でのんびりと過ごされているらしい。

 シャーリー様の両親は、王都のタウンハウスで主に過ごしている。
 そして時々シャーリー様の様子を見がてら領地での仕事をするためにやって来る。
 シャーリー様には弟がいていずれ跡を継ぐのでシャーリー様もそろそろ結婚では?と噂があるのだが本人には一向にそんな気配はない。

 俺は未だに記憶が戻らず、『リオ』として過ごしている。

「一度休みをいただいて王都にある騎士団へ行ってみようと思っています」

 伯爵家の護衛騎士を纏める隊長に相談したのだが、「今は人手が足りない、もう少ししたら休みをやるから」と却下されてしまった。

 確かに王都へ行き調べて帰ってくるとなればひと月はかかる。

 休めないのは仕方がない。

 シャーリー様に頼んでいた俺の素性を調べてもらうこともまだ出来ていないようだ。

 俺はエドワードではないらしい。

 あの屋敷に行った時、使用人も俺の顔を全く知らないようだった。
 知っていれば驚いた顔くらいしたはずだ。あの母親らしき婦人も俺を見て困った顔をしていた。

 シャーリー様に雇ってもらっている以上、休みが取れないのに自分が誰かなんて探して回るだけの時間はなかった。

 かと言って住むところもなく、あまりお金もない以上働かなければ食ってはいけない。

「俺は誰なんだ?このままリオとして生きるのか?」

 シャーリー様のおおらかで可愛らしい自由奔放なところにはとても惹かれてしまう。

「リオ、買い物に付き合ってちょうだい」
「ねえ、ダンスの練習相手になって!」
「このドレスどう?可愛いでしょう?」

 使用人でしかない俺に気軽に話しかけてくるシャーリー様に少しずつ惹かれていった。

 俺は彼女に逆らえない。

 ダンスの時、寄り添い手を握る。記憶はなくても不思議にダンスを踊れる。シャーリー様とダンスを踊る時間はとても楽しい。

 記憶はなくても外国語もいくつか話すことが出来た。
 伯爵領に他国のお客様が来られている時、近くにいて話している会話がほとんど理解できた。
 お客様が街に買い物に行きたいのだけど道がよくわからないからいけないと話していたので、俺は思わず話しかけて
「ご案内いたします」と話しかけたら

「私たちの言葉がわかるの?」と驚かれた。
 そして護衛を兼ねて街を案内した。

 俺がシャーリー様の近くにいる時にそんなことが何度となくあった。

 シャーリー様はその度に
「リオって凄いわね!何ヶ国語話せるの?」

「さあ、俺自身もわかりません」

「ふふっ、リオはもう私から離さないわ、リオずっとそばに居てね」



 シャーリー様が「もうこんなに書類があって整理しきれないわ!」と叫んで
「リオ、貴方優秀だからちょっとやってみてよ」と言われて簡単に教わってから、やってみたらすぐに書類仕事をこなせるようになった。

「リオって実はとっても優秀なのね。頭も良くてカッコよくて、外国語も話せて優しい」

 そう言って俺の目を見つめ、頬にキスをしてきた。

「シャーリー様……」

 思わず抱きしめたくなるが俺はただの使用人。シャーリー様から少し離れた。

「リオって真面目ね?こういう時は抱きしめてくれるものでしょう?」

「申し訳ありません」

 この人は、人の気持ちを弄ぶのが好きなんだろうか?俺の気持ちをわかっていて……男を煽ると言うことの本当の怖さを知らないのだろう。

 シャーリー様に惹かれていく自分と、もしかしたら記憶がないだけで恋人がいたかもしれない、もしくは妻がいたかもしれない。そう思うとシャーリー様への想いを表に出すことは出来なかった。


 ある日、護衛としてシャーリー様に付き添い侯爵家のパーティーへ行った。

 華やかなドレス、胸元が少し大きめに開いていて思わずドキッとした。見てはいけない、だけどあの体が欲しい、何度そう思ってしまったか。

 シャーリー様の誘惑するかのようなドレスにパーティー客の男達は釘付けになっていた。

 その中には元婚約者だった男やその友人もいた。
 シャーリー様になんとか話しかけようと試みるものが後を経たない。おれは護衛として彼女のそばから離れないようにしていた。

 ダンスのパートナーはシャーリー様のご学友のジャン様。

 お二人の息の合ったダンスを俺は遠くから眺めていた。あの横に並ぶ権利が欲しい。だけど俺はただの使用人。それも身元すらわからない記憶のない男。

 働かせてもらえるだけでありがたい。

 相手を変えて何曲か踊り、荒い息で

「ふー、楽しかったわ」と俺のそばに戻ってきたシャーリー様に

「お疲れ様でした。何かお飲み物を取って来ましょうか?」と聞いた。

「そうね、シャンパンを飲みたいわ」

「かしこまりました」

 シャンパンを給仕から受け取り、シャーリー様のところへ持っていく。
 シャーリー様のそばにはジャン様がいて寄り添うように仲良く話していた。

 近くに寄ると「シャーリー、護衛騎士が来たよ」と声をかけた。

 俺に気がついたシャーリー様がにこりと優雅に微笑み「リオ、ありがとう」とシャンパンを受け取った。

 俺はその後少し離れた場所で彼女の姿を見守ることにした。

 二人が親しく話す姿を惨めな思いで見ている俺。彼女への気持ちが抑えられなくなる。

 好きだ、愛おしい。
 自分の立場が苦しい。

 そんな時、護衛騎士の俺に話しかける令嬢がいた。

「あら?貴方見たことがあるわ?誰だったかしら?」

「貴方はわたしが誰かご存知なのですか?」

「何?それ?自分のことがわからないの?」

 俺をまじまじと見つめてクスッと馬鹿にしたように笑う。

「そうね、貴方が誰なのか思い出してもいいんだけど……一晩付き合ってくれるかしら?」

 俺の顎に指を置き、クスクス笑う令嬢。

「シャーリー様の護衛騎士と一晩遊べるなんて楽しそう」と呟いた。

 みんな俺の見た目で声をかけてくる。

 記憶を失ってからどれだけ女が俺を誘っただろう。俺はこの一年以上その誘いにだけはのらないようにしていた。

 シャーリー様は俺を煽っても誘っては来ない。こんなあからさまに誘われて乗れば地獄を見るだけだ。

「申し訳ありません。わたしは仕事中ですので」冷たく言い令嬢のそばを離れた。

 シャーリー様が俺と令嬢を見ていたことに気がついた。

 手でこちらにと、合図された。

 そしてシャーリー様のそばに行くと

「リオ、貴方はわたしの飼い犬なのよ、勝手に他の女に尻尾をふらないで」

 そう言って頬をハンカチで叩かれた。

 少し赤くなっただけで大して痛くはない。

 だが、シャーリー様の冷たい視線が俺を突き刺した。

 言い訳は出来なかった。

 俺はシャーリー様に好意を寄せている飼い犬でしかない。

 それがとても惨めに感じた。









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