【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ

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6話

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 ◇ ◇ ◇  ラフェ


 一人で暮らすには広すぎる離れの家で夜は一人で過ごす。昼間は使用人が数人居て出入りがあり寂しくないのだけど、夜になると静かすぎて寂しい時間になる。

 エドワードがいた頃はたとえ夜勤でいなくても寂しいと感じたことはなかった。次の日の朝帰ってくるのを心待ちにして、朝食の準備をしておいたり彼と何を話そうかと考えたりしていたので、寂しさより次の日会えることが楽しみで一人の時間もあっという間だった。

 数ヶ月家を離れていた時ですら、寂しくても手紙を書くこともできたし、アーバンが仕入れた情報で今何をしているのか、後少しで帰れるかもしれないとか、前向きに考えられた。

 なのに今はどんなに心待ちにしても……エドワードが帰ってくることはない。お腹が大きくなるとエドワードの墓に行くのも大変でたまにしか行けなくなった。

 空の墓に声をかけるのはとても辛い。

 それでも葬儀をして死亡は承認されてしまったので空の墓に参るしかない。

 今日の夜は雨。

 雨音が寝ていても聞こえてくる。
 なんだかいつもよりお腹の調子が悪くて寝つけない。雨のせいなのか、一人の寂しさなのか。

 幼い頃から雨が苦手だった。
 大雨の時、怖くても甘えられる人がいない。兄さんと義姉さんは産まれたばかりの子供の世話で忙しくてわたしのことまで構っている時間はなかった。

 だから雷の音が怖くても一人で毛布を被って震えているしかなかった。
 でもエドワードと結婚してから雷は怖くなくなっていた。

 いつもベッドでわたしの頭を撫でて抱きしめて眠ってくれていたから。


「ふぅー、今夜は眠れそうにないわ」

 諦めてベッドから起きて寝室にあるイスに座り窓から雨を見ていた。

 暗い夜中の雨はまるでわたしを闇の中に飲み込んでしまいそうだった。

 仕方なく灯りをつけてもうすぐ産まれる赤ちゃんのよだれ掛けを縫っていた。

 何枚あっても足りないから、とお義母様が言っていた。

 だから今のうちにオムツや涎掛け、肌着など手作りできるものはたくさん準備をした。

 縫いものに集中したいのにやはりお腹がなんともグジュグジュしていつもと違う。さっきより少し痛みを感じたり、でも気のせいかもしれない。もうなんともなくなっている。


 もしこの雨の中子供が産まれそうになったら……そろそろ一人でこの離れで暮らすのは無理かもしれない。

 お義母様にも「そろそろうちで過ごした方がいいと思うの」と言われていた。
 陣痛は突然くるものだからと言われていた。

 ーーまだ10ヶ月に入ったばかりだもの。産まれるには早すぎるわよね。

 縫い物はやめてお腹をさすって話しかける。

「もう少しお腹の中にいてね。お母さんは貴方に会えるのを楽しみにしているの、だけどあんまり小さいと大変なことになるらしいの。だからもう少し大人しくしていてね」

 わたしの声が聞こえるのかお腹の中でもぞっと動くのを感じる。

 もう少ししたら動きを感じなくなるらしい。そうすると産まれる準備に入ってくるとお医者様が言っていた。

「明日本邸に移りたいとお願いしなきゃね」

 お腹の赤ちゃんに話しかけた。

 今夜は眠れない夜になりそう。

 イスに座りテーブルに顔を置きウトウトしながら長い夜を過ごした。

 雨がいつの間にか止んでいたようだ。静かな朝方、突然お腹の痛みが激しくなってきた。

 ーーどうしよう、誰か呼びに行かないと助けてくれないのに……

 イスからなんとか立つと壁に手をつきながら痛みと重たい体を引き摺るようにしながら歩いた。階段を踏み外さないように慎重に歩く。

 生汗で額や手がべっとりと感じる。

 ーーお願い、赤ちゃん、もう少しだから!

 玄関までなんとか辿り着いた。
 外に出ると地面は雨のせいでぬかるんでいた。

 本邸までの道は数分なのにとても長く感じた。体を支えるものはない。壁もないし、手すりもない。

 何度か転びそうになりながら歩いた。

 痛みがスッと引く時もある。だけどなんの支えもない道は痛みがなくても歩きづらかった。

 ーーあと少し……

 気が緩んでしまった。

「あっ……」
 転んでお腹を打ってしまった。
 激しい痛みで蹲って声が出ない。

 ーー助けて……エドワード……

 もう二度とわたしの前に現れることも声をかけてくれることも優しく頭を撫でてくれることもない彼の名を何度も呼んだ。

 ーーお腹が痛い、誰かこの子を助けて!

 薄れゆく意識の中で「ラフェ!」エドワードの優しい声が聞こえてきた。

 ーー会いたかった。

「…………エ…ドワ……ード」



 ◇ ◆ ◇  アーバン

 今夜は大雨だった。

 ラフェが気になり仕事帰りに必ず離れに顔を出す。

「ラフェ、体調は?」

「今日は調子がいいの、食欲もあるし大丈夫、心配しないで」

「わかった、何かあったらすぐに呼んでくれ。夜中でもすぐに駆けつけるから」

「ありがとう、それよりベルさんと今日はデートだったの?」

「なんでそんなこと聞くんだ?」

「だって……ベルさんの香水の匂いがするわ、妊婦って匂いに敏感なの」

「あーーー、そっか」
 俺は髪をくしゃっとして頭を掻いた。

 ベルと付き合っているんだからデートするのは当たり前、なのに悪いことをしてバレた気分になってしまった。

 ラフェは俺がベルとデートしたことを素直に喜んでいるだけなのをわかっている。
 自分のせいで俺たちが上手く行かなくなるのを危惧していたから。だから俺はベルとデートした。
 本当は早上がりの今日はラフェが気になるのでそばにいたかった。

 だけどラフェはベルのことを気にする。ラフェはいつも人の顔色を窺いながら生きてきた。人に気を遣い、人が嫌な気持ちにならないように。

 俺はラフェが幸せならそれでいい、他人がどうなっていても興味がない。

 だけどそんな俺はラフェの負担になる。だからベルとデートしてきた。上手く行っているアピールさえしておけばラフェは安心して俺が近くにいても受け入れてくれる。


 だが今夜はなんだか嫌な予感がした。

 雨音で目が覚めて何度となく自分の部屋の窓から離れの方へと目を向けた。

 暗くて見えない。こんな雨の日、何事もなければいいのだが。

 ラフェは昔っから雨が苦手だ。特に雷が鳴ると怖がって震えていた。一緒に遊んでいた時も雷が鳴るとビクビクして小さくなっていた。

 うとうとしながらふと目が覚めると、もう夜が明けようとしていた。

 また窓から離れの方へと目をやると、ぬかるんだ地面に人が倒れていた。

 思わず息を呑んだ。

 ラ……ラ、フェ?

 嘘だ、あんなところに、なぜ?

 慌てて部屋から出て階段を降りた。

「父上、母上、起きてください、」

 大きな声で屋敷中に聞こえるように叫んだ。

 我が家は泊まりの使用人は老夫婦だけ。

「ベン、ベン!起きてくれ!」

 俺は大きな声でベンを呼んだ。

 そして玄関から外へ出て倒れているラフェの元へ走った。

 雨でぬかるんだ地面に冷たくなって倒れているラフェ。


「ラフェ!」

「…………エ…ドワ……ード」

 ラフェのこの言葉が俺の心を抉った。






 どれくらい倒れているのかわからない。とにかく泥で汚れで濡れているラフェを抱きかかえて屋敷に連れ帰った。

 濡れた服をこのままには出来ない。

 仕方なく床の絨毯に寝かして、服を脱がした。

 起きてきた母親に「何をしているの?」
 と言われたが、
「濡れているんです、早く着替えさせないと!それにお腹の赤ちゃんの様子も気になります。早く医者を呼ばないと!」

 母上は頷いてすぐに起きてきたベンに声をかけた。

「ベン、急いでお医者様を呼んできて!」

 隣にいたベンの妻には「お湯を沸かして!部屋を暖かくして!」と言った。

「ラフェ、ラフェ、声が聞こえる?お願い、起きて!目を覚ましなさい!お腹の赤ちゃんに何かあったの?」

 倒れている時必死で庇うように手でお腹を押さえていた。

 母上に「退きなさい!」と言われて、交代したので急いで離れに服を取りに行った。
 その間に濡れた服を脱がしてそのまま毛布をかけていたのでラフェの服を母上に渡した。

「着せるのを手伝って!」

 流石に脱がせることはできても着せるのは難しかったみたいで俺がラフェを触る許可をもらった。

 妊婦とは言え綺麗な白い肌にドキッとした。

 昨日ベルを抱いたはずなのに、ラフェの身体はそれ以上に艶かしい。

 俺は死にそうになっているラフェになんてことを考えているのだと思いながら着替えを手伝った。

 
 使用人だけでは早朝来てもらえないかもしれないからと父上はベンと一緒に行き、医者を連れて帰ってきた。


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