【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ

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1話

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 ◇ ◇ ◇  ラフェ




「行方不明?」

 どうして?
 元気で帰ってくると言ったのに。危険な任務ではないと言っていたのに……

 体が震えて止まらなかった。





 二月前。

「気をつけて行って来てね」

 夫を送り出す時毎回不安で仕方がない。

「わかってる。元気に帰って来るから待っててくれ。愛しているよ」

 夫は騎士団に所属している。最近近隣諸国との関係が悪化して各地で小さな争いが起こっている。今回も夫の部隊が出陣する事になった。

 夫の名はエドワード・バイザー23歳。第一部隊の副隊長をしている。

 父親が伯爵家の次男で平民となり騎士として身を立て騎士爵を承った。そして息子であるエドワードも騎士として身を立てている。

 一応平民ではなく貴族として生活はしているが特に領地や財産がある訳ではなく地道な生活をしている低位貴族。

 弟のアーバンはわたしと同じ歳の19歳。彼も騎士として夫とは別の部隊に入っている。

 わたしとエドワード、アーバンは幼馴染でわたしはエドワードと半年前に結婚したばかり。

 エドワードもアーバンも綺麗な顔立ちで背も高く剣の腕前も優秀で女性にとてもモテる。

 わたしはどこから見ても平凡。そう、至って普通。

 こんなわたしと結婚してくれたエドワードには感謝している。

 今回の戦闘はそんなに時間はかからないだろうと言われていた。こちらが優勢で戦っている。その後援として参戦するらしい。

 夫が居なくなって静かな時間がゆっくりと過ぎていく。

 義両親と義弟と同じ敷地に暮らしてはいるが、わたし達夫婦は小さな家を建てて別に暮らしている。

 それぞれ通いの家政婦を数人雇い、男性の使用人もいるので一人で家に居るのはさほど心細くはない。

「ラフェ、うちに来てお茶でもしない?」

「はい」
 お義母様は毎日声をかけてくださる。

 わたしの両親は幼い頃に亡くなっている。歳の離れた兄がわたしを育ててくれた。

 だから幼馴染のエドワードの両親はわたしのことを娘のように可愛がってくれた。


「エドワードがいない間心配でしょうが待っていてあげてね」

「はい、怪我をしないで帰ってくると信じています」

 いつも擦り傷だらけで笑いながら帰ってくるエドワード。心配しても仕方がない。必ず帰ってくると信じて待つしかない。

 アーバンもたまに離れの我が家に顔を出してくれる。

「兄貴の部隊は無事に現地に着いたらしい」
「戦況は今のところ有利だから心配しないで大丈夫だ」
「あとひと月もすれば帰ってくるだろう」

 毎回知り得た情報を話してくれる。

 幼馴染で同級生、互いに共通の友人も多い。

 気兼ねなく話せるアーバン。


 わたしはもうすぐ帰ってくるであろうエドワードを心待ちにしていた。




 なのに帰ってきた騎士達の中に彼の姿だけがなかった。

「兄貴は村の子供を庇って川に落ちたんだ」

 詳しい状況はわからない。ただ戦いの最中、森の中に入り込んでいた子供を庇いながら戦い、川に放り出されたらしい。

 優しいエドワードらしい話し。でもどんなに探しても見つからない。

 遺体も上がってはこないし下流の大きな川に流されてしまったのだろうと言われた。


「嘘、絶対帰ってくると言ったもの。遺体は見つかっていないのでしょう?だったらどこかで助かっているはずだわ。ひょっこり帰ってくるから葬式なんてあげない、いやよ。死亡届けなんてださないで!」

 信じたくない。
 だってあんな笑顔で『元気に帰って来るから待っててくれ。愛しているよ』と言ってくれたのに。

 わたしのお腹にはエドワードの子供がいるのにーーわかったのはほんの数日前だった。

 何だか気分が悪くて寝込むことが多くなってお医者様に診てもらうと妊娠していることがわかったのだった。

 エドワードが帰って来たらまず誰よりも早く知らせようと思っていた。

 お腹の赤ちゃん、お父さんは必ず帰ってくるわ!

 わたしは震えながらもそっとお腹に手を当てて赤ちゃんに大丈夫だからと話しかけた。



 ◆ ◆ ◆  エドワード


 思ったよりも戦況は厳しかった。

 森の中に逃げ隠れた敵国の兵士を追いながら部隊は進んでいく。
 だんだん食料も足りなくなり始めた。

「一旦退くか?」
 隊長が弱音を吐き出した。

「ここで退けば近隣の村が襲われてしまうかもしれません。一気にやっつけましょう」

「強行突破で行くにはみんな疲労が溜まっている」

「しかしここで引いては負けを認めてしまう事になります。我が国に対して隣国の奴等がどんな悪さをするかわかりません」

「わかった、だが気をつけろ。相手は何をしてくるかわからない。追われた奴らは凶暴になっているからな」

「みんな慎重に行くぞ」

「「「「はい」」」」

 俺たちは足元の悪い森の中を進んだ。

 向こうは追われる身。一気に抑え込んで捕まえてして仕舞えば残りの者は簡単に落ちるだろう。

 あと少しで追いつきそうになった時突然小さな男の子が俺たちの前に現れた。

「おい、こんなところで何してるんだ!」
 他の騎士が男の子に声をかけた。

「迷子になったの」

 泣きながらオドオドする男の子に俺は駆け寄り声をかけた。

「どこから来た?」

「向こう」

 指を刺したのは俺たちが来た方向。

「そうか……俺たちは奥へ行く事になる。おい誰かこの子と後ろからついて来い」

「坊主、後で送ってやるからゆっくり後ろから着いて来い。わかったな?」

 置いていけばさらに迷子になる。かと言って連れていくと足手纏いになる。

 だが引き返すわけにはいかない。仕方なく男の子も連れていく事にした。

 そして敵を見つけて背後から一気に捕まえる事に成功した。

 男の子は戦いを見て興奮して走り回っていた。付き添っていた騎士が目を離していたのだ。

「おい危ない、その先は川だぞ、足元が雨で緩んでいるんだ、こっちに来い!」

「あっ!」

「危ない!」

 俺は男の子を庇って川に落ちた。

 男の子はなんとか助かった。

 昨日まで降り続いていた雨のせいで川は増水していた。
 重たい騎士服のせいで泳ぐのは難しく諦めて流された。

 そしていつの間にか意識を失い………


 気がついた時には知らない場所で知らない人達に助けられていた。





「いったぁ」

「大丈夫?」

 俺を心配して覗き込む茶色い髪の女の子。

「ここは?」

「ロッティ村です」

「俺はどうしてここに……」

「河岸で倒れていたの。お父さんが見つけてうちに連れ帰ったの。かなりひどい怪我をしていて熱も高くてずっと寝込んでいたの」

「そうか……助けてもらってありがとう」

 俺は女の子の横にいる父親だと思われる男性にもお礼を言った。

「俺は………何故こんなところにいたんだろう」

「貴方はたぶん騎士だと思います。この辺はあちこちで戦いがあっています」

「覚えていない……騎士?戦い?」

何も思い出せない。ただ体が重たい、頭もぼーっとしている。

「たぶん頭を強く打っていたみたいなので記憶が曖昧なのかもしれません」
父親がそう言った。

「名前すら思い出せないの?」
女の子が困った顔をして突然、

「じゃあリオととりあえず呼んでもいいかしら?」と言い出した。

 明るく話しかけてくる女の子の名前はリーシャ17歳の農家の村娘だった。

 俺は動けるようになるまでリーシャの世話になりながらこの家で過ごすことになった。



 ◇ ◇ ◇  ラフェ


「エドワードが帰ってこない」

 もうひと月が経った。

 第一部隊の数人が現地に残り捜索してくれたらしいけど見つからないと言われた。

「奥さん、もう諦めるしかないでしょう。遺体が見つからないのは仕方がない事です」

 ーー遺体……諦める……

 残酷な言葉が次々と出てくる。

「帰って来ると言ったんです。必ず帰って来ます。どこかで誰かに助けられているかもしれません。わたしが探しに行きます、場所を教えてください」


「無理です女の人が行けるような場所ではありません。しかも貴女は妊娠しているんでしょう?」

「お腹の赤ちゃんもお父さんを待っているんです」

「ラフェ、やめろ」

「どうして止めるの?貴方のお兄さんでしょう?」

 アーバンがわたしを止めようとするのに苛立った。

 エドワードは生きている。死んだなんて信じられない。

「ラフェ!」アーバンの心配そうな声が聞こえる。

 わたしは貧血でそのまま意識を失った。




 ◇ ◆ ◇  アーバン

「父さん、兄貴を探しに行かせてください」

「無理だ。第一部隊があれだけ探して見つからなかったんだ。お前が一人で行くには危険だ。それにまだ残党がいるかもしれない。
 とりあえず川沿いの村にはエドワードの情報を流している。もしエドワードが見つかれば騎士団に知らせるように言ってある」

「ラフェは妊娠しているんです。兄貴の子供です!」

「わかってる。だが現実を受け止めるのも必要なことだ」

 父さんが言うことは正しい。
 たぶん兄貴はもう亡くなっているだろう。

 だがラフェの気持ちを考えるとまだ諦めるわけにはいかない。

 ラフェが貧血で倒れた。

 妊娠中はよくあることだと医者に言われた。

 これからどうすればいい?

 やっとラフェを諦めて前に進もうとしていたのに……俺はまたラフェへの想いに苦しむのか?













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