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3話

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 ロードから連絡は来ない。

 ううん、もしかしたら来ているのかもしれない。

 でもわたしは今職場の子爵家の屋敷に泊まり込みで暮らしている。

 その訳は……坊ちゃまに好かれてしまったから。

 坊ちゃまは、まだ3歳。


 最近は庭を駆け回り、木剣のおもちゃを振り回して騎士の真似事をして楽しそうに遊んでいる姿をよく拝見する。いつも可愛らしくて微笑ましく見ていた。

 わたしの仕事は屋敷の掃除や調理の補助。メイドというより雑用係。

 だけど最近はこの屋敷の大量にある本の整理を任せられている。

 午後の時間から夕方まではこの屋敷にある書庫へ行き本の整理をする。

 バルス子爵家は本好きの家系で他の屋敷よりもかなりの量の本がある。古書も多く大変貴重な本がここに置かれている。

 元々は整理されていたのだろう。でも今は見る影もない。

 ーーー大切な本が乱雑に置かれている!!


 たまたま先輩に頼まれて書庫に本を探しに行ったとき。

「うわぁ、これ探すの大変そう。『地理学』に関する本かぁ……どこにあるのかしら」

 適当に書庫の中を歩いて回り本の題名を目で追って探して回った。棚には適当に入れられているのでどこに何が置いてあるのかよくわからない。

「せっかくこんなに素敵な本がたくさんあるのだから図書館のようにきちんと整理されていたらいいのに。テーブルにもたくさん本が出しっぱなしだし、床にも散乱しているわ。本が可哀想」

 わたしは床に置いてある本をとりあえずデーブルに置いた。

「本が可哀想と言ったかい?」

「えっ?だ、だれ?」

 誰もいないと思って安心し切っていたところに突然声をかけられてしまった。

「ああ、驚かせてごめんよ」

 裏の本棚からひょっこり顔を出したのはバルス子爵…わたしの雇い主の旦那様だった。

「申し訳ありません。失礼なことを言いました」

「いやいや気にしないで。僕が頼んだ本を探しに来たんだろう?他にも読みたい本があったから自分で探しに来たんだ」

 優しい笑顔の旦那様。
 領地の運営と王宮で文官の仕事もされている。

 いつもお忙しそうにされているのにわたし達使用人にも優しく接してくださるお方だ。

「うーん、だけど確かに探しにくいよね。つい適当に本を戻してしまうからどこに行ったかわからなくなって探すのも手間が掛かって大変なんだよね」

 顎に手をやり「うーん」と言って唸っている。

 そんな旦那様の姿をしばらくじっーと黙って見ていた。

「そうだ、君……ダリアだったかな。毎日少しずつでいいから本の整理をしてもらえないだろうか」

「わたしがですか?」

「うん、メイド長には僕から言っておくから」

 そう言って旦那様はまた本を探し始めた。

 わたしも頼まれた本を探して回った。

「うん、これとこれ。助かったよ」

 本を渡すと、わたしの顔を見てもう一度言った。
「じゃあ明日からよろしくね。あっ。あと、この書庫にはたまに小さな怪獣が現れるからなかなか進まないかもしれないけど、急がなくていいからね。怪獣が来たら遊んでやっておくれ」

 わたしはニコッと笑って返事をした。

「はい、可愛らしい怪獣様にお会いできることを楽しみにしております」

 頭を深々と下げた。

 小さな怪獣さんは坊ちゃまのリオン様のこと。

 リオン様は血筋だろう。本が大好きでよくこの書庫にやって来る。

 そして父親である旦那様の真似をしてたくさんの本を触りたがる。そして散らかしてしまうのだ。

 お忙しいお父様に相手にして欲しいのかも……なんて思ってしまうけど、先輩達からすると仕事が増えるので困っているようだ。

 旦那様は坊ちゃまがここにやって来ては本を散らかしていることを知っているようだ。
 だけど怒りもせず笑って許しているのを見てわたしは素敵だと思った。
 叱るのではなく見守っている。

 きちんと息子のことを見ていてわかってくれている。
 それに気がついたのはここで本の整理をしていた時だった。
 坊ちゃまがいつものように
「ほんをよみたい」と書庫にやって来た。

 父親がここに居るかもしれないと思って書庫に顔を出している。
 そして父親の顔を見つけると嬉しそうに走っていき「おとうさま、ほん、よんで!」と甘える。
 旦那様もどんなに忙しくても手を止めて、リオン様とほんのひと時だけど一緒に過ごされている。

 わたしはその時は空気と化すことにしている。音を立てず静かに本の整理に集中する。


 旦那様が居ない時は坊ちゃまはがっかりした顔を隠さない。

 だけど最近はわたしにも慣れてくれて話しかけてくれる。
「この本は如何ですか?お父様が坊ちゃんが子供の頃に読んでいたそうです」と言って絵本を勧めてみた。

 旦那様にあらかじめ幼い頃読んでいた本の題名を聞いておいたのだ。

「おとうさまが?ふうん、だったら、よみたい!ダリア、よんで!」

 坊ちゃま専用の小さめの椅子を用意してもらいそこに座ってもらう。わたしは坊ちゃまの隣に行くと床に膝をつけて坊ちゃまと同じ視線にして、坊ちゃまに絵本が見えるように近づけて本を読み上げる。

 その本は男の子が森で迷子になって冒険をする話。
 優しい木やお花、優しい動物たちに助けられてまた家族の元へ帰るという可愛い話。

 目をキラキラさせて話を聞くリオン様が可愛らしくてずっと読み聞かせをしてあげたくなる。

「ダリア、また、よんでくれる?」

「はい、喜んで」

「えっと、じゃあ、よる、ねるときはだめ?」

「えっ?それは……あの……リオン様付きのメイドの仕事なので……」

 わたしが口籠もっていると、坊ちゃま付きのメイドのミサさんが坊ちゃまに優しく言った。

「メイド長が許可を出さないと勝手なことは出来ないのですよ?」

「だめなの?」
 シュンとなっている坊ちゃま。

「わたし達が決めることはできないのです」
 困った顔のミサさん。わたしは何も言えず黙っていた。

「おとうさまにおねがいしても?」

「そうですね、お父様が許可してくださればいいと思います」

「じゃあ、おねがい、するね?」

 そしてその夜からわたしは坊っちゃまのお世話係の仕事も始まった。





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