【完結】妹にあげるわ。

たろ

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前編

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「お姉様がわたしを殺そうとするなんて…酷い」

 目にいっぱいの涙をためてわたしを見つめる橙色の瞳は、悲しみを堪えているように周りには見える。

「わたしは何もしていないわ。信じて!」

 婚約者のケリーに視線を向けると、プイッと目を逸らされた。

 ーーわたしが何もしていないことは貴方が一番わかってるはずだわ。だって妹の飲み物に何かを入れたのは貴方のもう一人の恋人でしょう?

「お姉様ったら酷いわ。わたしが可愛いから、みんなに愛されて可愛がられているからと嫉妬していつもわたしを目の敵にするんだもの」

 ーーいやいや、自分のことを可愛いなんて普通は人前で言わないわよ!

「お前は可愛い妹になんてことをしてくれたんだ!」

「本当にそんなことをしたの?可愛いキャサリンが震えているわ」

「アリスティア!返事は?お前はいつもいつもわたし達をガッカリさせてくれるな!無愛想で笑顔もない、まともに口も開かなければ、部屋に閉じこもってばかり。そして我が家の可愛いキャサリンを殺そうとするなど、お前は何を考えているんだ?」

「…………飲み物の味が少し変だったからと言って大袈裟ではないでしょうか?」

 ーーその飲み物を出したのはメイドでわたしは関係ないわ!わたしその頃外出していたからこの屋敷にいなかったし、そのメイドはケリーのもう一人の恋人であるエリー様の屋敷を辞めてうちの屋敷に雇われたのよ、どうみてもエリー様の回し者でしょう?

「酷いわ、いくらお姉様がケリー様に愛されていなくて、わたしがケリー様に愛されているからと言って、わたしを殺そうとするなんて」

 両手で顔を覆いシクシクと泣くキャサリンの肩を優しく抱きしめるお母様。

 怒り顔でわたしを睨みつけるお父様。

 使用人達はわたしを睨みつける。わたしの味方の使用人達は心配そうにしながらも何も言えずに心配そうに見守ってくれている。

 ケリーは真っ青な顔でただ黙って立っていた。
 ーー黙っていないで何か言って欲しいわ。
 今回のこと、ケリーはメイドの顔を見てエリー様の屋敷の元メイドだと気づいてるじゃない!さっきからチラチラとメイドの顔を見ているわよ!

「お前には反省というものはないのか?もしこの紅茶を飲んで少しでも体調が悪くなって可愛いキャサリンが死んでしまっていたらどうするんだ!」

「ハアァ~」
 呆れて言葉も出ない。

 仕方なく、目の前にある紅茶の残りを一気に飲み干した。

「お前は!証拠隠滅を図るつもりか!」

 ーーえっ?そこ?
 普通姉のわたしの体を心配するものではないの?

「キャサリンは一口飲んだだけだと仰ったではないですか?わたしは全て飲み干しました。なので死ぬような物が入っていたのならわたしの方がすぐに体調が悪くなると思いませんか?お父様、お母様、キャサリン?」

「はっ、妹を殺そうとしたお前が死のうと死ぬまいとどうでもいい。おい、こいつを警備隊に連れて行け!あ、待て!こんな奴娘じゃない!ここに除籍の書類があるからさっさとサインしろ」

 いつから用意してあったのかしら?
 ーー喜んでサインしてあげるわ!

「わかりましたわ、では、このティーカップも持って行きますわ。まだ数滴残っているので調べれば何が入っているかわかるでしょうから。そしてわたしが死ねば犯人がわたしではないこともわかるでしょう?」

 わたしは除籍の書類にサインをした。これでもう赤の他人だわ。
 ふー、やっと自由になれるわ。それにしても準備がいいわよね、除籍の書類なんて一日や二日で用意できるものではないのに。

「アリスティア、本当のことを正直に言えばお父様も許してくださるわ。ケリーと婚約解消すればいいだけのことなの、あなたの罪は軽くなるのよ?」

 お母様はわたしが犯人だと決めつけている。しかも婚約解消?ふざけないでもう半年前にしているわよ!この二人、それすら知らないの?

 婚約解消の書類はお父様の机に置いているはずよ!

 ケリーがキャサリンと浮気しているのはもちろん他にシャロン様とエリー様とも浮気をしていたから、その証拠を突きつけて、とうの昔に勝手に婚約解消をしたいとケリーのお父様に伝えて、全て終わっている。


『お父様、この書類……』
 浮気の証拠の書類を見せて婚約解消をしたいとお願いするつもりが……
『わたしは忙しい、勝手に捺印をしておけ』

『あの全て終わりました』婚約解消したことを話そうと思ったら……
『机に置いておけ。あとで読む』




 今日ケリーとキャサリンが会っていたのは二人の逢瀬のためであって、わたしには関係ないのよね。約束なんてしていないもの。
 ケリーもわたしと婚約解消したこと知らないのかもしれないわ。おじ様が伝えていないのかも。

 二人はわたしという邪魔者がいるからこそさらに燃え上がる恋愛をして楽しんでいるのかもしれないわ。

「わたしとケリーの婚約は半年前に解消されておりますわ。だからわたしがキャサリンに対して嫉妬するなどありえませんわ」

「はっ?お前は何を言ってるんだ?わたしはそんなこと認めていない」

「お父様に……いえ、侯爵様にケリーがキャサリンと浮気しているのはもちろん他にシャロン様とエリー様とも浮気をしていたので、その証拠をお見せして婚約解消をお願いしようと書類を持っていったら、勝手に捺印しろと仰いました。ですので勝手に捺印してケリーのお父様にお話しして認めてもらい婚約は滞りなく解消致しました」
 ーー慰謝料はわたしの銀行口座に入っております。
 この言葉は心の中でだけ言った。

「ふ、ふざけるな!何を勝手なことを!」

「きちんと解消したことを報告しに参りましたわ。そしたら『机の上に置いておけ』と仰ったので机の上に置いてあると思いますわ、まだ読んでいないのでしたら」

 ーーええ、読まずにそのままにしていればいいのよ。そしたら慰謝料のこともバレないし!

「ですので、可愛いキャサリン様、婚約解消して半年経ちましたので、法律上もう二人の婚約もできますわ。ケリー様、どうぞお幸せになってくださいませ」

「アリスティア……僕は君を愛しているんだ。どうして……解消なんて……父上はそんなこと何も言っていなかった」

「そうですか……それはあなたのお父様に聞いてくださいませ。わたしを愛しているのにどうしてキャサリン様やシャロン様、エリー様と浮気をしていたのでしょうか?
 わたしのところに心優しいシャロン様とエリー様からお写真がそれぞれ送られてきましたわ。
 ケリー様とシャロン様がベッドの中で睦み合う裸の写真が数枚と、ケリー様とエリー様がお二人で湯船で、もちろん裸で抱きしめ合いキスをしている写真が。あと、まぐわう姿も……流石に淫らな写真で恥ずかしくて思わずケリー様のお父様とお母様にお見せしましたわ」

「あ、あれは、彼女達が誘ってきたんだ」

「ふふ、キャサリン様との逢瀬もでしょうか?」

「ちがうわ!わたしとケリー様は愛し合っているの。それなのに意地悪なお姉様がわたしたちの愛の邪魔をして意地悪ばかりするの。だからわたしは辛くて悲しい毎日を送っていたのよ!他の人とケリー様がそんな事するわけないわ!だってわたしだけを愛していると言ってくれたもの」

「わたしは半年前には解消しているのですよ?どうしてそんな無駄なことをしないといけないのかしら?好きでもない愛してもいない、元婚約者様のために、そう思いませんか?キャサリン様」

「お姉様はやっぱり意地悪だわ。態とわたしのことを『様』をつけて呼んでいるわ。これもわたしに対してのいじめだわ」

 そう言うとキャサリンは瞳いっぱいに涙をためて両親に抱きつき、泣いて縋る。

「やはり性悪な娘だな!可愛いキャサリンに対してその態度はなんだ!」

「侯爵様、わたしはもう除籍の書類ににサインをしました。わたしはもうただの『アリスティア』です。この屋敷に今、留まることすら不敬なことですわ。お話が終わりましたのでこの屋敷を出て行こうと思います。
 キャサリン様が一口飲まれた毒は、わたしが飲んでも体調には何も変化はありませんでしたわ。ただ、お砂糖の代わりにお塩やスパイスが入っておりました。これは誰かの悪戯か嫌がらせではないでしょうか?」

 紅茶のカップをテーブルに戻して「少しまだ残っておりますので調べてみてください」と伝えた。
 ーー考えてみたらわたしが調べる必要なんてないわよね。

 部屋を出て行く時に振り返り
「何も持っていきませんからご安心を。このお洋服も下着も全てわたしがお祖母様から頂いたお金で買ったものです。侯爵や夫人から買ってもらったものではありませんのでこれだけは着ていきますわ」
 と言うと扉を閉めた。

「では失礼致します」

「アリスティア、待ってくれ!」
 ケリーの必死の声が聞こえてきたけど、無視よ無視!!




 そのままわたしは門に向かった。

 予定より少し早かったけど、やっと侯爵家から縁が切れた。

 妹だけを可愛がる両親、わたしの物ならなんでも欲しがる妹。

 そんな三人からやっと決別できた。

 何も持たずにこの屋敷を出る。
 元々あの両親はわたしに何かを買ってくれたことなどなかった。ほとんど祖父母がわたしの生活に必要な物は買い与えてくれた。

 祖父母がいなければまともに生きていくことはできなかったと思う。屋敷では祖父母の息のかかった者達がわたしの面倒を見てくれていた。

 だから祖父母から買ってもらった大切な物は新しく暮らすための家にこっそりと移動してある。

 でも祖父母のところへは行かない。迷惑をかけたくない。二人はいつでもおいでと言ってくれているけど、あの両親のことだからまた難癖をつけてくる。

 可愛いキャサリンのお願いのためなら祖父母に対しても強く当たる人たちだ。

「ただいま」

 誰もいない小さな家に挨拶をした。

 とりあえず大切な物は運んでいて正解だった。

 さあ、今日からわたしはただの「アリスティア」として生きていける。






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