【完結】さよならのかわりに

たろ

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もう一つの世界では……③

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「お嬢……このネックレス、サマンサが持っていました」

 サイロがわたくしの手に置いたのはお母様のネックレスだった。

「これ、探してくれたの?」

「はい……だけど渡すのは悩みました。お嬢、生きる望みがあるかもしれないと言ったらあなたはどうしますか?ずっと生きることを諦めて、簡単に死を受け入れてしまったお嬢にこれを渡せばもう思い残すことはないと諦めて死んでしまうかもしれない。そう思うと渡せずにいました」

「そうね……全てを諦めてきたわ、でも一つだけ……あの屋敷を出て海を見たいと願ったわ。その願いが叶ったの、今とても幸せよ」

「奥様の墓参りもしたいのでしょう?セフィル様のことはもういいのですか?」

「お母様の墓参り……今のわたくしには無理な話だわ。死んだらお母様のお墓の隣にわたくしも眠らせてほしいの、サイロ、お願いね」

「奥様の日記を少しだけ貸していただけますか?」

「お母様の?」
 サイロの言葉に「サイロが読みたいの?」と聞きながら、枕の下に置いてある日記を手渡した。

 するとサイロは日記の裏表紙の少し破れたところを剥がした。

「サイロ、何をするの?」
 驚きやめさせようとしたら、「お嬢、この手紙を読んでください」と古い手紙を渡された。

 隠されていた手紙を読むと、そこには数日だけ元気になれる薬の作り方が記されていた。

 ただし、そのあと、激痛とともに死に至ると書いてあった。

 昔から語り継がれた手紙なのだと、もう一枚の手紙にお母様が書いていた。

 この日記と共にこの手紙を残すのを迷われて、ここに隠しておいたらしい。

 いずれ同じ病を発症した人がいたらと思い、もしもの時のために残したのだろう。一時的な特効薬。でも劇薬でもある。簡単には飲めない薬だわ。 

 これを使わないで済むならこのまま自然に死を待つほうがいい。


「サイロは何故この手紙のことを知っていたの?」

「………今は話せません。この手紙を借りてもいいですか?先生にお願いすれば治療薬に改良できるかもしれません」

「この薬は一時的なものよ?そう書いてあるじゃない」

「先生はブロア様の病気を治すためにずっと治療薬の研究をしてきたんです。この薬があれば完成するかもしれません」

「サイロったらそんなに目を輝かせて、どうしたの?まるで薬ができてしまうみたいに言うのね?」

「あっ、とにかく時間があまりないので先生のところへ行ってきます。お嬢は先生の不味い薬でも飲んで大人しくしててください。ウエラ、お嬢のこと見張っててくれ」

「かしこまりました。ブロア様のご病気が治る可能性が少しでもあるかもしれないのなら、ブロア様が動きたいと言ってもベッドに縛り付けておきます!」

「ウエラったら、大丈夫よ?今のわたくしではベッドから動く体力もないもの。だけど今はとても気分がいいの。みんなが居てくれるから心が穏やかに過ごせているのかもしれないわ」

 昨日のあの悪夢が嘘みたいだ。

「お父様は何も言ってこないかしら?」

「旦那様は今のところ何も言ってきていません、昨日の今日ですし、宰相が他国で暴力を振るったのだからしばらくはこないのではないかと思います」


「そう……だったら少し安心したわ。でもあの人は自分の思い通りにならないと気が済まない人なの。エイリヒさん達にご迷惑をおかけする前に早くここから移動しなければいけないわ」

 ウエラが首を横に振った。

「ダメです!まだまだ安静にしていないといけないんですよ?やっと熱が下がったところなんです」

「でも……「でもではありません!少しでも治る可能性があるのならそれに賭けましょう!…………いつできるかわからないけど」

 ウエラは最後の言葉をもごもごと話した。

 二人の気持ちが嬉しかった。もう十分だわ。

「もしお父様が現れてわたくしが何かされていたとしても助けないで欲しいの。あの人は自分の思い通りにならないと許せない人だから」

「…い………やです……」

「大丈夫よ?そんな泣きそうな顔をしないで」




 ウエラが用事を思い出し、いなくなると部屋はとても静かで耳をすませば波の音が聞こえてきた。

 サイロがいつもとなんだか違う。
 あんな風に生きられるかもしれないなんて思わせぶりなことは言わない。

 本当に諦めなくてもいいの?

 ふふっ、そんな夢見たいなことあるわけないわ。

 今日が穏やかに過ごせているからそんな夢を見ようとするのよね。

 波の音を聞きながらわたくしはそっと眠りについた。






「先生、古い手紙を見つけました。夢の中の話だったので半信半疑でしたがやはりありました。夢の中では先生の薬は成功しませんでした。長い眠りについて、そのまま目を覚まさずに息を引き取ったんです。
 その間に改良されて治療薬は完成しましたがブロア様には間に合わなかった……だけどその時の先生のメモは覚えています。書き出しますので、この手紙とそのメモ、それから今まで研究してきた治療薬を使ってなんとか治療薬を完成させてください」

「キミの話は夢物語だと思っていたが……」
 先生は驚きながらも手紙の内容とメモの内容をまじまじと見つめた。

「わたしは急いで薬作りに取り掛かるとしよう。エイリヒ様、今から書く薬草を急いで集めてもらえませんか?足りなかったものがわかった気がします。あとは調合の割合です……この薬のレシピがあれば、万能薬になる可能性もあります、まあ、それもまた夢の夢ですが」
 先生が楽しそうに笑った。

 毎日お嬢を助けるために薬作りに追われ、なんとか助けようとしていた先生も疲れ始めていた。

 そんな先生が少しだけ明るい顔をした。

 俺の夢の話を信じてエイリヒ様もお嬢を助けようと動いてくれている。

 俺がまさか……3年前の遊覧船に乗ろうとした日に生き返るなんて……これは、夢なのかもしれない。

 そう思いながら、俺は布に入ったネックレスがポケットから落ちないように持っていたカバンにしまった。

 そして、お嬢が頬を叩かれることを思い出して急いで助けに行ったが間に合わなかった。あれは悔しかった。わかっていたのに、ネックレスを隠すのに手間取ってしまった。

 それでも、前回のように俺は牢に入れられることはなかったし、お嬢も騎士達に連れ去られることはなかった。

 今こうしてエイリヒ様の屋敷で過ごせていることを感謝している。



 俺は死んだ後もお嬢を見守っていた。ずっと夢の中で……夢なら助けさせてくれよ!俺は何度も夢の中で叫んだ。

 なのに結局俺の前にお嬢が現れた。

『早すぎでしょう。ったく、俺がまた守らないといけなくなりましたね』

 俺はお嬢とあの世でのんびりと過ごしたいわけじゃない。助けたかった。なんとか生きてほしかった。そのためなら俺の命なんていらない。

 そう思っていたら……何故か突然、旦那様がものすごい怒った形相で現れたのだった。
 死んだはずの俺がお嬢のそばにいた。
 俺もお嬢も生きていた。
 もう一度お嬢を守れるのか?

 俺は先生とエイリヒ様にだけこの夢物語を話した。二人は信じられない顔をしていたが、古い手紙を見つけ出したことで少しだけ信じてもらえたようだ。

 俺一人の力ではお嬢の病気を治すことはできない。二人の協力は必要不可欠だ。

 今度こそ、お嬢を守る。









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