【完結】さよならのかわりに

たろ

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もう一つの世界では……②

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 ブロアがいるバルン国に着いた。

 しかし、『エイリヒ商会』しか、わかっていない。エイリヒ商会の場所もわからないし、ブロアがどこにいるのかもわからない。

 とりあえず、宿を取り汚れた体をキレイにするため風呂に入り、買った服に着替えた。

 ここ数日野宿で仮眠しかしていなかった。

 かなりボロボロの汚れた姿で、そんな旅人に慣れた宿の主人も思わず顔を顰めていた。

 髭もかなり伸びて鏡を見た自分に苦笑した。

 まだ20歳なのにどう見ても40歳を過ぎた疲れたおじさんだった。

 ブロアに会うのにこんな見てくれでは会えない。

 宿屋の主人に、街のギルドのある場所を聞いた。そこに行けばエイリヒ商会の場所や当主の住む屋敷を教えてもらえるかもしれない。

「すまないが……」
 俺が声をかけると主人が驚いた顔をした。

「あ、あなたは……宿のお客にいましたかね?」

「あっ……ああ、そんなに変わったかな。さっき受付を済ませたセフィル・ブレイシャスだ」

「………申し訳ありません……」
 バツが悪そうにハンカチで額の汗を必死で拭く宿の主人に笑いを堪えながらギルドの場所を聞いた。

「エイリヒ商会って知っているかな?」

「もちろんですよ。この国では有名です。あそこで扱う物は超一流です。それに当主は国王の従兄弟です。今は王族から籍を抜いて平民になられましたけど」

「そうなのか……エイリヒ商会の当主に会うにはどうすればいい?」

「……難しいですね。いつもお忙しく国内外を飛び回っておられますから。それこそ先ほど聞かれたギルドに行って紹介状をもらうのが一番早いと思います。ただし身元がしっかりしていて理由もきちんとないと無理だと思いますが」

 にこやかに笑う主人だったが、俺のことを値踏みしていることはわかっていた。

 ギルド長が俺に紹介状を書くのは無理だろう、顔がそう言っていた。

「そうか……わかった、ありがとう」

 まだ夕方まで少し時間がある。

 無理をさせた馬にはしばらく休ませたかったので歩いてギルドまで行くことにした。

 宿から歩いて30分くらいと言われた。

 ランニングするにはちょうどいい。

 早くブロアに会いたい。

 今度こそ気持ちを伝えたい。

 ブロアがもう俺とどうしても無理だと言われたらその時は忘れられないけど、婚約解消は受け入れるつもりだ。

 しかし少しでも可能性があるなら絶対諦めない。自分でもしつこいことはわかっている。だけど長年思い続けたブロアを簡単に諦められないのも仕方ない。


 走って軽く汗をかくのも気持ちがいい。

 ギルドに着くと、扉の前で大きく深呼吸をした。

 ここで上手く紹介状をもらわなければまた無駄な時間が過ぎてしまう。

「よし!」
 中に入ると受付嬢にギルド長が居るか尋ねたらすぐに呼んでくれた。

 奥の部屋から出てきたギルド長は俺よりもかなり年上の40歳を過ぎたがっしりとした男性だった。

 たくさんの人を見てきたであろうこの人の眼光は鋭く思わずたじろぎそうになる。

「わたしになんの用があるのかな?」
 低い声は威圧感があり俺を疑っているようだ。

「わたしはアリーゼ国の騎士団の副隊長をしているセフィル・ブレイシャスと言います。婚約者のブロア・シャトワ公爵令嬢がエイリヒ商会の当主達とこちらの国へ来ていると聞いてやってきました。ただ今どこへいるのかわからないのでギルド長にエイリヒ商会の当主の屋敷の場所を教えていただきたいのです」

「ほお、普通婚約者なら本人が居場所を伝えてくるものでは?」

「……残念ながらわたしは婚約解消を言い渡されて彼女は公爵家を出て行ってしまいました。大きな怪我をしているはずです。どうなっているのか心配で探しにきました」

 ーー嘘を言って誤魔化してもこの人は見抜いてしまうだろう。あまりプライベートなことは話すべきではない。だが、真実を話さなければブロアに会えない。
 怪我をしているブロア、体調が悪いと聞いている。早く会いたい。

「解消を言い渡されたのなら相手は会いたくないのでは?無理強いはいけないと思う」

「わかっています。でも一方的な婚約解消の申し入れにわたしはまだ納得していません。きちんと話し合いたい、誤解も解きたい、彼女を愛しているとまだ伝えていないんです。自分勝手かもしれませんが彼女の本心を知りたい。そして彼女の心にわたしがいないなら……悔しいですが諦めます」
 それからいくつかの質問をされた。

 ギルド長はしばらく考えて「明日もう一度夕方に顔を出してください」と言うと奥の部屋へと戻ってしまった。

 受付嬢は呆然と立ったままの俺を見て困った顔をした。

「ギルド長は多分エイリヒ様に話してみるのだと思います」と教えてくれた。

「わかりました、明日もう一度伺います」

 宿に戻ると温かい食事が用意されていた。

 まともな物を食べるのも久しぶりだった。お腹が空いていることも忘れていた。

 それくらいここ数日ずっと気が張り詰めていたようだ。久しぶりにお腹いっぱい食べてベッドに横になると睡魔が襲ってきた。



 明日は何があってもブロアの居場所を探し出そう。
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