【完結】さよならのかわりに

たろ

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番外編  セフィル編

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 体がだるい………
 目が覚めたらサイロはまだ生きていた。

 ホッとしたのに……
 ダメだった。

 青白い顔、弱ってしまって力なく横たわるサイロ。

 わたくしの手を握る力すらなかった。
 わたくしにも握り返す力はなく、ただただ涙を流すしかできなくて………

 サイロの最後を見とることはできたけど、話をすることはできなかった。

「サイロ、待ってて、わたくしもすぐに逝くから……」

 力なくわたくしが言うと、弱々しく首を横に動かしたサイロ。


 先生が『この薬を試してみたい』と言って飲んだ薬。

 本当はもうサイロの元へ逝くつもりだった。

 わたくしを庇って亡くなったサイロ。

 だけどサイロが最後に『お嬢、生きて……』と言ったから、わたくしはその言葉に従った。
 彼がわたくしを助けようとしたこの命、最後まで頑張ろうと思った。


 そして、セフィルはわたくしのことをとても心配して会いにきた。

 驚いた。自分の中ではもう終わった恋だった。
 セフィルを愛していた。その気持ちだけは嘘ではなかった。でも、アリーゼ国を出る時、セフィルへの恋心も置いてきた。


 サイロはずっとわたくしにとって友達でもあり、兄のようで家族のような存在。それはずっと変わらないと思っていた。サイロはわたくしにとって唯一だった。恋心は捨てられたけど、サイロは捨てられなかった。


 生きたいんじゃない。

 サイロに助けられたギリギリの命。捨てるわけにはいかなかった。

 セフィルがそばに居てくれた。でも彼に伝えなければいけない。

 なのにもう体が思うように動かず言葉もうまく出せなかった。

『……あ………………』

 ーー愛していました……幸せになって……

 『います』ではなく『いました』と伝えたかった。もう終わった恋なのだと。それはわたくしにとってもセフィルにとっても。

 そう彼に伝えて終わりを告げようと思った。

 もうわたくしから離れて自由に生きてほしかった。

 わたくしのせいで人生を不意にしてほしくない。

 生きて幸せになって欲しい。

 その言葉を伝えたかったのに……

 わたくしは長い眠りについて……そのまま目覚めることなく永遠の眠りについた。

 彼に伝えたかった言葉を伝えられなくて……


 サイロが「早すぎでしょう。ったく、俺がまた守らないといけなくなりましたね」そう言ってわたくしを迎えにきてくれた。

 セフィルに何も伝えられず彼を縛り付けたことがわたくしにとっての心残りだった。








 バルン国に住むようになって数年。

 愛していたブロアが亡くなって俺の人生から色が消えた。何もなくなった。

 彼女だけを愛してきた。




「ねえ、セフィル!何してるの?」

 休みの日、砂浜でボッーとする時間が俺にとって唯一の癒し。
 それを邪魔するのがここ数年働いている職場の雇い主の娘ミリナだった。

 知り合った頃はまだ10歳の少女だった。
 しっかり者で大人顔負けの商才がある将来有望な女の子。ブロアに懐き、慕っていたらしい。
 ブロアが亡くなった時には俺の横でボロボロと涙を流した。
 俺が泣けない分代わりにたくさんの涙を流した。

 ブロアとミリナが親しく過ごした時間はほんの二月もなかったらしい。だけどミリナにとっては、人生を変えるほどの出会いだった。

 ブロアに出会ってから貴族に対しての苦手意識も減り、考えを改めたと言っていた。
 貴族は平民を馬鹿にしているし傲慢で嫌いだったらしい。

 実はミリナはバルン国の王族の血が流れているのに平民として生きてきた時間が長すぎて、16歳になってからそのことをエイリヒ様に聞かされても自覚が持てないらしい。

「わたしはエイリヒ商会の当主の娘のミリナとして生きているの、そんな高貴な血はいらないの」

 清々しいくらいさっぱりとしている。


「セフィルはいつも海を見てるわよね?そろそろ飽きない?わたしは海を見て過ごすより、この海のずっとずっと向こうにある国へ行ってみたいの」

 ミリナは当主について周り、いろんな国へと旅をしている。最近は俺も護衛としてついて行くことが増えた。

 貴族との話し合いの時、駆け引きはもちろんエイリヒ様が行うが、俺はそばで周りを警戒する役目を担う。

 表の顔は商売人で人の良さそうな雰囲気を出しているエイリヒ様は相手から軽くみられてしまうことが多い。後々襲われたり、相手から商品を約束通り渡してもらえないこともある。

 そのため常にエイリヒ様のそばで睨みを効かせる者がいなければ侮られてしまう。

 エイリヒ様の裏の顔はさすが王族。冷徹な部分は隠し、そんな素振りは絶対相手に見せない人だ。

 元貴族で騎士団にいた俺はそれなりに役に立っているらしい。

 エイリヒ様やミリナと海の向こうの遥か遠い国へ行ってみたいと思うようになった。

 ここから見える海、全くその先に土地など見えない。見渡す限り海。

 俺はまだ船に乗って海を渡ったことがない。

 ブロアが亡くなるまでは、この土地から離れないように商会の雑用をしていた。計算が得意な俺は事務仕事を中心に行っていた。亡くなってここ数年は馬車で行動できる範囲の国だけついて回った。

 海を越える……

 憧れではあるが船の旅は数ヶ月はこの土地を離れなければいけない。

 エイリヒ様はミリナのために船旅はほとんどしないで他の者に任せていた。

 しかし今回、娘を伴い船旅に出るらしい。

 俺もそれについて来ないかと誘われている。


「セフィル……わたしね、ずっと言った方がいいのか迷ってたの……」

「うん?ミリナがそんな真面目な顔するなんて珍しいな」

「わたしだって色々考えているわ。ここに来るとブロア様と一緒に海を見た時のことを今も思い出すもの……ブロア様はとても嬉しそうに見ていたの………綺麗だった………このまま消えて無くなりそうなくらい……」

「ブロアはとても綺麗だ……それはずっと昔から……俺の憧れの人だった……」

「ブロア様の初恋は……セフィルだったんだって。婚約破棄されて、ひどい噂をされて辛い思いをしていた時に助けてくれたセフィルに恋をしたって言ってた……」

「………えっ?……」

「わたしにはブロア様の気持ちはわかんない……セフィルが好きだったのかサイロさんが好きだったのか……だけどブロア様はセフィルに幸せになって欲しいと言ったんでしょう?だったら幸せになったらいいと思うわ………」

 ミリナは俺の顔を見て……

「わ、わたし、もう、16歳になったの……もう成人したんだよ?セフィルのお嫁さん候補にだってなれると思うの」

 真っ赤な顔をして言うミリナ。

「そうか……ミリナもそんな歳になったんだな」

 俺は頭に手を置いて「よしよし」と撫でた。

「ち、違うの!子供扱いしないで!」

 ぷんぷん怒るミリナが可愛くてニコニコ笑って返した。

 ミリナに流石に恋愛感情はわかないが妹のように可愛い。

 怒ったり泣いたり、笑ったり。いつも元気なミリナのおかげで毎日振り回されてなんとか暮らせているのかもしれない。

『幸せになって欲しい』
 何度もブロアに言われた言葉。

 ブロア……

 俺、ブロアのことは一生忘れられない。いつか誰かを好きになるなんてまだ考えられない。

 だけど、幸せになれるように努力するよ。

 君が見れなかったこの海のずっとずっと先にあるものを見て回ろうと思う。






『セフィル………幸せになって………』

 ブロアの声が聞こえた気がした。






 ◆ ◆ ◆


 ifのお話を

 少し書こうと思います。

 最終話は最初から決めていた話でした。


 でも実は……次から書く番外編を最終話にするか悩みました。

 なのでこちらになったかもしれない。

 そう思って読んでもらえると嬉しいです。

 多分……明日か明後日から更新できたらと思うのですが……

 ただいま書いておりますので、お待ちいただけると嬉しいです。

いつも読んでいただきありがとうございます。


       たろ


















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