【完結】さよならのかわりに

たろ

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最終話

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 3年前、ブロアのいる病室へと向かった俺が見たのは、いつ死んでもおかしくない状態のブロアだった。





 宰相の事件の時、久しぶりに彼女に会ったが、まじまじと彼女のことを見ていなかったことに彼女が眠る姿を見てやっと気がついた。

 痩せこけて青白い顔。いつ死んでもおかしくない、そんな状態だった。仮死状態のまま眠り続けていた。

 すぐに目が覚めることはないと言われた。助けるために今は眠り続けていると……治療薬が出来れば治るかもしれない……

 俺は何度ブロアに会うチャンスを無駄にしたんだ。何もできずただブロアに辛い思いをさせるだけ……

 ブロアにも自分を忘れて幸せになって欲しいと言われた。その言葉は、もう俺なんか要らない。そう言われているようだった。

 サイロのことを心配して泣きじゃくる姿。俺のことなんか目にも入ってなかった。

 いつも俺はサイロに対してヤキモチを焼いていた。
 そばにいるのもサイロ。一緒に笑い合うのもサイロ。

 二人の密な関係に疑う気持ちすらあった。

『君にとってサイロが最愛なのか?』

 ずっとずっと愛しているブロア。周りからの評判が悪いと両親はあまりいい顔をしなかった。だが、彼女の本当の姿を知る者たちがたくさんいたことも事実。

 俺にとって恋焦がれやっと手に入れた大切な宝物。それを馬鹿な俺は自ら手放してしまった。
 妹のようにしか思わなかったリリアンナのことを誤解されたまま彼女から別れを告げられた。

 サイロが大怪我を負い、心配し泣きながら気を失ったブロア。

「意識が戻るのはまだ先です」

 先生からの言葉に項垂れながらも「彼女のそばにいたいんです」と訴えた。

「君とは婚約解消をしたのでは?」

「まだ婚約者のままです。彼女が目覚めた時俺を拒否するならもう二度と会いません。なので見守らせてください。そばにいるのがダメなら廊下で待ちます」

 彼女が目覚めたのは4日後だった。


「ブロア様が目覚めました!」

 病室から慌てて出てきたウエラ。

 俺は廊下でいつ目覚めるかわからないブロアを待っていた。

「ブロア………よかった………」

 もう二度と目覚めないのでは……そんな恐怖の中ブロアが目覚めた。

「セフィル様に会いたいとおっしゃっております」

 目覚めてからすぐに先生が呼ばれ、俺は廊下で待つしかなかった。彼女が会いたいと言ってくれなければ俺はもう諦めて国に帰るつもりでいた。彼女が目覚めた、助かった事実だけわかればもうそれだけでよかった。

 まさか会いたいと言ってくれるとは……

 病室の中に入るとブロアがベッドで寝ていた。

「セフィル……ずっと居てくれたと聞いたの……」

 まだかなり具合が悪そうなブロア。

「俺は何も知らずにいた……すまなかった……君が俺と別れたいと思っても仕方ないとわかってはいたのに諦めが悪くてごめん……」

「………ごめんなさい……ずっと夢を見ていたの……セフィルと初めて会った日のこと……貴方を愛していたわ……何度も諦めようとしたのに……忘れられなくて……だけど……もう終わったの………」

「わかってる……ブロアの中で俺とのことはもう終わっていることは……それでも君の目覚める顔を見るまではここから離れたくなかった」

 もうこれで終わりだ。いや終わらなければいけない。ブロアにこれ以上精神的にも負担はかけられない。俺が近くにいるのは良くないことだとわかっている。

 彼女は俺を拒否しているのだから……

「サイロと………幸せになって欲しい」

 なんとか絞り出してその言葉を口にする。まだサイロは一進一退の状態だ。しかし医師たちが懸命の処置をしている。助かると信じていた。

 二人とも助かって幸せになって欲しい。

 病室を出てサイロの部屋へ向かった。

 サイロは意識を取り戻すことがなく今もまだ治療は続いていた。


「サイロが助かる見込みは少ない」

 その話は聞いてはいたが、なんとか助かって欲しい。

「サイロ……ブロアが目覚めた……君も早く目覚めろ……君は一生彼女を守るんだろう?」

 俺の言葉なんて聞こえていないのはわかっている。だけどそう言わずにいられなかった。

 ブロアが悲しんでしまう。ブロアにとって大切なサイロ。ならばサイロには元気になってもらいブロアと幸せになって欲しい。

 俺が幸せにしたかったのに俺は苦しめることしかできなかった。サイロならブロアを……ブロアの治療薬さえできれば……


 王城に呼ばれ宰相について事情を聞かれた。その用事が終われば俺がもうこの国にいる必要性がなくなった。

 エイリヒ様に挨拶をしてこの国をさろうとした時、「サイロが意識を取り戻した、セフィル殿に会いたいと言っている」と伝言が届いた。

 旅立つ前にもう一度サイロに会いに行くことにした。

 サイロは確かに意識を取り戻してはいたが、どうみても助からないであろう状態だった。

「セフィル様………」

 弱々しい声。いつも飄々とした態度で相手を小馬鹿にしていたサイロ。いざとなれば自分のことなど顧みないでブロアを護ることだけに徹する男。優秀な騎士であるのに宰相からの圧力で冷遇されていた不運な騎士。

 そんなサイロが目の前で衰弱して横たわっていた。

「サイロ、貴方はまだまだこれからなんだ。元気になってブロアを守り続けてあげて欲しい」

「お嬢が愛しているのは……貴方……です……お嬢……と俺は……家族のような愛情なんです」

 ーー違う……二人の間には誰も入ることはできない。

「……………」

 サイロの体が痙攣を起こし始めた。

「先生を!」

 俺は廊下に出て叫んだ。

 すぐに先生がサイロの治療を始めた。俺は病室の隅でじっとその様子を見ていた。ウエラも心配してやってきた。

 体調が落ち着いた頃、車椅子に乗ったブロアがやってきた。

「セフィル……」
 俺がサイロの病室にいることは知っているみたいだった。

 驚くこともなく俺の顔を見て頭を下げた。俺が出て行こうとしたら「行かないでも大丈夫」と引き留めた。

「サイロ……ごめんなさい……わたくしのせいで…こんな酷い目にあって……」

 サイロに話しかける声はとても悲しみに溢れていた。涙するブロア……俺は居た堪れなくて「廊下に出ている」と伝えた。

 ブロアの泣き声が廊下にまで響く。
 俺は抱きしめることも慰めることもできない。
 ブロアの悲しみに寄り添えるのはサイロだけ。



 しばらくするとまた病室の中に入るようにウエラに声をかけられた。



「セフィル様……お願いがあります………お嬢を……守ってください……俺の大切なご主人様なんです……泣き虫で優しい……妹なんです……」


 サイロはその言葉を言い終わると力尽きて亡くなった。

 ブロアがそばについていて看取ることができて幸せだったのかもしれない。

 

 ブロアは泣き続けた。




 サイロが亡くなった次の日、ブロアの治療薬ができた。ブロアは「もうわたくしは治らなくてもいいの」と拒否したが、周りからの説得で了承した。

『あなたと同じ病に苦しむ人のために治療薬を完成させたい』
  
 薬は失敗に終わったのだ。

 その薬を飲んで数日後ブロアは眠りについた。

 いつ目覚めるかわからない眠りに。

 本当は実験体として薬を飲ませた訳ではない。助かる可能性がこれしかなかったから。

 



 俺は薬を飲む前にブロアに伝えた。

『俺はブロアを諦めることをやめる。俺は一生君を愛していく』

 そうブロアがもし死んでも俺はブロアだけを愛してる。

 もし目覚めることがあるのならその時はサイロの分まで一生君を守り続ける。

 それが俺の片思いでも。

『セフィル……さよならのかわりに………言わせて…………あ………………』



 最後まで言葉にしなかったその続きを俺に聞かせて欲しい。

 そう思ってずっと待っていたのに……



「さよならは言わない……サイロと仲良く暮らして欲しい…………」









        終












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