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65話 宰相閣下 ④
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ブロアが王太子殿下と婚約破棄してから何もかも上手くいかなくなった。
回っていたはずの公務はどんどん滞り、そのツケはわたしのところへも回ってくる。
ブロアが無能だと王宮内で噂されわたしの地位すら危ぶまれ、それでもなんとか地位を守ることは出来たが、ストレスはさらに溜まる。
王太子も王太子妃もハッキリ言って無能だ。ブロアを側妃にして上手に回せば良いものを、殿下はそれすら上手く出来なくて陛下に止められてしまっている。
我が娘でも、わたしが殿下の側妃にすると口出すことは出来ない。
只々、ブロアがいなくなってから仕事がうまく回らないだけ。
それがイライラする。
ブロアが実際仕事ができようと出来るまいとわたし自身はどうでもいい。興味すらなかった。
煩わしくなければ。
わたしに影響さえなければ。
もうブロアは、セフィルと結婚させるくらいしか使いものにならない。
セフィルは剣に関しては優秀だ。それに、ブロアへ懸想しているらしいと聞いている。
そんな男だから、わたしにとって都合がいい。
自由に扱える駒がもう一つ増えたようなものだ。公爵家の騎士団長にして飼い殺す予定だったのに。
家令のルッツは、やり過ぎた。少しなら目を瞑ってやったのに、思った以上に公爵家のお金に手をつけていた。それもブロアを殺そうとした。
大怪我をしたブロアはそのまま屋敷を出て行ってしまった。
ブロアは、やはり無能なのだろう。
家令のやることも碌に制御しきれない。さらに、使用人に刺されるなんて、恥をさらに世間に広めているだけではないか。
いくら探しても見つからないブロア。
そんなとき、今度は王太子が廃嫡すると陛下が言い出した。
陛下の言葉に、わたしはブロアへの怒りがさらに増幅することになる。
殿下がブロアに対して、側妃にしようとして動いて失敗したらしい。
いなくなったブロアの居所を探し出して連れ帰るのに失敗したと聞いた。
『王太子は廃嫡することになった。次の王太子は甥の中から選ぶことになっている』
『今更そんな……一からまた教育を始めるのは……』
『こうなることは以前からわかっていた……もうあらかたの教育は終わっている……こうならないことを祈っていたが……』
疲れ切った顔をした陛下が……
『ブロアには辛い思いをさせた。お前の大切な娘だ、守ってやれなくてすまなかったな』
『……滅そうもございません』
ーー大切な娘?
ブロアは今勝手に屋敷を出て行って私たちに迷惑をかけている。それもセフィルとの婚約解消を勝手にしようとして。
あんな使えない娘が、大切?
娘への怒りが込み上げてくる。
ブロアの向かった場所が、ちょうどわたしが視察へ向かうバルン国だとわかった。
ついでに連れ帰るとしよう。
バルン国に着いてからは、まずは視察をしたりバルン国の役人達と話をしたりと、ブロアどころではなかった。
忙しい日々が続いた。
わたし自身が動かなくても、連れてきた者達に命令すればすぐに見つけ出してくれるだろうと軽く考えていた。
港の視察に回っていた時、目の前で楽しそうに過ごすブロアが目に入った。
その瞬間カァーッと頭にきて体が動いていた。
「ブロア!!」
椅子に座っていたブロアの名を呼び、肩を掴んだ。
「い、痛い」
ブロアの声にさらに力がこもる。
ーー何が痛いだ!こっちは迷惑ばかりかけられているのに!
ブロアの目の前にいたサイロが立ち上がった。
主治医がブロアの隣に座っていた。
「手を離してあげてください」
二人の行動がわたしをイラつかせる。
「お前達はわたしを馬鹿にしているのか!!」
ブロアの頬を「バシッ」と叩いた。
ブロアの肩をまた掴み、睨んでブロアを見下ろした。
少しは怯えた顔でもしているだろうか?反省しているだろうか?
そう思ったのに……
「宰相閣下……」
またその言葉がわたしをイラつかせる。
何故『お父様』と呼ばない?
「お前はまだそんな言い方しかできないのか!」
たくさんの人が行き交う賑やかな屋台の通路。足を止めてジロジロと見ている人達がいるのはわかってはいた。
わたしの近くには、官僚や騎士達が少し離れた場所でこちらを見ていた。
怒りがおさまらない。ブロアを掴む手にさらに力が入る。
ブロアはわたしの問いに答えず、クスッと笑った。
その態度にさらに手に力が入った。
ブロアの肩は痛かったのだろう、顔が歪んだのがわかった。
「何を笑っているんだ?お前はわかっているのか?セフィルとの婚約解消を告げ、いつの間にか屋敷から消えた。それも家令のルッツがお前を刺して大きな事件に巻き込まれた我が公爵家が今なんと言われているのかわかっているのか?それに、王太子殿下は廃嫡された」
ブロアは返事すらしない。
「アリーゼ国はしばらく混乱が続く。新しい王太子殿下が発表されたが、まだまだ仕事に慣れていない。わたし達がお支えしなければならない。お前はアリーゼ国に混乱を招いた張本人だと言う自覚はないのか?」
「……わたくしが?」
小さな声が聞こえてきた。
その言葉を耳にしたわたしはカッとなった。
「自覚すらないのか!」
肩から手を離し、手をまた振り上げた。
「おやめください」
サイロがわたしの手を掴んだ。
「サイロ!お前が何故ここにいる?お前は屋敷にいたはずだ」
「退職願いを出しました」
「………手を離せ!」
「ブロア様を叩くのはおやめください!」
「お前は誰に命令しているのかわかっているのか!!」
「サイロ、いいの。手を離しなさい」
「しかし……手を離せばブロア様が!」
「ええい、手を離せ!」
サイロの手を振り払うと、「退け」と言って体ごと押しのけた。
サイロは抵抗することなくテーブルにぶつかり転んだ。
その時………サイロのポケットから布が落ちた。その布から見えていたものを見て思わず拾い上げた。
「これはなんだ?」
何故ジェリーヌのネックレスがサイロのポケットに?
「何故サイロが持っている?それはルッツが盗まれたと言っていたネックレスだろう?わたしがジェリーヌに贈ったものだ」
「それは……」
口籠るのは明らかに後ろめたい事があるからだ。
サイロはブロアをチラッと見た。
そして、何を思ったか
「俺は貴方の護衛騎士として過ごせて幸せです」と言った。
ーーはっ、馬鹿馬鹿しい。
そのまま近くにいた騎士がサイロを捕らえ、牢へ入れた。
回っていたはずの公務はどんどん滞り、そのツケはわたしのところへも回ってくる。
ブロアが無能だと王宮内で噂されわたしの地位すら危ぶまれ、それでもなんとか地位を守ることは出来たが、ストレスはさらに溜まる。
王太子も王太子妃もハッキリ言って無能だ。ブロアを側妃にして上手に回せば良いものを、殿下はそれすら上手く出来なくて陛下に止められてしまっている。
我が娘でも、わたしが殿下の側妃にすると口出すことは出来ない。
只々、ブロアがいなくなってから仕事がうまく回らないだけ。
それがイライラする。
ブロアが実際仕事ができようと出来るまいとわたし自身はどうでもいい。興味すらなかった。
煩わしくなければ。
わたしに影響さえなければ。
もうブロアは、セフィルと結婚させるくらいしか使いものにならない。
セフィルは剣に関しては優秀だ。それに、ブロアへ懸想しているらしいと聞いている。
そんな男だから、わたしにとって都合がいい。
自由に扱える駒がもう一つ増えたようなものだ。公爵家の騎士団長にして飼い殺す予定だったのに。
家令のルッツは、やり過ぎた。少しなら目を瞑ってやったのに、思った以上に公爵家のお金に手をつけていた。それもブロアを殺そうとした。
大怪我をしたブロアはそのまま屋敷を出て行ってしまった。
ブロアは、やはり無能なのだろう。
家令のやることも碌に制御しきれない。さらに、使用人に刺されるなんて、恥をさらに世間に広めているだけではないか。
いくら探しても見つからないブロア。
そんなとき、今度は王太子が廃嫡すると陛下が言い出した。
陛下の言葉に、わたしはブロアへの怒りがさらに増幅することになる。
殿下がブロアに対して、側妃にしようとして動いて失敗したらしい。
いなくなったブロアの居所を探し出して連れ帰るのに失敗したと聞いた。
『王太子は廃嫡することになった。次の王太子は甥の中から選ぶことになっている』
『今更そんな……一からまた教育を始めるのは……』
『こうなることは以前からわかっていた……もうあらかたの教育は終わっている……こうならないことを祈っていたが……』
疲れ切った顔をした陛下が……
『ブロアには辛い思いをさせた。お前の大切な娘だ、守ってやれなくてすまなかったな』
『……滅そうもございません』
ーー大切な娘?
ブロアは今勝手に屋敷を出て行って私たちに迷惑をかけている。それもセフィルとの婚約解消を勝手にしようとして。
あんな使えない娘が、大切?
娘への怒りが込み上げてくる。
ブロアの向かった場所が、ちょうどわたしが視察へ向かうバルン国だとわかった。
ついでに連れ帰るとしよう。
バルン国に着いてからは、まずは視察をしたりバルン国の役人達と話をしたりと、ブロアどころではなかった。
忙しい日々が続いた。
わたし自身が動かなくても、連れてきた者達に命令すればすぐに見つけ出してくれるだろうと軽く考えていた。
港の視察に回っていた時、目の前で楽しそうに過ごすブロアが目に入った。
その瞬間カァーッと頭にきて体が動いていた。
「ブロア!!」
椅子に座っていたブロアの名を呼び、肩を掴んだ。
「い、痛い」
ブロアの声にさらに力がこもる。
ーー何が痛いだ!こっちは迷惑ばかりかけられているのに!
ブロアの目の前にいたサイロが立ち上がった。
主治医がブロアの隣に座っていた。
「手を離してあげてください」
二人の行動がわたしをイラつかせる。
「お前達はわたしを馬鹿にしているのか!!」
ブロアの頬を「バシッ」と叩いた。
ブロアの肩をまた掴み、睨んでブロアを見下ろした。
少しは怯えた顔でもしているだろうか?反省しているだろうか?
そう思ったのに……
「宰相閣下……」
またその言葉がわたしをイラつかせる。
何故『お父様』と呼ばない?
「お前はまだそんな言い方しかできないのか!」
たくさんの人が行き交う賑やかな屋台の通路。足を止めてジロジロと見ている人達がいるのはわかってはいた。
わたしの近くには、官僚や騎士達が少し離れた場所でこちらを見ていた。
怒りがおさまらない。ブロアを掴む手にさらに力が入る。
ブロアはわたしの問いに答えず、クスッと笑った。
その態度にさらに手に力が入った。
ブロアの肩は痛かったのだろう、顔が歪んだのがわかった。
「何を笑っているんだ?お前はわかっているのか?セフィルとの婚約解消を告げ、いつの間にか屋敷から消えた。それも家令のルッツがお前を刺して大きな事件に巻き込まれた我が公爵家が今なんと言われているのかわかっているのか?それに、王太子殿下は廃嫡された」
ブロアは返事すらしない。
「アリーゼ国はしばらく混乱が続く。新しい王太子殿下が発表されたが、まだまだ仕事に慣れていない。わたし達がお支えしなければならない。お前はアリーゼ国に混乱を招いた張本人だと言う自覚はないのか?」
「……わたくしが?」
小さな声が聞こえてきた。
その言葉を耳にしたわたしはカッとなった。
「自覚すらないのか!」
肩から手を離し、手をまた振り上げた。
「おやめください」
サイロがわたしの手を掴んだ。
「サイロ!お前が何故ここにいる?お前は屋敷にいたはずだ」
「退職願いを出しました」
「………手を離せ!」
「ブロア様を叩くのはおやめください!」
「お前は誰に命令しているのかわかっているのか!!」
「サイロ、いいの。手を離しなさい」
「しかし……手を離せばブロア様が!」
「ええい、手を離せ!」
サイロの手を振り払うと、「退け」と言って体ごと押しのけた。
サイロは抵抗することなくテーブルにぶつかり転んだ。
その時………サイロのポケットから布が落ちた。その布から見えていたものを見て思わず拾い上げた。
「これはなんだ?」
何故ジェリーヌのネックレスがサイロのポケットに?
「何故サイロが持っている?それはルッツが盗まれたと言っていたネックレスだろう?わたしがジェリーヌに贈ったものだ」
「それは……」
口籠るのは明らかに後ろめたい事があるからだ。
サイロはブロアをチラッと見た。
そして、何を思ったか
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