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58話 サイロ編 ③
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ーーくそっ。
なんでここに公爵が現れるんだ!
ほとんど屋敷に戻らない旦那様が今どこにいるのかなんてみんなわからない。俺も知らなかった。
まさかバルン国に来ていたなんて。
確かにバルン国とアリーゼ国が互いに輸出入をしているのは知っていた。そこから国交が増えて、国民も行き来もしやすくなった。
だからと言ってなんで今、ここで、ブロア様と偶然会わなければいけないんだ?
それも言いがかりのようにブロア様を一方的に責めて怒鳴りつけている。
ブロア様の様子を見れば誰だってわかるだろう?
俺は久しぶりに会ったブロア様に唖然とした。
痩せこけて青白くなった顔色。
どんなに微笑んでいてもいつ消えてしまうかわからない。
ポケットの中に大切にしまっているジェリーヌ様の形見のネックレス。
何度ブロア様に渡そうかと悩んだことか。
だけど……これを渡せば……
『もう思い残すことはないわ』と言って死んでしまいそうで……渡せなかった。
ブロア様は俺が不機嫌なんだと思っている。いつもチラチラと俺の顔を見ていた。
もう長くはない。あとどれくらい生きられるのかわからない。
わかっている。だから、いつものように笑ってそばにいなければいけない。いつものようにたわいない会話をしてブロア様を楽しませなければ。
そう思うのに、言葉が上手く出ない。
最後に見たブロア様は今よりもまだ元気だった。旅にだって耐えられると思っていた。
なのに今のブロア様は歩くことも出来ず、食欲もなく、薬でなんとか生かされている状態だ。
それでもみんなの前では無理して笑い、キツイだろうにこうして観光を楽しもうとしている。それに気がついているのは、先生とエイリヒさん、そして俺くらいだろう。
ウエラやミリナは体調が悪いのはわかっていてもいつ死んでもいいくらい悪いとは思っていない。ヨゼフさんだって、そこまでは思っていないだろう。
本当はこんな観光なんて連れて来たくなかった。だけど、ブロア様の最後の我儘を夢を希望を少しでも聞いて差し上げたかった。
なのに……
このクソジジイ!
ブロア様の頬を叩きやがった。
俺はすぐにでもブロア様を庇い助けたかった。
だけど横にいた先生が俺を見て首を横に振った。
口を出すな、手を出すなと。
まだ見守るしかなかった。
それが俺の身分の低さだ。俺はしがない男爵家の三男。ほぼ平民に近い。そんな俺が手を出せば俺は簡単に捕まってしまう。
そんなこと構ったことじゃない。
そう思う……いつもの俺なら。
だけど、いつ死んでしまうかわからないブロア様を残して捕まりたくはない。
ブロア様自身が耐えているのに……
ーーくそっ!
両手を握りしめてひたすら耐えていた。
すぐに飛び出して殴りつけたいのをひたすら耐えていた。
「アリーゼ国はしばらく混乱が続く。新しい王太子殿下が発表されたが、まだまだ仕事に慣れていない。わたし達がお支えしなければならない。お前はアリーゼ国に混乱を招いた張本人だと言う自覚はないのか?」
「……わたくしが?」
ブロア様が小さな声で呟いた。
その言葉を耳にした旦那様はカッとなった。
「自覚すらないのか!」
ブロア様の肩から手を離し、手をまた振り上げた。
「おやめください」
俺は旦那様の手を掴んだ。
「サイロ!お前が何故ここにいる?お前は屋敷にいたはずだ」
「退職願いを出しました」
「………手を離せ!」
「ブロア様を叩くのはおやめください!」
「お前は誰に命令しているのかわかっているのか!!」
「サイロ、いいの。手を離しなさい」
「しかし……手を離せばブロア様が!」
「ええい、手を離せ!」
旦那様は乱暴に俺の手を振り払う。
そして「退け」と言って体ごと押しのけた。
俺は抵抗することを諦めてテーブルにぶつかり転んだ。
その時………俺のポケットから布が落ちた………
その布から見えたのは……
「これはなんだ?」
旦那様がジェリーヌ様の形見のネックレスを拾った。
「何故サイロが持っている?それはルッツが盗まれたと言っていたネックレスだろう?わたしがジェリーヌに贈ったものだ」
「それは……」
サマンサを脅して取り返した物。だけどそれを知るのはウエラだけ。
ウエラは旦那様が怖くて震えて真っ青になってガタガタ震えていた。ここで本当のことを話しても誰も信じてはくれないだろう。
俺はブロア様を見た。
言葉を発さず口だけ動かした。
『サマンサが持っていたので返してもらった。本当はいつ渡そうか悩んでいた』
もう会えないかもしれない。
だからこそこの言葉だけは口にした。
「俺は貴方の護衛騎士として過ごせて幸せです」
そして俺はそのまま近くにいた騎士に捕らえられて、牢へ入れられた。
なんでここに公爵が現れるんだ!
ほとんど屋敷に戻らない旦那様が今どこにいるのかなんてみんなわからない。俺も知らなかった。
まさかバルン国に来ていたなんて。
確かにバルン国とアリーゼ国が互いに輸出入をしているのは知っていた。そこから国交が増えて、国民も行き来もしやすくなった。
だからと言ってなんで今、ここで、ブロア様と偶然会わなければいけないんだ?
それも言いがかりのようにブロア様を一方的に責めて怒鳴りつけている。
ブロア様の様子を見れば誰だってわかるだろう?
俺は久しぶりに会ったブロア様に唖然とした。
痩せこけて青白くなった顔色。
どんなに微笑んでいてもいつ消えてしまうかわからない。
ポケットの中に大切にしまっているジェリーヌ様の形見のネックレス。
何度ブロア様に渡そうかと悩んだことか。
だけど……これを渡せば……
『もう思い残すことはないわ』と言って死んでしまいそうで……渡せなかった。
ブロア様は俺が不機嫌なんだと思っている。いつもチラチラと俺の顔を見ていた。
もう長くはない。あとどれくらい生きられるのかわからない。
わかっている。だから、いつものように笑ってそばにいなければいけない。いつものようにたわいない会話をしてブロア様を楽しませなければ。
そう思うのに、言葉が上手く出ない。
最後に見たブロア様は今よりもまだ元気だった。旅にだって耐えられると思っていた。
なのに今のブロア様は歩くことも出来ず、食欲もなく、薬でなんとか生かされている状態だ。
それでもみんなの前では無理して笑い、キツイだろうにこうして観光を楽しもうとしている。それに気がついているのは、先生とエイリヒさん、そして俺くらいだろう。
ウエラやミリナは体調が悪いのはわかっていてもいつ死んでもいいくらい悪いとは思っていない。ヨゼフさんだって、そこまでは思っていないだろう。
本当はこんな観光なんて連れて来たくなかった。だけど、ブロア様の最後の我儘を夢を希望を少しでも聞いて差し上げたかった。
なのに……
このクソジジイ!
ブロア様の頬を叩きやがった。
俺はすぐにでもブロア様を庇い助けたかった。
だけど横にいた先生が俺を見て首を横に振った。
口を出すな、手を出すなと。
まだ見守るしかなかった。
それが俺の身分の低さだ。俺はしがない男爵家の三男。ほぼ平民に近い。そんな俺が手を出せば俺は簡単に捕まってしまう。
そんなこと構ったことじゃない。
そう思う……いつもの俺なら。
だけど、いつ死んでしまうかわからないブロア様を残して捕まりたくはない。
ブロア様自身が耐えているのに……
ーーくそっ!
両手を握りしめてひたすら耐えていた。
すぐに飛び出して殴りつけたいのをひたすら耐えていた。
「アリーゼ国はしばらく混乱が続く。新しい王太子殿下が発表されたが、まだまだ仕事に慣れていない。わたし達がお支えしなければならない。お前はアリーゼ国に混乱を招いた張本人だと言う自覚はないのか?」
「……わたくしが?」
ブロア様が小さな声で呟いた。
その言葉を耳にした旦那様はカッとなった。
「自覚すらないのか!」
ブロア様の肩から手を離し、手をまた振り上げた。
「おやめください」
俺は旦那様の手を掴んだ。
「サイロ!お前が何故ここにいる?お前は屋敷にいたはずだ」
「退職願いを出しました」
「………手を離せ!」
「ブロア様を叩くのはおやめください!」
「お前は誰に命令しているのかわかっているのか!!」
「サイロ、いいの。手を離しなさい」
「しかし……手を離せばブロア様が!」
「ええい、手を離せ!」
旦那様は乱暴に俺の手を振り払う。
そして「退け」と言って体ごと押しのけた。
俺は抵抗することを諦めてテーブルにぶつかり転んだ。
その時………俺のポケットから布が落ちた………
その布から見えたのは……
「これはなんだ?」
旦那様がジェリーヌ様の形見のネックレスを拾った。
「何故サイロが持っている?それはルッツが盗まれたと言っていたネックレスだろう?わたしがジェリーヌに贈ったものだ」
「それは……」
サマンサを脅して取り返した物。だけどそれを知るのはウエラだけ。
ウエラは旦那様が怖くて震えて真っ青になってガタガタ震えていた。ここで本当のことを話しても誰も信じてはくれないだろう。
俺はブロア様を見た。
言葉を発さず口だけ動かした。
『サマンサが持っていたので返してもらった。本当はいつ渡そうか悩んでいた』
もう会えないかもしれない。
だからこそこの言葉だけは口にした。
「俺は貴方の護衛騎士として過ごせて幸せです」
そして俺はそのまま近くにいた騎士に捕らえられて、牢へ入れられた。
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