【完結】さよならのかわりに

たろ

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56話  わたくしの幸せ……

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 次の日の朝、先生から許可をもらい少し遠出になるけど遊覧船に乗ることになった。

 サイロがわたくしを抱っこして車椅子に乗せてくれた。馬車の乗り降りも全てサイロが。

 サイロはまだ不機嫌なのかあまり話してこない。
 チラッと彼の顔を見ると……笑ってくれない。ムスッとしているわけではない。無駄口を叩かないだけ?いつもなら一言余計なことを言うくせに。

 だけどわたくしもなんとなく話しかけにくい。置いて行ったのは、捨てられたと思ってる?

 お互いあまりにも近い存在だっただけに、話さなくてもわかって貰えると思ってた……だけど、兄のように慕っていたのにサイロは淡々とわたくしに接している。
 それがとても寂しく感じる。

 港に着くと、観光して回ることになった。

 遊覧船は昼からの出港らしい。

 その間の数時間、出店を回ることになった。

 海が近いだけあって貝や魚を焼いたものがたくさん売っていた。

 魚介のスープも露天で売っていた。

 テーブルと椅子が道にたくさん置かれていて、露店で買ったものを好きな場所で食べる。テーブルで食べる人もいれば、歩きながら食べる人もいた。

 初めての食べ歩き(わたくしは車椅子)に、周りをキョロキョロしてしまう。だってそんな恥ずかしいことをしたことがなかったもの。
 だけど誰もわたくしのことなんて見ていないし、ここではみんなが普通にする当たり前のことなので恥ずかしいなんて思う必要がなかった。

 流石に魚介のスープをいただく時は、空いているテーブルを使い、みんなで座って食べた。
 わたくしも車椅子から椅子へと移り、みんなと同じテーブルを囲った。

 わたくしも先生もヨゼフもウエラもサイロも、魚介のスープを一口した瞬間思わず目が見開いた。

「「「美味しい!!」」」

 もうその一言に尽きる。

 ミリナの屋敷でいただくお料理ももちろん美味しい。だけど、この露店で食べるスープには感動してしまった。

「ここのスープ美味しいでしょう?」
 エイリヒさんが誇らしげに言う。

「はい!」
 わたくしが返事をするとみんなコクコクと頷いた。

「釣ったばかりの魚介類をふんだんに使ったスープは、ここでしか食べられません。どんなに腕の立つ料理人でも、釣りたての新鮮な魚には敵いませんよ」

「本当に美味しいわ」
 食欲がないわたくしでも、思わず一口、二口と欲しくなってしまう。

 ふと斜め前にいたサイロに目をやると、ガツガツと食べているのに気がついた。サイロはわたくしの視線に気が付き、ニヤッと笑ってまた食べ始めた。

 少しサイロのご機嫌も治って来たかしら?ずっと拗ねていたサイロも美味しい食べ物には敵わなかったみたい。

 ウエラとミリナはずっと食べ物の話で盛り上がっていた。
 先生も舌鼓を打ちながら食べていた。
 ヨゼフの顔も幸せそう。

 わたくしはそんなみんなを見ていた。

 もうそれだけで、とても幸せで……

 体が思うように動かなくて、怠い体だけど、先生のあの不味い薬のおかげでまだなんとか生きながらえている。
 自分が死んでしまうことを今だけは忘れて楽しもう。
 

 そう思っていた。



 なのに…………



 突然だった。

「ブロア!!」

 椅子に座っていたわたくしの名を呼び、肩を掴まれた。

 その声は怒気をはらみ、肩を掴む力はかなり強く「い、痛い」と思わず声が出た。

 サイロが立ち上がった。

 先生がわたくしの隣から「手を離してあげてください」と言った。

「お前達はわたしを馬鹿にしているのか!!」

 そう言うと、わたくしの頬を「バシッ」と叩いた。








 
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