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50話 それぞれの今。
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次の日、先生はブロアの眠る客室へと向かった。
扉をノックすると中からミリナの声が聞こえてきた。
「ブロア様は?もう起きられていますか?」
扉から顔を覗かせたミリナ様に尋ねるとミリナ様は首を横に振った。
「先生……ブロア様………起きないの……真っ青な顔をしてずっと眠ってる………大丈夫なのかな?」
「わかったよ、ブロア様の診察をしてみるよ」
元々診察のために訪れた先生は部屋の中に入ると静かに眠り続けるブロアを見てーー
「生きててくれた………」とホッとした声で呟いた。
内心昨日の状態を考えるといつ亡くなってもおかしくないと心配していた。
もういつ止まってもおかしくない心臓。
薬を大量に飲ませた。一時的には元気になったように見えたが反動で今はかなり弱ってしまった。
海には辿り着いたのに、海を見に行ける状態ではない。
このまま目覚めることなく亡くなるか……もう一度目覚めてくれるのか…………
ブロアの今の状態は、もう手の施しようがなかった。
「先生、ブロアさん、大丈夫かな?」
ミリナが心配して聞いてきた。
「しばらくは眠らせてあげましょう。たくさん頑張ってきたから、今は疲れているのです」
「ブロアさん、海が見たいって……わたしにね、いっぱい話してくれたわ。
『海って匂いがあるのかしら?』
『砂の上を歩いてみたいわ』
『お母様と手を繋いで歩いてみたかったの』
『海の音がすると聞いたわ。波?湖は静かなのに海は生きているみたいな音がすると聞いたの。ミリナはそんな音を聞いて育ったのね?』
ブロアさんが子供みたいに目を輝かせて話してたの。ブロアさん……病気なんですよね?先生、早く治してあげて!ブロアさん、海が見たいって!楽しみだって!今日手を繋いで見に行こうって約束していたの!」
「ミリナ、やめなさい。ブロア様をゆっくり休ませてあげるんだ」
エイリヒもブロアが気になり客室へとやってきていた。ミリナの声を聞いて慌てて部屋の中へ入ってきた。
「父様……ブロアさん死んじゃうの?やだよ!昨日まで元気だったよ?馬車の中でいっぱいお話ししたし、一緒に歌を歌ったり、一緒に笑ったんだよ?なんで……?」
「ミリナちゃん、ブロア様は約束は守られるお方だ。少しだけ休憩させてあげよう。ブロア様はずっと……ずっと、頑張って生きてこられた。たまには休憩も必要なんだよ」
「…………うん、わかった」
三人は一度だけブロアの眠る姿を見ようと振り返った。そして、部屋をあとにした。
ーーーーー
サイロとウエラ。
「ウエラ、ここで馬車を捨てる。ここからは馬に乗って行く。ちょっと辛いと思うが、二人乗りで走る。耐えてくれ」
「はい、すみません。サイロさん。本当は置いて行ってくださいと言わないといけないのでしょうけど、わたしもブロア様にお会いしたいです。後悔だけはしたくないんです」
「わかってる。バルン国まで馬ならあと3日もあれば着くと思う。ただし休憩は仮眠と食事だけだ。ウエラ、若さで耐えてくれ!」
「大丈夫です!根性と体力はあの屋敷でしっかりと身についていますので!」
ウエラは家令に逆らいブロアのために尽くしてきた。そのため、ずっと他の使用人から多くの仕事を振られキツイ思いをしてきた。
ブロアには絶対悟られないように弱音を吐かなかった。
それはサイロも同じ。
公爵家の騎士としてもっと優遇されるはずのサイロ。剣の実力も他者を上回り、本来なら騎士としての立場も上の方にいてもおかしくないのに、ずっと隊長などの役にもつけてもらえなかった。一兵卒のままこき使われてきた。
「そうだな、お互い根性だけはあるからな。だがそれがいけなかった。ブロア様は俺とウエラの先のことを案じて置いて行かれてしまった。
………バカだよな。地位や金なんかより最後までブロア様と共にいることを俺たちが望むと思わないのかな……」
「ブロア様は見た目が冷たくみんなに勘違いされてしまうけど、本当はとてもお優しい方です。自分の死はすんなり受け入れてしまうのに、他人の不幸は耐えられなくて心を痛めてしまわれます。………ほんと、バカみたいに良い方ですよね……人が良すぎて損ばかりして……」
「もっと我儘に生きていいのにな」
「はい、会ったらいっぱい文句言ってやります」
「そうだな。俺たちを置いて行ったんだ。少しは文句言ってもいいよな」
ーーーーーー
セフィル。
ブロア達が泊まった宿に着いた。
「ああ、そのお方達は数日前に商会の人達と山道からバルン国へと向かいましたよ」
「山道?」
「はい、ただ、その道は通行許可証がなければ通れません」
「どうやったら手に入る?」
「申請して許可を得なければ無理ですね。あの二人はたまたま商会の当主と知り合いだったらしく、運良く通行許可がおりたんですよ」
「他に一番早く行ける道は?」
「昔からある道を行くしかないですね」
「どれくらいかかる?」
「10日間くらいですかね」
「10日間……」
「馬なら急げばもう少し早く辿り着くと思いますよ」
「ありがとう」
セフィルはよくわからないが何か追われている気がしていた。
早くブロアに会いたい。
会わないといけない。
怪我もそろそろ治っている頃だろう。
そう思っているのに………
ブロアの元気な顔を見るまで安心できないでいた。
休憩なしで馬を走らせる。
早く、早く、ブロアのところへ。
気持ちだけは急いでいるのに……ブロアを捕まえることはできるのか、もう会えない気がしてしまうのはなぜなのか……
扉をノックすると中からミリナの声が聞こえてきた。
「ブロア様は?もう起きられていますか?」
扉から顔を覗かせたミリナ様に尋ねるとミリナ様は首を横に振った。
「先生……ブロア様………起きないの……真っ青な顔をしてずっと眠ってる………大丈夫なのかな?」
「わかったよ、ブロア様の診察をしてみるよ」
元々診察のために訪れた先生は部屋の中に入ると静かに眠り続けるブロアを見てーー
「生きててくれた………」とホッとした声で呟いた。
内心昨日の状態を考えるといつ亡くなってもおかしくないと心配していた。
もういつ止まってもおかしくない心臓。
薬を大量に飲ませた。一時的には元気になったように見えたが反動で今はかなり弱ってしまった。
海には辿り着いたのに、海を見に行ける状態ではない。
このまま目覚めることなく亡くなるか……もう一度目覚めてくれるのか…………
ブロアの今の状態は、もう手の施しようがなかった。
「先生、ブロアさん、大丈夫かな?」
ミリナが心配して聞いてきた。
「しばらくは眠らせてあげましょう。たくさん頑張ってきたから、今は疲れているのです」
「ブロアさん、海が見たいって……わたしにね、いっぱい話してくれたわ。
『海って匂いがあるのかしら?』
『砂の上を歩いてみたいわ』
『お母様と手を繋いで歩いてみたかったの』
『海の音がすると聞いたわ。波?湖は静かなのに海は生きているみたいな音がすると聞いたの。ミリナはそんな音を聞いて育ったのね?』
ブロアさんが子供みたいに目を輝かせて話してたの。ブロアさん……病気なんですよね?先生、早く治してあげて!ブロアさん、海が見たいって!楽しみだって!今日手を繋いで見に行こうって約束していたの!」
「ミリナ、やめなさい。ブロア様をゆっくり休ませてあげるんだ」
エイリヒもブロアが気になり客室へとやってきていた。ミリナの声を聞いて慌てて部屋の中へ入ってきた。
「父様……ブロアさん死んじゃうの?やだよ!昨日まで元気だったよ?馬車の中でいっぱいお話ししたし、一緒に歌を歌ったり、一緒に笑ったんだよ?なんで……?」
「ミリナちゃん、ブロア様は約束は守られるお方だ。少しだけ休憩させてあげよう。ブロア様はずっと……ずっと、頑張って生きてこられた。たまには休憩も必要なんだよ」
「…………うん、わかった」
三人は一度だけブロアの眠る姿を見ようと振り返った。そして、部屋をあとにした。
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サイロとウエラ。
「ウエラ、ここで馬車を捨てる。ここからは馬に乗って行く。ちょっと辛いと思うが、二人乗りで走る。耐えてくれ」
「はい、すみません。サイロさん。本当は置いて行ってくださいと言わないといけないのでしょうけど、わたしもブロア様にお会いしたいです。後悔だけはしたくないんです」
「わかってる。バルン国まで馬ならあと3日もあれば着くと思う。ただし休憩は仮眠と食事だけだ。ウエラ、若さで耐えてくれ!」
「大丈夫です!根性と体力はあの屋敷でしっかりと身についていますので!」
ウエラは家令に逆らいブロアのために尽くしてきた。そのため、ずっと他の使用人から多くの仕事を振られキツイ思いをしてきた。
ブロアには絶対悟られないように弱音を吐かなかった。
それはサイロも同じ。
公爵家の騎士としてもっと優遇されるはずのサイロ。剣の実力も他者を上回り、本来なら騎士としての立場も上の方にいてもおかしくないのに、ずっと隊長などの役にもつけてもらえなかった。一兵卒のままこき使われてきた。
「そうだな、お互い根性だけはあるからな。だがそれがいけなかった。ブロア様は俺とウエラの先のことを案じて置いて行かれてしまった。
………バカだよな。地位や金なんかより最後までブロア様と共にいることを俺たちが望むと思わないのかな……」
「ブロア様は見た目が冷たくみんなに勘違いされてしまうけど、本当はとてもお優しい方です。自分の死はすんなり受け入れてしまうのに、他人の不幸は耐えられなくて心を痛めてしまわれます。………ほんと、バカみたいに良い方ですよね……人が良すぎて損ばかりして……」
「もっと我儘に生きていいのにな」
「はい、会ったらいっぱい文句言ってやります」
「そうだな。俺たちを置いて行ったんだ。少しは文句言ってもいいよな」
ーーーーーー
セフィル。
ブロア達が泊まった宿に着いた。
「ああ、そのお方達は数日前に商会の人達と山道からバルン国へと向かいましたよ」
「山道?」
「はい、ただ、その道は通行許可証がなければ通れません」
「どうやったら手に入る?」
「申請して許可を得なければ無理ですね。あの二人はたまたま商会の当主と知り合いだったらしく、運良く通行許可がおりたんですよ」
「他に一番早く行ける道は?」
「昔からある道を行くしかないですね」
「どれくらいかかる?」
「10日間くらいですかね」
「10日間……」
「馬なら急げばもう少し早く辿り着くと思いますよ」
「ありがとう」
セフィルはよくわからないが何か追われている気がしていた。
早くブロアに会いたい。
会わないといけない。
怪我もそろそろ治っている頃だろう。
そう思っているのに………
ブロアの元気な顔を見るまで安心できないでいた。
休憩なしで馬を走らせる。
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