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43話 先生とミリナの父。 ②
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「……本当は事情をお聞きするつもりはありませんでした。このまま明日お別れをするつもりでしたので」
わたしはエイリヒに聞かれてどこまで話すべきか悩んだ。しかしまだ出会ったばかりとはいえ話していれば彼の人格はわかった。
信用できるであろう人。
もう自分たちだけでブロア様と旅をするのも限界がある。元気な状態ならなんとでもなる。
しかしいつ倒れてしまうかわからない。
馬車も平民達が使うよりはしっかりしているし乗り心地は悪くはない。でも貴族令嬢として過ごしてきたブロア様には乗り心地は悪いだろう。
座席はクッション性もよくないし、ガタガタと体が揺れやすい。
体の弱り切ったブロア様にはもう少し乗り心地の良い馬車を用意した方がいい。
国を出る時は目立たないようにと普通の馬車を選んだ。
たくさんのクッションやシーツを敷いてブロア様が横になれるようにはしたのだが、高級な馬車に比べれば乗り心地は悪い。
「詳しい話はできないのですが……ブロア様は今体調を崩されているのです」
「そうお見受けしましたが、なぜそんな状態で旅をされているのですか?」
「ブロア様の願いだからです」
「ならばせめてもう少し乗り心地の良い馬車を用意すればよかったのでは?たとえ健康であってもあの馬車では公爵令嬢であるブロア様にはとても耐えられないでしょう?」
「………ご存知なのですか?」
エイリヒは、『公爵令嬢』だとはっきり言ったのだった。
「こんな仕事をしていますと一度お見かけした顔は忘れないものです。アリーゼ国のブロア・シャトワ公爵令嬢ですよね?
王太子殿下の元婚約者。とても優秀で美しい人だと隣国にまで名を知らしめた令嬢です。なのに無能などとバカな噂をされ、婚約破棄をされた。無能なのは令嬢を噂で窮地に追いやった王族や官僚達でしょう?」
「ははっ、他国の商人にまでその噂は知られているのですね?」
「他国ではブロア様を一度でも知った人達は誰もそんな馬鹿げた噂など信じておりません。わたしもアリーゼ国との交渉の時に文官達に阻まれました。
向こうに有利にしか話が進まずもう諦めるしかないと思っていた時、ブロア様が動いてくださったんです。
『互いに益をもたらさなければ国民の生活の質を向上させることはできませんわ』
そう言って、アリーゼ国が必要としている『塩』と我々が欲しいと思っている『麦』を互いに売買できるようになりました。わたしは、口添えしてくれた優秀な殿下の婚約者の話を耳にして一目だけでもお会いしてお礼を言いたくて、数ヶ月後に王城に向かいました。
そこで聞いた噂がその少女を蔑む言葉ばかり。結局会わせてもらえずお礼も言えませんでした」
「ならばお顔はご存知ないのでは?」
「はい、似顔絵を手に入れましたので………ブロア様のことはすぐに気が付きましたが、わたしはこのまま知らぬ顔をしてお別れするべきだと思っておりました。何かしらの事情を抱えているのも分かりましたし、そこに無関係のわたしが出ることはできないと判断しておりました」
「そうですか………」
ブロア様のことを正しく見てくれている。誤解ばかりされて近くにいるわたしですら歯痒く感じている。だからこそきちんと評価してくれる彼に感謝した。
「ブロア様は公爵家を出られたのです。そのためもしものことがあっては困るので目立つ高級な馬車には乗らなかったのです。敢えて街に馴染みやすい馬車を選んで旅をしております」
「やはりそうでしたか……あの宰相閣下ではブロア様も捨てたくなるでしょうね」
エイリヒはかなり辛辣な発言をしている。近くに人がいなくて良かったとホッとした。
「………ブロア様の命はもう長くありません……持ってもひと月……わたしが行こうとしているブラン王国まではあと1週間以上かかります。貴方が住んでいるバルン国ならこの山を越えれば早くいけるのですよね?」
「バルン国へ行く近道でなら確かに三日もあればわたしが住んでいる街に出られます」
「海がある街ですよね?」
「はい、そうです……海を目指されてるんですね?」
「ブロア様の最後の願いなんです。どうかブロア様をその街に連れて行く手伝いをしてはもらえないでしょうか?謝礼はきちんと払います」
「私たちは今国に帰る途中です……ただ……山は……もし私たちについて来るなら二人。残りはこの場所に置いて行くことになります」
「なぜ二人なのでしょう?」
「あの山を通るには通行許可が要ります。私が予備で持っているのがあと2枚なのです」
「………それでも、早く行けるのなら……お願いします」
ブロア様にとってこれが最善なら。
わたしはエイリヒに聞かれてどこまで話すべきか悩んだ。しかしまだ出会ったばかりとはいえ話していれば彼の人格はわかった。
信用できるであろう人。
もう自分たちだけでブロア様と旅をするのも限界がある。元気な状態ならなんとでもなる。
しかしいつ倒れてしまうかわからない。
馬車も平民達が使うよりはしっかりしているし乗り心地は悪くはない。でも貴族令嬢として過ごしてきたブロア様には乗り心地は悪いだろう。
座席はクッション性もよくないし、ガタガタと体が揺れやすい。
体の弱り切ったブロア様にはもう少し乗り心地の良い馬車を用意した方がいい。
国を出る時は目立たないようにと普通の馬車を選んだ。
たくさんのクッションやシーツを敷いてブロア様が横になれるようにはしたのだが、高級な馬車に比べれば乗り心地は悪い。
「詳しい話はできないのですが……ブロア様は今体調を崩されているのです」
「そうお見受けしましたが、なぜそんな状態で旅をされているのですか?」
「ブロア様の願いだからです」
「ならばせめてもう少し乗り心地の良い馬車を用意すればよかったのでは?たとえ健康であってもあの馬車では公爵令嬢であるブロア様にはとても耐えられないでしょう?」
「………ご存知なのですか?」
エイリヒは、『公爵令嬢』だとはっきり言ったのだった。
「こんな仕事をしていますと一度お見かけした顔は忘れないものです。アリーゼ国のブロア・シャトワ公爵令嬢ですよね?
王太子殿下の元婚約者。とても優秀で美しい人だと隣国にまで名を知らしめた令嬢です。なのに無能などとバカな噂をされ、婚約破棄をされた。無能なのは令嬢を噂で窮地に追いやった王族や官僚達でしょう?」
「ははっ、他国の商人にまでその噂は知られているのですね?」
「他国ではブロア様を一度でも知った人達は誰もそんな馬鹿げた噂など信じておりません。わたしもアリーゼ国との交渉の時に文官達に阻まれました。
向こうに有利にしか話が進まずもう諦めるしかないと思っていた時、ブロア様が動いてくださったんです。
『互いに益をもたらさなければ国民の生活の質を向上させることはできませんわ』
そう言って、アリーゼ国が必要としている『塩』と我々が欲しいと思っている『麦』を互いに売買できるようになりました。わたしは、口添えしてくれた優秀な殿下の婚約者の話を耳にして一目だけでもお会いしてお礼を言いたくて、数ヶ月後に王城に向かいました。
そこで聞いた噂がその少女を蔑む言葉ばかり。結局会わせてもらえずお礼も言えませんでした」
「ならばお顔はご存知ないのでは?」
「はい、似顔絵を手に入れましたので………ブロア様のことはすぐに気が付きましたが、わたしはこのまま知らぬ顔をしてお別れするべきだと思っておりました。何かしらの事情を抱えているのも分かりましたし、そこに無関係のわたしが出ることはできないと判断しておりました」
「そうですか………」
ブロア様のことを正しく見てくれている。誤解ばかりされて近くにいるわたしですら歯痒く感じている。だからこそきちんと評価してくれる彼に感謝した。
「ブロア様は公爵家を出られたのです。そのためもしものことがあっては困るので目立つ高級な馬車には乗らなかったのです。敢えて街に馴染みやすい馬車を選んで旅をしております」
「やはりそうでしたか……あの宰相閣下ではブロア様も捨てたくなるでしょうね」
エイリヒはかなり辛辣な発言をしている。近くに人がいなくて良かったとホッとした。
「………ブロア様の命はもう長くありません……持ってもひと月……わたしが行こうとしているブラン王国まではあと1週間以上かかります。貴方が住んでいるバルン国ならこの山を越えれば早くいけるのですよね?」
「バルン国へ行く近道でなら確かに三日もあればわたしが住んでいる街に出られます」
「海がある街ですよね?」
「はい、そうです……海を目指されてるんですね?」
「ブロア様の最後の願いなんです。どうかブロア様をその街に連れて行く手伝いをしてはもらえないでしょうか?謝礼はきちんと払います」
「私たちは今国に帰る途中です……ただ……山は……もし私たちについて来るなら二人。残りはこの場所に置いて行くことになります」
「なぜ二人なのでしょう?」
「あの山を通るには通行許可が要ります。私が予備で持っているのがあと2枚なのです」
「………それでも、早く行けるのなら……お願いします」
ブロア様にとってこれが最善なら。
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