【完結】さよならのかわりに

たろ

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39話  求めることなんて……できないけど。

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 殿下が無理やり会いに来られてから数日。

 なかなか治りの悪いわたくしのために先生が不味い薬から今度はとても苦い薬へと変えてくれた。

「先生、わたくし、不味い薬も嫌いだけどこの苦い薬も嫌いですわ」

「不味いだの苦いだの文句ばかり言わないでさっさと飲みなさい。これを飲めば痛みは和らぐからまた海を目指せるようになります。
 ブロア様、明日からまた海を目指しましょう」

「わかったわ、先生の言葉を信じますわ。だけどお願いがあるの、薬を飲み終わったら口直しにリンゴジュースをお願いできるかしら?」

「わかりました、用意をしておきましょう」

 わたくしは仕方なく薬を手に持った。

 緑色のドロドロした液体。

 しばらくじっと見つめた。

「見ていても減りませんよ。さっさと飲む」

 先生が怖い顔をして横に立っていた。

「だってとっても苦かったんだもの。先生ちょっと舐めてみて欲しいわ」

「わたしはどこも悪くないからごめんだね、そんな薬、絶対飲みたくないよ」

「絶対飲みたくない薬をわたくしに勧めるなんて……」

「そんなに元気ならまだまだ体は持つだろう、明日のために薬を飲んだらさっさと眠って体力をつけておきましょう」

「わかったわ、じゃあ飲むから……」

 ーー先生ってば本当は心配でたまらないのね。わたくしが飲み終わって効果があるか毎回様子を見に来てくれるもの。

 この薬は痛みも和らげるけどわたくしの病気の進行を進めてしまうかもしれないと言われた。

「先生、わたくしの命があと少しだろうと少しだけ命が伸びようとあまり関係ないわ。わたくし海が見てみたいの」

「我々にとって海は憧れの世界だからな」

「ええ。先生とヨゼフと一緒にみましょうね」

 ーー本当はサイロやウエラとも一緒に見たかったけど、彼らの将来をこれ以上わたくしのせいで壊したくない。

 サイロは怒ってるでしょうね。ウエラは悲しんでるかしら?

 お兄様はわたくしの願いを聞いてくれているかしら?

 薬を飲み干して、急いでリンゴジュースをおかわりして2杯も飲んだ。

 なんとか苦味を誤魔化したけどまだ口の中が苦い。

 先生の薬は効くのかもしれないけど、不味いし苦い。

「先生、お薬はもう少し味も考えたほうがよろしいかと思いますわ」

「これでも一応飲みやすくはしてるんだがな。文句の多い患者を持つと苦労するのう」

 先生と顔を見合わせて笑った。

 ーーわたくし……また笑うだけの元気が戻ってきたのね。

 刺された傷にそっと手を当てた。

 ーーあと少し、この体が持ってくれれば……



 次の日の朝、パンとスープを少しだけいただいた。

「沢山食べないと馬車の旅は過酷なので体が持たないと思います」

 先生が少しでも体力をと馬車の中にまで朝食の残りをサンドイッチにして持ち込んだ。

「ブロア様、どんなに喉を通らなくても必ず食べること。これだけは約束ですよ」

「……わかったわ、出来るだけ努力するわ」

 馬車の座席にはたくさんのクッションとマットを敷いてわたくしがゆっくりと横になれるようにとしてくれた。先生は目の前に座り常に体調を診てくれた。

 ヨゼフは御者と交代で上手に馬車を走らせてくれた。

「庭師を舐めないでください。わたしは庭のためなら荷馬車の御者もしていたんですよ。肥料を買い込んだり苗を沢山仕入れるのも自分で馬車を運転していましたからね」



「先生、このまま順調にいけばあと何日で海に行けるかしら?」

「そうだな……あと2週間くらいかな……」

「まだまだね…… 」

 わたくしの体調は馬車の中でも日々変わる。前へ思うように進めない日は焦ってしまう。
 だけど不思議に一日一日が色鮮やかで目に入るもの全てが愛おしく感じた。


「今日は何事もなく前へ進めましたね」

 毎日、部屋が空いている宿屋に泊まるため日によっては少し早い時間でその日の移動は終わりになる。

 今日はこの先半日は何もない草原を走らないといけないらしく、まだ夕方にもならない時間に宿屋に泊まることになった。

 宿屋で夕食を食べようとみんなで食堂へ向かうと、何組かの泊まり客が食事をとっていた。

 空いているテーブルに座り出される食事を待っていると、4、5歳の女の子の泣き声が聞こえてきた。

 思わずその声のほうへ向くと、子供の食べていたであろうトレーが下に落ちて食べ物がダメになっていた。

「あっ……大丈夫かしら?」

 思わず声が出て、心配で様子を見ていた。

 女の子のそばには父親とお兄ちゃんらしき男の子がいた。

 ーー怒られる?

 見た目が怖そうな父親が席を立ち女の子に近づくと
「何やってるんだ!」と呆れている声。

 女の子の頭の上で手を上に上げた。

 ーーあっ、叩かれる!

 わたくしはだるくて急いで動けないはずなのに、思わず席を立って女の子のところへ行こうとした。

「ったく、もう泣くな」

 叩くかと思ったのに父親の手は女の子の頭の上に優しく置かれ頭をよしよしと撫でていた。

 女の子は父親に慰められて少しだけ気持ちがおちついてきたのか泣き声が小さくなった。

 宿屋の女将さんらしき人がすぐに床の掃除に来ると「すぐに新しい食事を持ってきてあげるからね」と優しく言っていた。

 怖そうに見える父親は恐縮して謝っていた。そして父親も一緒に床掃除を始めた。
 女の子はお兄ちゃんがその間面倒をみていて女の子はいつの間にか泣き止み、父親に「ごめんなさい、父さん」と謝っていた。

「怪我しなくてよかった」と父親が優しい声で女の子に言っていた。

 何気ない光景だった。

 わたくしはその何気ない親子の様子を近くで見ていた。



「…………ロア様?」
 ヨゼフの声がわたくしを呼んだ。

「…あっ………ごめんなさい。お食事中に席を立ってしまったわね」

「いいえ、ブロア様……ただ、様子が……大丈夫ですか?」

 ヨゼフも先生もわたくしの顔色が悪いので心配していた。さっきまで今日は体調良さそうにしていたから。


「大丈夫よ…………あそこの親子……父親は…怖そうに見えるのにとても優しい顔で子供達を見ていたの……叱るかと思ったのに娘を心配して、娘の汚した床を自ら掃除して……父親ってあんな優しい表情で子供達を見るものなのね………」

 わたくしの知っている父親はわたくしの前に立ち塞がり冷たい目でいつも見下ろす人。

 娘の頭を撫でるなんて……あり得ない。何かすれば注意され叱られる。

 褒められることなど……ない。



 この日、何度も目を瞑り眠ろうとするのに眠れなかった。

 体は怠くて旅の疲れがあるはずなのに……

 ーーわたくしにはない……

 ……優しい家族の姿が目に焼き付いて離れない。

 羨ましいのか……悲しいのか……家族の温かさなんて忘れてしまっていたのに……

 セフィルとの温かい家庭を夢見た時もあったのに……わたくしには……求めることすらもうできない。

 そう思うと……死ぬのは怖くないのに……


………………………悲しかった。










 
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