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38話 宰相閣下 ③
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妻が亡くなる前、少しずつ体調が悪くなっていくことにわたしも気がついていた。
その度にわたしの心は家族から離れていく。
愛していた。愛していたからこそ妻を避けるようになった。
『あなたの愛する人と幸せになってください』
妻がなくなる前に哀しそうに微笑んで言った。
わたしには妻の他に女がいた。
妻を愛していた。だからこそ彼女が弱っていくのに寄り添うことができなかった。彼女の弱っていく姿を見たくなかった。本来なら寄り添い大切に見守るべきなのに。
妻を抱く代わりに他の女を抱いた。か細い妻を抱くことはもうできない。わたしは妻から逃げた。
その女が侍女のサマンサだった。
サマンサとは後腐れない関係。そこに愛はない。互いの欲を発散させるだけ。
ジェリーヌはそんなわたしたちの関係に気がついていても何も責めることはなかった。
わたしがサマンサを愛していると思っていたのだ。
だが否定することもなかった。いや、浮気した時点でもう言い訳なんてできない。
ジェリーヌを愛していたからこそ抱けなくて、愛しているからこそ弱っていく姿を見れなかった。
彼女がもうすぐ死んでいくことを認めたくなくて。
それを知ったのはたまたまだった。
ジェリーヌの義父が我が国にやってきて互いの国の物産品の輸出入について話をしていた時だった。
話が終わり二人でお茶を飲んでいる時だった。
『ジェリーヌが病気を発病しなくてよかった』
『病気?』
『我が家の家系には遺伝により体がだんだん衰弱して亡くなってしまう珍しい病があるんだ。その病は女性が罹りやすく10代後半から20代前半で発病して次第に弱って亡くなる。だがジェリーヌはもう30歳を過ぎた。ホッとしているよ』
『本人はその病のことは知っているんですか?』
『君と結婚する時に伝えた。本人もひどく驚いていたよ。この話は我が家に生まれた女性のみに伝える話だが最近は誰も発病していないんだ。だけど一応伝えているんだよ』
『ハアア、それなら安心ですね。その病は治療薬はあるんですか?』
わたしは一応聞いてみた。
『珍しい病気でね。遺伝だと言うのはわかってはいるんだが治す薬はない。ただ痛みを和らげたりだるさを取るための薬ならあるらしい。……次は娘のブロアが罹らないか心配だよ』
『一応わたしが信頼している主治医にこの話は伝えておきましょう』
その時は深刻には考えてはいなかった。
まさかジェリーヌが30歳を過ぎてから発病するとは思っていなかった。
隠していてもジェリーヌの様子がおかしいのはわかった。サマンサがわたしに報告をしてきていたからだ。
『ジェリーヌ様の体に青い痣ができているんです』
彼女とベッドで過ごしていた時にそう告げられた。
サマンサはわたしを愛していたわけではない。彼女はわたしからもらうお金が目的だった。
もともと体が丈夫ではない妻。彼女の代わりに後腐れなく抱ける女としてサマンサを選んだ。サマンサはジェリーヌを慕っていた。そんなサマンサだからこそ馬鹿なことをして公にせず、妻の代わりとしてちょうどよかった。
主治医にはなんとかジェリーヌの病を治してほしいと頼んだ。治療薬も国中を探してもらった。もちろん外国にも手を回して探したが見つからなかった。
ジェリーヌは結局助からなかった。
妻を愛していたのに、わたしはジェリーヌと向き合うことができなかった。
その後サマンサとの関係を絶った。
ブロアの侍女として過ごしていたサマンサはブロアに対して虐待まがいのことをしていた。
まだ屋敷で働き始めたばかりのサイロがわたしにそう伝えてきた。
わたしはジェリーヌによく似たブロアに対しても正面から向き合うことを拒否していた。まだ幼い娘だが、わたしがしたことを責めている気がするからだ。
『浮気をしていた』
『病気の妻を顧みない』
なのに……ブロアがもしジェリーヌと同じ病に罹ってしまったら……
ブロアに対して興味や関心を捨て冷たく当たることで罪悪感から目を逸らし、考えないようにしていた。
でも主治医にはブロアを定期的に体調を診てもらうように命令した。もしもの時のために薬も探してもらうことはやめなかった。
自分でもよくわからない。何故ブロアのことを気にするのか。
ジェリーヌやブロアから目を逸らし、自分の欲のままに生きてきた。
今更、ブロアが怪我をしようと屋敷から出て行こうとどうでもいい、考えるのも煩わしいだけだ。
『たかが家令の所業なんて自分で回避出来ないブロアが愚かなんだ』
なのにこの苛立ちはなんだ。ブロアがわたしの思い通りにならないからなのか?
まさか今頃になってブロアに情でも出てきたのか?
わたしはジェリーヌが亡くなった時、そっくりのブロアも捨てたつもりなのに。
ブロアが辛そうにしているかもしれないと思うと言葉とは裏腹に胸が痛いのは何故なんだ。
その度にわたしの心は家族から離れていく。
愛していた。愛していたからこそ妻を避けるようになった。
『あなたの愛する人と幸せになってください』
妻がなくなる前に哀しそうに微笑んで言った。
わたしには妻の他に女がいた。
妻を愛していた。だからこそ彼女が弱っていくのに寄り添うことができなかった。彼女の弱っていく姿を見たくなかった。本来なら寄り添い大切に見守るべきなのに。
妻を抱く代わりに他の女を抱いた。か細い妻を抱くことはもうできない。わたしは妻から逃げた。
その女が侍女のサマンサだった。
サマンサとは後腐れない関係。そこに愛はない。互いの欲を発散させるだけ。
ジェリーヌはそんなわたしたちの関係に気がついていても何も責めることはなかった。
わたしがサマンサを愛していると思っていたのだ。
だが否定することもなかった。いや、浮気した時点でもう言い訳なんてできない。
ジェリーヌを愛していたからこそ抱けなくて、愛しているからこそ弱っていく姿を見れなかった。
彼女がもうすぐ死んでいくことを認めたくなくて。
それを知ったのはたまたまだった。
ジェリーヌの義父が我が国にやってきて互いの国の物産品の輸出入について話をしていた時だった。
話が終わり二人でお茶を飲んでいる時だった。
『ジェリーヌが病気を発病しなくてよかった』
『病気?』
『我が家の家系には遺伝により体がだんだん衰弱して亡くなってしまう珍しい病があるんだ。その病は女性が罹りやすく10代後半から20代前半で発病して次第に弱って亡くなる。だがジェリーヌはもう30歳を過ぎた。ホッとしているよ』
『本人はその病のことは知っているんですか?』
『君と結婚する時に伝えた。本人もひどく驚いていたよ。この話は我が家に生まれた女性のみに伝える話だが最近は誰も発病していないんだ。だけど一応伝えているんだよ』
『ハアア、それなら安心ですね。その病は治療薬はあるんですか?』
わたしは一応聞いてみた。
『珍しい病気でね。遺伝だと言うのはわかってはいるんだが治す薬はない。ただ痛みを和らげたりだるさを取るための薬ならあるらしい。……次は娘のブロアが罹らないか心配だよ』
『一応わたしが信頼している主治医にこの話は伝えておきましょう』
その時は深刻には考えてはいなかった。
まさかジェリーヌが30歳を過ぎてから発病するとは思っていなかった。
隠していてもジェリーヌの様子がおかしいのはわかった。サマンサがわたしに報告をしてきていたからだ。
『ジェリーヌ様の体に青い痣ができているんです』
彼女とベッドで過ごしていた時にそう告げられた。
サマンサはわたしを愛していたわけではない。彼女はわたしからもらうお金が目的だった。
もともと体が丈夫ではない妻。彼女の代わりに後腐れなく抱ける女としてサマンサを選んだ。サマンサはジェリーヌを慕っていた。そんなサマンサだからこそ馬鹿なことをして公にせず、妻の代わりとしてちょうどよかった。
主治医にはなんとかジェリーヌの病を治してほしいと頼んだ。治療薬も国中を探してもらった。もちろん外国にも手を回して探したが見つからなかった。
ジェリーヌは結局助からなかった。
妻を愛していたのに、わたしはジェリーヌと向き合うことができなかった。
その後サマンサとの関係を絶った。
ブロアの侍女として過ごしていたサマンサはブロアに対して虐待まがいのことをしていた。
まだ屋敷で働き始めたばかりのサイロがわたしにそう伝えてきた。
わたしはジェリーヌによく似たブロアに対しても正面から向き合うことを拒否していた。まだ幼い娘だが、わたしがしたことを責めている気がするからだ。
『浮気をしていた』
『病気の妻を顧みない』
なのに……ブロアがもしジェリーヌと同じ病に罹ってしまったら……
ブロアに対して興味や関心を捨て冷たく当たることで罪悪感から目を逸らし、考えないようにしていた。
でも主治医にはブロアを定期的に体調を診てもらうように命令した。もしもの時のために薬も探してもらうことはやめなかった。
自分でもよくわからない。何故ブロアのことを気にするのか。
ジェリーヌやブロアから目を逸らし、自分の欲のままに生きてきた。
今更、ブロアが怪我をしようと屋敷から出て行こうとどうでもいい、考えるのも煩わしいだけだ。
『たかが家令の所業なんて自分で回避出来ないブロアが愚かなんだ』
なのにこの苛立ちはなんだ。ブロアがわたしの思い通りにならないからなのか?
まさか今頃になってブロアに情でも出てきたのか?
わたしはジェリーヌが亡くなった時、そっくりのブロアも捨てたつもりなのに。
ブロアが辛そうにしているかもしれないと思うと言葉とは裏腹に胸が痛いのは何故なんだ。
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